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    <title>一畳一夢</title>
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    <pubDate>Sun, 05 Jul 2026 17:26:34 +0900</pubDate>
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      <title>恰好つけても、何になろうか</title>
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      <pubDate>Sun, 05 Jul 2026 17:06:03 +0900</pubDate>
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      <description>　入院24日目の日曜日。病棟は静な空気に包まれている。&#13;&lt;br&gt;
ときどきお隣のベッドから、「ゴホッ、ゴホッ」と苦しそうな咳が聴こえる。それはたちまち「ゴホォッ!  ゴホォッ!  ゴホォツ!!  ゴフォツ!!!」と激しくなって、ようやく「ハァーッ!!!　ハァーッ!!　ハァー!　ハアー」で終わる。お顔を見なくても、涙が頬を流れている様子がはっきりわかる。&#13;&lt;br&gt;
「酸素ボンべ」とか、「酸素が薄い」いう声も耳に入って来る。みなさん、独りで自分と向き合って、闘っているのだ。&#13;&lt;br&gt;
　こちらも腹部の癌細胞が黙っていない。&#13;&lt;br&gt;
　キリリ、キリリ。&#13;&lt;br&gt;
　鋭い痛みが襲って来る。最低4時間は空けて、すぐ痛み止め(麻薬)を飲む。これにも副作用があって、今度は便秘が始まる。&#13;&lt;br&gt;
　こいつをうまくコントロールするのがむずかしい。何度もトイレを往復する。でも、「便秘」の声はほかのベッドからもよく聞こえてくるので、この闘いもみなさんとは戦友のようなものである。&#13;&lt;br&gt;
　ああ、もう24日になるのか。&#13;&lt;br&gt;
　日曜日でも担当の医者は顔を見にやって来た。彼は年中、休みなし、である。&#13;&lt;br&gt;
「どう、調子は?」&#13;&lt;br&gt;
「なかなかよくなりせんね」&#13;&lt;br&gt;
「まぁ、ゆっくりやりましょう」&#13;&lt;br&gt;
　どうやら、うっすら期待していた退院のセリフは、まだまだ封印の段階らしい。&#13;&lt;br&gt;
　救われるのは、ほぼ連日面会に来てくれるカミさんやLine仲間の存在で、たぶん面会の回数ではうちのカミさんがダントツだろう。&#13;&lt;br&gt;
　カーテンを閉めて、ベッドの上に並んで腰かけて、新鮮な甘夏、キューイ、りんご、スイカなど、音を立てないように食べているとまわりの人に申しわけない気持ちになる。&#13;&lt;br&gt;
　長男は軽自動車の車検もぜんぶやってくれた。カミさんはブックオフまで歩いて本を受け取ってくれた。どちらも期限切れの直前だった。&#13;&lt;br&gt;
　よく子どもたちに迷惑をかけたくない、と聞くけれど、それは本心だろうか。&#13;&lt;br&gt;
　ぼくは一度、死線をさまよったので、「ああ、死ぬ前に家族に会いたい。温かい手を握っていたい」という、ものすごい寂寥感を知っている。あんなにさびしかったことはない。&#13;&lt;br&gt;
　家族の愛の前に、恰好つけてもそれが何になろうか。もしも、立場が代わって、わが子がそうなったら、絶対に手をはなさないだろうに。人間、正直に生きた方が断然、樂である。&#13;&lt;br&gt;
　今日から横浜組のA君は奥さん連れで、栃木県の鬼怒川温泉に「ケチケチ鉄道旅行」へ。下町の浅草は外国人だらけとか。素敵な特急電車のテーブルに「神谷バー」の名物・電気ブランや缶ビール、百貨店の幕の内弁当などを豪勢に並べている写真が送られてきた。&#13;&lt;br&gt;
　ああ、いいな。そうなりたいな。&#13;&lt;br&gt;
　彼ら夫婦の楽しい旅がぼくの励みになることを、彼はちゃんとわかっている。旅に連れて行ってくれているのだ。まもなく、ka君も、Ha君もそうするだろう。&#13;&lt;br&gt;
　彼らの青春は復活している。横浜組は、「また九州に行きます」と言っている。&#13;&lt;br&gt;
　懸賞に応募するエッセイを書こうとおもっているけれど、これが精いっぱい。とても書くチカラ(気力、粘り腰)がありません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■5月の波当津の浜辺。素人さんちはここで泳ぐ。ぼくたちは漁船や伝馬船で沖や岬の岩場へ直行。メガネと銛を持って、ドブンと潜って遊んだ。&lt;br&gt;
</description>
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    <item>
      <title>人生賭けて、闘う人がいる</title>
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      <pubDate>Fri, 03 Jul 2026 13:54:25 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-03T13:59:33+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-03T13:59:33+09:00</dcterms:created>
      <description>　夜明けを過ぎても、この病室は初老の怪獣が吠え狂っていた。&#13;&lt;br&gt;
　グ、グ、グワワーッ、ワーッ！&#13;&lt;br&gt;
　数秒間、止んだかとおもったら、さらに倍返しで、グッ、グオオーッ、オーッ！&#13;&lt;br&gt;
(くっそー。ああ、眠れん)&#13;&lt;br&gt;
　頑健な体格で、昼前にやって来て、それからずっとこの調子。朝方になったら、荷物をまとめてサッサといなくなっていた。&#13;&lt;br&gt;
　さて、こちらは入院21日目。もうベテランの部類である。&#13;&lt;br&gt;
　昨日から歩行器を借りている。その「一緒に動く台」にからだを預けて、安定して歩けるようになった。わずかな前進、ほんの少しの自信がついた。そして、それを拍手してくれる看護師さんたち。この非日常的な空間がだんだん「自分のホーム」に近づいてきた。&#13;&lt;br&gt;
「あれっ、もしかして、I さん?」&#13;&lt;br&gt;
　歩行器を押しながら歩いていたら、弁護士の I さんによく似た男性が目に入った。そっと後を追う。人違いだった。&#13;&lt;br&gt;
　それにしても、このタイミングで、I さんが出て来るとは。&#13;&lt;br&gt;
　ずっと以前にも触れたが、ぼくよりも年上で、小柄なI さんはあの「飯塚事件」の主任弁護士で、すでに死刑に処せられた被疑者の無実証明に奮闘を続けている。一度は、検察側のDNA判定を覆した。だが、不条理な再審制度の厚い壁から何度も跳ね替えされている。&#13;&lt;br&gt;
　こうなると彼自身、一生を賭けた闘いになる。そして、事態はその通りに進んでいる。&#13;&lt;br&gt;
　彼は地元の有名な進学高校でも「伝説の秀才」である。決して威張らない、飾らないお人柄で、ぼくとは年賀状のお付き合いが長く続いていた。( I さんは暑中見舞いも欠かさなかった)。そのご縁を、ぼくは「賀状納め」で、自分の方から絶ち切ってしまった。&#13;&lt;br&gt;
　悔やまれる。&#13;&lt;br&gt;
　I さんの粘り腰に比べたら、こんなところで、こんなことしかやっていない自分がすごくちいさく見える。覚悟というか、志の高さが違うのだ。その I さんにそっくりの人が、今日、ぼくの目の前に現れた。&#13;&lt;br&gt;
　これも何かのサインなのだろうか。&#13;&lt;br&gt;
「まだ終わっていないよ。くじけるな、あきらめるな」&#13;&lt;br&gt;
　動けないし、新聞もない、テレビは談話室、ネット通信もすぐ切れてしまう。そんな環境なので、新しい情報は入って来ない。インプットがないから、記憶の底を辿って、こうしてアウトプットするしかない。&#13;&lt;br&gt;
　それでもいいか。一日中、ボケーッとして、何も書かないよりは。&#13;&lt;br&gt;
　&#13;&lt;br&gt;
(今日も独り言でした。カミさんは朝から仕事。面会は休んでもらいました)&lt;br&gt;
</description>
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      <title>退院へのストーリーが始まった</title>
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      <pubDate>Wed, 01 Jul 2026 13:54:18 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-01T17:25:03+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-01T14:10:13+09:00</dcterms:created>
      <description>　7月になった。博多の街は祇園山笠の熱気で盛り上がり、夏休み、真夏の甲子園。一日中、異常な猛暑が続くだろう。カミさんが業者さんにエアコンのクリーニングをやってもらってよかった。病気持ちのこちらは朝から一日中、エアコン頼りで過ごすしかない。&#13;&lt;br&gt;
　昨日、19日間連続の点滴が終わった。代わりに今朝から薬になった。こちらもそれぞれの薬の効果を知っているので、医師の描いた退院へのストーリーはわかる。&#13;&lt;br&gt;
　彼とはこんな話をした。&#13;&lt;br&gt;
　まず、体力をつける。自宅でゆっくりして、体力回復の自信がつくまで、ひと月かかろうが、絶対に急がない。そして、よし、いいぞ、なったときから、もう一度、横浜のKa君がやっていて、うまく行っている抗がん剤治療に再チャレンジする。決してあきらめない――。&#13;&lt;br&gt;
　医者も同じ考えである。医者との距離もはなれたり、くっついたりするものだ。どちらも手探り状態だから、どうしても時間がかかってしまう。&#13;&lt;br&gt;
　話は飛ぶが、たぶんAIに「治療を優先するなら、若い世代か、高齢者か」と訊けば、若い世代を選ぶだろう。イギリスでAIに戦争開始の選択権を任してみたら、「(過去の人の判断データによる)合理的な判断」として、核兵器を選んだという。機械だからね、実にアッサリしたものである。&#13;&lt;br&gt;
　人間はそういう極めてアブナイ板の上に乗っかっている。&#13;&lt;br&gt;
　一見、癌と核兵器は関係のない話だとおもうかもしれないが、どちらも人の命に関わる問題では同じ。核は健全な細胞を破壊する。このまま癌細胞が広がるか、核兵器が拡大するか、どこか似ている。&#13;&lt;br&gt;
　残された時間が少ないので、これも書いておこう。&#13;&lt;br&gt;
　高校から学生時代、寝床の中で一心不乱になって考えたぼくの死後の世界について。&#13;&lt;br&gt;
　大江健三郎が死に場所として選んだのは、さまざまな伝説が伝わっている故郷の森の中だった。絶えることのない、じめじめした命の水の世界である。&#13;&lt;br&gt;
　死んだぼくの頭蓋骨が転がっているのは森ではなくて、きれいな砂粒がサラサラ、カラリと乾いたサバクの海のなか。(ああ、右目が見えない。字が読みづらいな)。&#13;&lt;br&gt;
　そこで黒く、碧(あお)く、どこまでも果てしない宇宙と、ぼくのしゃれこうべの目のおおきな穴、暗くて、どこまでも際限なく続くぼくの宇宙が静かに向き合っている。&#13;&lt;br&gt;
　この地球が浮かぶ宇宙とオレの宇宙が「1対1」、「5分と5分」。そういうイメージ映像である。カミさんは、まさかこのぼくがそんなことを考えていたのかと驚くだろうな。&#13;&lt;br&gt;
　どうしてあの時期に、あんなことを考えたのか、いまなら理由がわかる。&#13;&lt;br&gt;
　とにかく、まわりの大切な人たちが20代で次々に亡くなった。祖父も跡を追った。人の死は若いぼくの間近かにあったのだ。&#13;&lt;br&gt;
　ときには砂漠ではなく、そこは波当津の透明なサンゴの海の中になった。いまその海底には叔父の骨が撒かれている。&#13;&lt;br&gt;
(△△兄ちゃん、待ってて。そこの海で一緒に遊ぼうか？)&#13;&lt;br&gt;
　まさかこんな内面のことまで、このブログにさらけ出すとはおもわなかった。だが、みなさんもそう変わりはあるまい。いまさら出し惜しみしても、何も変わらない。深沢七郎は『楢山節考』を残してくれて、本当によかったとおもう。あの内容は誤解されているところがある。&#13;&lt;br&gt;
　この文章、ずっとこころの中にあるので、すらすら出て来る。&#13;&lt;br&gt;
　さて、この調子でエッセイに挑戦するかな。グーループLINEの仲間たちには、「令和の徒然草をやってみたら」と提案した。&#13;&lt;br&gt;
　だったら、まず、自分から始めなくては。でも、無理はしません。今日は飛ばし過ぎです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■早く病院から外へ出たいなぁ。&lt;br&gt;
</description>
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    <item>
      <title>大江健三郎少年、森の中で自殺？</title>
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      <pubDate>Tue, 30 Jun 2026 21:44:47 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-30T22:01:18+09:00</dcterms:modified>
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      <description>　こんなところで闘っている。入院19日目。想定外の苦しくて、つらくて、長い時間が過ぎて行く。&#13;&lt;br&gt;
　だが、今月の当初の目的はまもなく果たせそうだ。&#13;&lt;br&gt;
　簡易日記の欄外には鉛筆で、「6月を乗り越える!!」とおおきな文字で書き込んである。明日から始まる7月は、「夏・7月を乗り越える！！」。　&#13;&lt;br&gt;
　この地道な積み重ねと継続が余生を一日一日、延ばしている。&#13;&lt;br&gt;
　まわりには支えてくれる人たちがいる。ある若い男性の看護師さんは、「みんな〇〇さんを応援していますよ。なかでもぼくが一番です」とはっきり言ってくれた。75歳にもなって、彼が部屋の仕切りのベージュのカーテンを閉めた後、一分間ぐらい涙が止まらなかった。泣いてもいいとおもった。&#13;&lt;br&gt;
　気の滅入る話だが、同じ境遇の人、いや、もっとどん底で、いまも耐え続けている人は大勢いらっしゃる。子どもたちや若い人もいる。こちらは75歳まで生きてきたのだ。彼ら、彼女たちに比べれば……&#13;&lt;br&gt;
　話が散らばりそうなので、少し絞ろう。&#13;&lt;br&gt;
　昨日の夜は、深夜2時から独りで面談室に行き、ワールドカップの日本、ブラジル戦を観た。大活躍を期待していた、わがアビスパ福岡出身の冨安健洋が躍動していたようだが、残念ながらぼくの右目はほとんど見えない。&#13;&lt;br&gt;
　ゲームは白い霞の向こうで進んでいた。試合が終わりに近づくに連れて、雲行きは怪しくなって、カナリア軍団に押し込まれ、試合終了直前に決勝点を奪われた。&#13;&lt;br&gt;
　うーん、やられた。&#13;&lt;br&gt;
　まさか日本チームがあんなに単純な得点を許すとは。点滴棒と一緒に暗い廊下をのろのろと歩いて、静かに硬くて冷たいベッドへ戻った。&#13;&lt;br&gt;
　もうひとつ、ぜひとも、書いておきたいことがある。&#13;&lt;br&gt;
　同じく昨夜のこと、ここに来て、最初の方だけパラパラと目を通したまま、ずっと読んでいなかった大江健三郎の『晩年様式集(イン・レイト・スタイル』を開けてみた。&#13;&lt;br&gt;
　この本には彼の妹さんが兄について書いた文章も納められている。&#13;&lt;br&gt;
驚いた。大江は小学生のころ、四国の故郷の森の中で、入水自殺を図っていたのだ。そして、彼流の方法で実際にやった。その異常な事態を土壇場で発見して、兄の脚を引っ張り出して、助け出したのが当の妹さんだったという。&#13;&lt;br&gt;
　大江はこのことに関して、いっさい触れていない。だが、ちゃんと製本して、妹さんの文章が明るみになることは認めている。東京大学へ進学した大江は故郷の森やそこでの少年(自分)の死に対して、何を深く考えていたのだろうか。&#13;&lt;br&gt;
　それにしても、どうして、いまごろ、この本を。&#13;&lt;br&gt;
　選んだ理由は、もはや直感としか言いようがない。青春時代のある一時期だけ、大江の作品を読みふけったぼくとの「不思議な因縁」を強く感じている。ちなみに彼は老衰で亡くなった。&#13;&lt;br&gt;
いま20:42:23秒。こうして時計の針は一瞬も止まることなく、きちん、きちんと進んで行く。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■カミさんが撮影した梅雨空の室見川。若アユはいるかな。川は生きているかな。&lt;br&gt;
</description>
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    </item>
    <item>
      <title>最後に切り倒す</title>
      <link>https://ichi-yume.asablo.jp/blog/2026/06/26/9862147</link>
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      <pubDate>Fri, 26 Jun 2026 18:01:31 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-27T12:10:36+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-26T18:40:15+09:00</dcterms:created>
      <description>　入院15日目。&#13;&lt;br&gt;
　ようやく夕方の領域に入って来た。なにもすることがないように見えても、お腹の調子が思うようにコントロールできていないし、血圧、血糖値の検査、食事などやること、やらされることがたくさんある。&#13;&lt;br&gt;
　ああ、楽しくない。&#13;&lt;br&gt;
　でも、ベッドのシーツや毛布を替えてくれたのはよかった。&#13;&lt;br&gt;
　今日はグループLINE(横浜組と九州組の総勢4人)のやりとりで忙しかった。さらにもうひとりの高校の同級生からも連絡があって、ぼくの知らない活動を知らされた。&#13;&lt;br&gt;
　子ども病院の送り迎えとか、ボランティアなどをやっていた。ぼくも存じているある人は、お孫さんについて、「(生まれつき、からだが弱いので)半分、生きてさえいればと思っています」と言っているという。涙が出た。&#13;&lt;br&gt;
　75歳になったのに、自分のことが精いっぱいで、何も見ていなかった。お恥ずかしい次第である。仲間たちはみなさん、明るくて不屈の精神の持ち主だから、いつまでも下ばかり向いていてはいられない。&#13;&lt;br&gt;
　さて、気分を変えようか。&#13;&lt;br&gt;
　横浜の同病のKa君、小倉いるHa君は元々、地域政策に明るい優秀な行政マンである。ひところ、元慶応大学の教授・島田春雄さんが唱えていた「生活総合産業」を持ち出して、彼らの意見を聴いてみたいと思っていた。あれには子育てなど生活に密着した諸政策の提言が書かれている。彼は細川護熙のブレーンもやっていた。&#13;&lt;br&gt;
　役に立つ、いい意見、日本の将来のヒントになるいい話はほとんどの人が知らないところで眠っているものだ。良書とはそういうことだ。&#13;&lt;br&gt;
　おっと、この話を進めていくと、また迷路に入ってしまう。&#13;&lt;br&gt;
　よく「「情報のリテラシィー」という年寄りにはわけのわからない言葉を耳にするけれど、溢れかえっている膨大な情報の中から、ちゃんとしたものを選ぶのは至難の技である。&#13;&lt;br&gt;
　それだけ司馬遼太郎のような「時代の目利き」がいなくなったということだ。ぼくもまったく自信はありません。&#13;&lt;br&gt;
　だからこそ、いまは「地べた」からモノゴトを観るようにしている。&#13;&lt;br&gt;
　ここのところ、こだわっているエッセイもそうで、いいテーマを見つけた。&#13;&lt;br&gt;
　もちろん、ターゲットは最高権力者・高市早苗。&#13;&lt;br&gt;
　相手にとって不足はない。彼女には痛くもかゆくもないだろうが、あの吉田兼好の例もある。高市ファンには不愉快だろうが、ひとりの国民として気になることはあれこれある。彼女の顔を想像しながら、このブログとは別に応募するなど、いっぱい書けそうだ。&#13;&lt;br&gt;
　パッとしないぼくを記者として育ててくれたエース記者のTaさんは、「オレのペンはカミソリじゃない。鋼鉄の鉈(なた)だ。その鉈も鋭い刃の方ではなくて、分厚い鉄の背を使って、太い木を何十回、何百回もたたいて、最期に切り倒す」と教えてくれた。&#13;&lt;br&gt;
　そのみなぎる闘志を初めて聴いたとき、ぶるぶると震えが来たのを思いだす。そうだ、それをやろう。&#13;&lt;br&gt;
　単なる自己満足かもしれないが、そうだ、それをやろう。&#13;&lt;br&gt;
　Ha君は今日のスウェーデン戦を肴に、昼間から小倉の街で定例の飲み会か。&#13;&lt;br&gt;
　いいなぁ。元気で。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■Ka君は「癌にはサツマイモがいいみたいですよ」と教えてくれた。&#13;&lt;br&gt;
　もう、やっています。焼き芋器も買って、使っています。美味しいです。&lt;br&gt;
</description>
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      <title>髪の毛が黒く甦ってきた</title>
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      <pubDate>Thu, 25 Jun 2026 21:42:53 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-26T08:19:05+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-25T21:45:10+09:00</dcterms:created>
      <description>　ああ、甦(よみがえ)って来たみたいだな。&#13;&lt;br&gt;
　ごく細の白毛がうっすらと全体をおおって、読みとれなかったアタマの臨界線が黒っぽく見えてきた。同じ現象が眉毛の付け根でも起きはじめている。&#13;&lt;br&gt;
　そういえば担当医師に向かって、「もう、きつくてたまらない」と、それまで10回も続けてきた点滴中止を訴えて、認められたのが5月11日だった。&#13;&lt;br&gt;
　あれからひと月半も経っている。そろそろ髪の毛が元に戻る時期が来たのだろう。この変化をいいことだと受け留めたい。&#13;&lt;br&gt;
　だが、自分が思っていた以上に、いまも副作用のダメージは大きい。&#13;&lt;br&gt;
点滴を止めた1週間後の夜は、医師から「もう駄目だね」と宣告された。気がつかないうちに、死ぬ間際まで重症化していた。&#13;&lt;br&gt;
　それなのに、わずか3週間後には次の抗がん座を注入してしまった。&#13;&lt;br&gt;
　その報いがこれだ。入院して2週間も経つのに、まだ退院までの見通しすらつかない。&#13;&lt;br&gt;
　今日、夕方にベッドまでやって来た医師ともこんな簡単なやりとりで終わった。&#13;&lt;br&gt;
「どう、調子は?」&#13;&lt;br&gt;
「うーん。変わらないですね」&#13;&lt;br&gt;
「まぁ、ゆっくりやりましょう」&#13;&lt;br&gt;
　医者も懲りたのだろうか。相変わらず口数は少ないが、慎重な言いまわしに徹している。ぼくもそれでいいとおもっている。なんのかんの言っても、時間は流れているのだ。髪の毛がだんだん黒くなってきたように、副作用も過ごしずつ軽減しているに違いない。きっとそうだとおもう。&#13;&lt;br&gt;
　ほかの人のブログのなかに、似たような境遇に置かれている人たちがあちこちにいることを知った。2年越し、3年越しの抗がん剤治療を続けながら、中止していた小説やエッセイを書き始めた高齢者の女性もいる。&#13;&lt;br&gt;
　こうして「独り言」を言うことが多くなった。&#13;&lt;br&gt;
　いまカミさんも独りで暮らしている。話相手のいない晩ご飯はおいしくないだろうな。&#13;&lt;br&gt;
　昨日は業者さんを呼んで、エアコンのクリーニングをしてもらったとか。今朝はブログ用の田んぼの写真を撮って、メールで送ってくれた。明日は団地の友だちを自宅に招いて、ケーキを食べる予定だという。&#13;&lt;br&gt;
　この友だちは軽自動車を持っていて、相手の申し出から、今日も病院まで送ってもらった。いくらお礼を言っても、言い足りない。こんなやさしい人と仲良くやっているので、こちらも安心できる。&#13;&lt;br&gt;
　こうしてはなれていても、温かい人とのつながりはうれしいものである。気がつかないんだよね、わかるまで。&lt;br&gt;
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      <title>キツネの変化が楽しめる</title>
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      <pubDate>Mon, 22 Jun 2026 18:03:02 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-23T13:01:08+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-22T18:09:40+09:00</dcterms:created>
      <description>　幅1m足らずの白いベッドや移動式の細長い茶色のテーブルの上を片づけて、カーテンで囲まれた「自分の城」をつくる。ここに籠城して11日目。食欲がなくて、食べられないので、自ら兵糧攻めの日々を過ごしている。&#13;&lt;br&gt;
　今日はカミさんに「面会に来なくていいよ。お前もダメージが溜まっているはずだから、ゆっくり静養して」と言っておいた。そういう意味では孤立の日でもある。&#13;&lt;br&gt;
　からだはきつい。そう簡単にはよくならない。だが、頭の方は少しだけ強くなってきた。退院とか、冷たいぶっかけ素麺を食べたいとか、明るいことを考えるようになった。視線が遠くに飛ぶようになったのだ。&#13;&lt;br&gt;
　さて、エッセイはどこから取りかかった方がいいのやら。&#13;&lt;br&gt;
　随筆だから、だいたい書くことは決まっている。作家たちも調子よく、ごく身近なものをさわって、話を膨らせている。&#13;&lt;br&gt;
　例えば、酒、猫、犬、旅。便所だって、ボロになった古本、包丁や茶碗、歯ブラシ、そうそう電信柱にかけた犬のションベンだって、ちゃっかり原稿料に替えてしまう。彼らだって、そうそう持ちネタがあるはずはないのだ。&#13;&lt;br&gt;
　文学の方もとんと無知でここまで来たが、少しだけ読んだことのある短編作家のチェーホフは『ねむい』、『可愛い女』のタイトルで傑作をモノにした。モーパッサンは『脂肪の塊』、梶井基次郎は『交尾』。&#13;&lt;br&gt;
　どれもこれもタイトルだけ見れば、そこらへんにありそうな話である。要するに、書いて、書いて、書きまくって、食っていくために身につけた、読ませる技(わざ)なのだろう。&#13;&lt;br&gt;
　ちょっと練習したからといって、追いつくというものではあるまい。いま書いているこの文章だって、退屈しのぎの紙くずみたいなものである。&#13;&lt;br&gt;
　いかん、話が変な方向に走り出した。&#13;&lt;br&gt;
　ここの病棟にも人間社会の不条理が感じられる。少し書いておこう。&#13;&lt;br&gt;
　朝食は8時から。だが、ぼくたちの手元に届くのは8時半過ぎ。食べ終わったら、もう9時である。昼飯は12時。3時間しかない。腹が減るわけがない。&#13;&lt;br&gt;
　もちろん、この裏には働く人たちのドラマがある。&#13;&lt;br&gt;
　聞くところによれば、4月からそうなったとか。どうやら業務改善の動きが原因らしく、勝手に推察するに、朝早くから働く人がいないのだろう。うちのカミさんのパート先もそうだから。&#13;&lt;br&gt;
　さらに、ここに食材の大幅な値上がりが追い打ちをかけて、ただでさえ味の評判がよくない料理の質は落ちる一方だから、担当している人たちかやる気を失くしても、なんの不思議もない。医療の現場はこんなところまで追い詰められているのだ。&#13;&lt;br&gt;
　また一見、元気そうにみえる看護師さんたちは、たいていが過酷な便秘持ちである。トイレに行きたくても行けない。いつもじっと我慢をしている。なかには便秘に苦しむよりも、食べ物を吐いた方がいいと言って、そうしている若い女性もいるのだ。&#13;&lt;br&gt;
　ぼくがエッセイのタイトルをどこにでもありそうな「パン」にして、この病衣食を取り上げたら、病院の裏話まで話は発展するだろう。当たり前のよくあるやり方だが。&#13;&lt;br&gt;
　ふつうの日々の足元に、いつの時代もやらなくてはいけない不条理は山のようにある。だから、一方ではその山を動かしている人を観察しなければ。&#13;&lt;br&gt;
　いまの焦点は、高市早苗その人。好き嫌いは別にして、観察する対象にもってこいの人物である。あの作り笑いだけでも、なかなか見せてくれるではないか。&#13;&lt;br&gt;
　ふだんの生活のなかで、さらに目を光らせて観察すれば、きっとキツネの変化も楽しめる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■知り合いがくれたタネで、カミさんがベランダ栽培しているインゲン。白い花が咲いて、実がどんどん大きくなっているという。退院が早いか、実が固くなってしまうのが早いか。&lt;br&gt;
</description>
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      <title>入院10日目、先は見えず</title>
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      <pubDate>Sun, 21 Jun 2026 12:53:12 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-21T19:27:11+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-21T12:59:46+09:00</dcterms:created>
      <description>　入院10日目。&#13;&lt;br&gt;
　先々週の8日(月)に入院して、新しい抗がん剤の点滴が終わったのは3日後の10日(水)だった。看護師さんたちが笑顔で退院を祝ってくれた。そこまでは計算通りだった。&#13;&lt;br&gt;
　ところが、翌日の夕方から吐き気に襲われた。夕食もほとんど食べれなかった。ひと晩耐えて、12日(金)は朝から終日ふとんのなか。夜の9時ごろ、カミさんがタクシーを手配して、いつもの病院に運ばれた。もう、口をきくのもやっと。即入院である。&#13;&lt;br&gt;
　いまも体調はよくない。苦しんでいる点を一つひとつ数え上げないが、ベージュのカーテンで仕切られた4人部屋の片隅のベッドの上で静かにしている。&#13;&lt;br&gt;
　やっぱり、少し記しておく。これまでの副作用に加えて、強度の食欲なし、吐き気あり、腹痛あり、夜は便秘や下痢で、何度もトイレに起きる。まだ退院の見通しはたっていない。&#13;&lt;br&gt;
「ブログを書いて。待っています」と励ましてくれる人よりも(プレッシャーになっています)、「回復第一だ。無理をするな」という友の言葉がすごくありがたい。そんな友人たちが一日に何度もLINEで写真を送ってくれたり、声をかけてくる。要するに、ふつうの付き合いをしてくれる。&#13;&lt;br&gt;
　朝早くからパートに出ているカミさんも毎日のように面会に来てくれる。そのカミさんを「いつでも車を出すからね。遠慮しないでね」と心強く応援してくれる同じ団地の女性がふたりもいる。&#13;&lt;br&gt;
　ここに至って、ぼくたち夫婦は決めたことがある。&#13;&lt;br&gt;
　それは高齢者夫婦のできることには限界がある、と認めることだ。ふらつく足取りで、団地の階段を降りることすら、一歩踏み出すのが、もう怖くて、怖くて、命がけなのだから。&#13;&lt;br&gt;
　困ったときはお互いさまで、ふたりの力だけではどうすることもできないときはまわりの人に援けてもらおう。遠慮しないで、甘えさせていただこう。その代わり、早く元気になって、こちらも親切にして、これからも仲良くお付き合いさせていただこう。そう決めた。&#13;&lt;br&gt;
　息子たちは近くいるけれど、即刻、当てにはならない。そのこともよく承知している。実際、年寄り夫婦にはご近所にいる人さまの力に頼るしかないのだ。&#13;&lt;br&gt;
　入院中にサッカーのオランダ戦は見れなかった。ぼくたちの結婚記念日も音もなく過ぎた。歴史の歯車はまわっているのに、この病室には別の時間が過ぎていく。&#13;&lt;br&gt;
　詳しいことは書けないが、病状について、もしかしたら、ぼくよりも深刻そうな話も耳に入ってくる。みなさん高齢者ばかり。面接に来た家族にそんな心配話をしない人もいる。静かにしているけれど、家族のこと、余生のことをじっと考えているのは間違いない。&#13;&lt;br&gt;
　数日後か、それとも今週末か、いまは遠くにあっても、そのうち退院できる日が来る。それから先の、いつあの抗がん剤治療を再開するのか、それともストップして、また別の方法を探るのか、いまは何も見えない。担当の医者も迷っているだろうな。&#13;&lt;br&gt;
　だが、どんな事態になろうとも、絶対にあきらめない。&#13;&lt;br&gt;
　ここまで書いた。書けた。&#13;&lt;br&gt;
　さて、せっかく(?)、入院したのだから、何かひとつでも「収穫」を持って帰らねば。&#13;&lt;br&gt;
　顔見知りの看護師さんたちも増えたことだし、ここで得たことを基にして、5枚程度のエッセイを書こうかな。そして、応募しよう。決めた。&#13;&lt;br&gt;
　午後からは、カミさんが甘夏、スイカに続いて、切ったリンゴを持って来てくれるという。サッカーのチュニジア戦も気になるけれど、いつものように車椅子で面談室に連れて行ってもらおう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■アイガモの写真は仕事からの帰り道にカミさんが撮りました。&#13;&lt;br&gt;
　少し腕前が上がった。同じ道を歩くにしても、立ち止まって、観察する人もいれば、目もくれない人もいる。&#13;&lt;br&gt;
　ぼくたちのあいだで、かなり評判の悪い高市首相はどちらの部類だろうか。&lt;br&gt;
</description>
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      <title>よいお知らせがあります</title>
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      <pubDate>Fri, 05 Jun 2026 15:25:34 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-05T17:51:09+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-05T15:28:20+09:00</dcterms:created>
      <description>　後輩のKa君から、こんなメールが届いた。&#13;&lt;br&gt;
「よいお知らせがあります。今日は抗がん剤の点滴の日でガンセンターに来て、担当医から血液検査の結果、腫瘍マーカーの数値が前回の半分以下の数値に下がっており、抗がん剤の効果がはっきり出ているとのことでした」&#13;&lt;br&gt;
　よかった。彼には絶対に長生きしてほしい。後輩だから、ぼくより先に逝ってはいけない。&#13;&lt;br&gt;
　この知らせは、ぼくにも明るい希望の光をいっぱい差し込んでくれた。来週月曜日に入院して始まる次の抗がん剤は、Ka君と同じなのだ。&#13;&lt;br&gt;
　Ka君のことはひとつの情報として、担当の医師に話しておいた。そして、ぼくの気持ちに応えてくれた。いろいろあったが、医者は戦友である。ベストを尽くします、と言っていた。&#13;&lt;br&gt;
　同じ薬でも効果は人それぞれなので、Ka君と同じコースを辿るかどうか、やってみなくてはわからない。だが、やらない選択肢はない。&#13;&lt;br&gt;
　癌治療もチームワークだとおもう。Ka君がいなければ、どうなっていただろう。&#13;&lt;br&gt;
　こんな抗がん剤があることも(担当の医師も知らなかった)、その効果もまったく知らないまま、医者から言われた通りのことをじっと我慢してやる日々が続いていたに違いない。&#13;&lt;br&gt;
　すべてが「受け身」で、ほかにいい方法はないのかとそのあたりをぐるぐるまわることしかできなかったとおもう。それは孤独で、きつい闘いだ。先月はとうとう限界がきて、あやうく死にかかった。つくづく一緒に歩く友がいるありがたさを感じる。&#13;&lt;br&gt;
　自分に言い聞かせるために繰り返す。&#13;&lt;br&gt;
　Ka君と同じ効果があるかどうかはわからない。効果がないかもしれない。&#13;&lt;br&gt;
　だが、なんだか「天から導かれたコース」のような気がしてならない。そうあってほしいと強く願う。カミさんも頷いていた。&#13;&lt;br&gt;
　毎日、癌のことを考えて生きている。話には聞いていても、すい臓癌で、実際に抗がん剤が効いているという実例に接したことはなかった。それを友が実証した。&#13;&lt;br&gt;
　振り返れば、横浜組の後輩君ふたりが福岡までやって来たところから闘病の共作の物語は始まった。そのふたりの青春時代にぼくもいた。まわりまわって、またぼくたちは仲良く結びついている。人と人との縁の不思議さをおもう。&#13;&lt;br&gt;
　うれしいのは抗がん剤だけの話ではない。支え合っている友がいる、それがうれしい。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■室見川を渡って、少し上流にある橋本神社。&lt;br&gt;
</description>
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    <item>
      <title>しぶとく生きろよ</title>
      <link>https://ichi-yume.asablo.jp/blog/2026/06/04/9858264</link>
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      <pubDate>Thu, 04 Jun 2026 18:16:35 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-04T22:46:00+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-04T18:19:43+09:00</dcterms:created>
      <description>　台風6号の進路から外れて、ここはほとんど雨風の影響はなかった。ただ、ほぼ終日、雨が降ったり、止んだりで、一歩も外に出ていない。&#13;&lt;br&gt;
　それでも忙しかった。心配している高校の同期生ふたりと電話で話す。彼らはこのブログを読んでいる。声を聞いてもらうのがいちばん安心するので、いつものように意識して元気な声を出した。ほかにメールの返事を数本書いた。&#13;&lt;br&gt;
　先の日曜日はブラジルのサンパウロから帰国中の「西高3人組」のひとり、Na君から電話があった。新宿にいる娘さんのマンションからだった。彼もこのブログを読んでいて、心配していたという。&#13;&lt;br&gt;
　相変わらず威勢のいい声だった。&#13;&lt;br&gt;
「ああ、死ぬんだと、お前のことがかわいそうになってな。でも、人間、そう簡単には死なないからな。しぶとく生きろよ。しぶとくな。死ぬなよ」&#13;&lt;br&gt;
　こんな調子である。いつも投げてくるのは真っ向勝負のストレート。正直に受け答えするのが気持ちいい。&#13;&lt;br&gt;
「明日、ブラジルに帰るんよ。九州に行って、Haにも会いたかったけど、また来年の2月か、3月に来るよ」&#13;&lt;br&gt;
「そうか。残念だな。じゃあ、それまで長生きせんといかんな」&#13;&lt;br&gt;
　70代後半の男たちの、ごくふつうのやりとりである。&#13;&lt;br&gt;
　このところ、グループLINEの横浜組の後輩君たちの世を憂える声が勢いを増している。トランプも、高市も、エネルギー政策も、地球環境問題も、AIも、切って、切って、切りまくっている。&#13;&lt;br&gt;
　具体的な文面は取り上げないが、それらは正しい指摘で、彼らが怒るのはごくまっとうな感覚である。&#13;&lt;br&gt;
　その筆先はこちらにも飛んできて、「先輩、どんどん書いてください」と尻をたたかれている。気持ちはよくわかる。いまの世の中、すごいスピードでおかしくなっている。腹の立つことばかりだ。だが、怒りに任せて、うっぷん晴らしに書けばいいというものではないだろう。&#13;&lt;br&gt;
　さて、では筆1本で、何ができるか。これから書こうと思っているエッセイや短編にどんなメッセージを込めようか。考える楽しみが出てきた。&#13;&lt;br&gt;
「しぶとく生きろよ」には、「お前、やれよ」の意味が込められている。ごちゃごちゃ言わなくても、お互いにわかっていることだ。&#13;&lt;br&gt;
　5月はなんとかアブナイところを乗り越えた。6月もまもなく4日目が無事に過ぎようとしている。今日も生き延びた。明日もきっと大丈夫。その次の日も。&#13;&lt;br&gt;
　自分の命について、こんなふうに一日一日を考えるようになるとは思わなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■カミさんがザクロの花の写真を撮って来てくれた。思うように外にも出られず、撮影もままならないので、とても助かっている。年代もののぼくの古いスマホとは、画質の鮮明さも、美しさもずいぶん違う。&lt;br&gt;
</description>
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      <title>自分の考えを通す</title>
      <link>https://ichi-yume.asablo.jp/blog/2026/06/03/9858110</link>
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      <pubDate>Wed, 03 Jun 2026 17:30:55 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-03T17:55:50+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-03T17:46:44+09:00</dcterms:created>
      <description>　6月に入ったばかりの今週は、一昨日と今日の2回も病院に行った。体調はあまりよくないが、副作用がきつかった抗がん剤とオサラバして、3週間が過ぎた。まだ手応えはないが、日を重ねるごとに少しずつ元のからだに近づいていくたのしみがある。&#13;&lt;br&gt;
　これも医者に、「もう副作用に耐えられない。いまの抗がん剤を止めたい」と強く直訴したからこそ。&#13;&lt;br&gt;
　月曜日はふたつ要望を出した。あんな死ぬ目に遭ったから、「もっと強く言わないと医者はわからない」とこちらも決意したのだ。&#13;&lt;br&gt;
　ひとつは、「いま大量に渡されている薬を減らしたい。ひと月に600錠も飲んでいたら、どんな人でもおかしくなる。代わりに漢方薬に切り替えたい」ということ。次男が漢方薬の専門メーカーの営業マンということも繰り返して、念を押した。&#13;&lt;br&gt;
「いいですよ」&#13;&lt;br&gt;
　なんとも呆気なかったが、ほっとした。元々、こちらは西洋医学の先端医療と東洋医学の免疫医療の2本立てで、癌に向き合うと決めていた。それがおおっぴらにやれるのだ。これならあの大量の薬ともオサラバだ。&#13;&lt;br&gt;
　その通りに行くかどうかはわからないが、次男はさっそく「いろいろ調べてみるよ」と言ってくれた。あの夜、彼は泣いたという。今度は一緒によろこんでもらわなくては。&#13;&lt;br&gt;
　もうひとつの要望は、「何度も言っているように、右目の視力が極端に落ちている。同じ病院の眼科につないでほしい」ということ。何度言っても、こちらから「眼科につないでくれ」と言うまで、動いてくれなかったのだ。手術も抱えているので、そこまで気がまわらないほど忙しいのかもしれないが。&#13;&lt;br&gt;
　その眼科の診察が今日だった。&#13;&lt;br&gt;
　やっぱり、行ってよかった。医者からは、原因を突き止めるために燃えている様子が伝わってきた。さまざまな検査をした。わかったことは、原因はやはり抗がん剤の副作用で、しかも発生率はわずか2%ほどしかない症状だった。&#13;&lt;br&gt;
「こんなにひどいのは△△さんのほかに、(私が診察した患者のなかで)ひとりしかいません」&#13;&lt;br&gt;
　そう言われた。われながら、よく耐えたとおもう。ただ、この症状も時間が解決してくれるという。ほっとした。2種類の目薬を差して、様子をみましょう、ということになった。&#13;&lt;br&gt;
　疲れ果てた。しかし、一昨日も今日も、希望のある疲れである。&#13;&lt;br&gt;
　医者は専門外の知識については「からっきし」ということも嫌というほどわかった。患者も勉強しないと生きていけない時代になったのだ。おおげさではなく、みずからの体験として、そうおもう。&#13;&lt;br&gt;
　来週月曜日にはまた入院する。新しい抗がん剤の点滴が始まる。再発してから、これが3種類目になる。今度の薬は横浜にいる後輩Ka君と同じもの。この抗がん剤はKa君と相性がいい。&#13;&lt;br&gt;
　こちらから医者に話していたことが実現する。やはり、言いたいことは言った方がいい。つくづくそう思う。&#13;&lt;br&gt;
　余談ながら、言いたいことを書いて、新聞に投稿したら採用された。こちらは元記者だし、編集部の感覚や手の内はわかっている。狙いは図書カードで、これで新刊本が買える。そうか、得意技を活かす、こんな手もあったんだ。&#13;&lt;br&gt;
　びっくりしたのは、久しく会っていない知人ふたりから「読んだよ」のメールが来たこと。こちらの病気のことは何も知らないし、伝えるつもりもないが、「(ぼくの意見に)同感ですね」、「変わらない健筆に、わが意を得たり」とあって、あの元気な顔を見たくなった。&#13;&lt;br&gt;
　原稿用紙3枚のエッセイも締め切り最終日に応募した。ここ数日はこんな調子で、くたくたになった。&#13;&lt;br&gt;
　からだはきついし、右目はよく見えない。それでも、こうして気ままに書ける自由がうれしい。&#13;&lt;br&gt;
　これからは一日一日、薄皮を剥ぐように副作用もなくなっていくだろう。頭のふらふらから早く解放されたい。その日は近い。そう思っている。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■室見川を渡ると田園が広がっている。食べごろのおいしそうなビワだが、人さまのモノ。ただ見るだけ。撮影はカミさんに頼んだ。&lt;br&gt;
</description>
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    </item>
    <item>
      <title>エッセイを書く前に</title>
      <link>https://ichi-yume.asablo.jp/blog/2026/05/29/9857195</link>
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      <pubDate>Fri, 29 May 2026 15:37:25 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-05-30T09:13:58+09:00</dcterms:modified>
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      <description>　右目の視力が落ちて、よく見えない。新聞の文字もぼわーっとして、こうしてパソコンに打ち込んでいる文字も読みとるのにひと苦労している。今日か、明日のうちにはエッセイ3枚の原稿を書かねばならないが、こんなことでブレーキがかかるとは思わなかった。&#13;&lt;br&gt;
　エッセイはこのブログに載せたものを転用する予定だった。だが、主催者に確認の電話を入れたところ、全面書き直しならOKと言われた。それはそれで別にどうってことはない。ただ、この右の目がなぁ。&#13;&lt;br&gt;
　今日は朝からさわやかな天気。カミさんのパート先も平穏だったようで、このぶんなら、どうやら「波瀾の5月」を乗り切れそうである。&#13;&lt;br&gt;
　死の入口まで行ったから、一日一日の過ごし方がこれまでよりもずっと重く感じる。そのとき思ったことをメモする機会が多くなった。そして、その紙片をあちこちに留めている。すべて自分への励ましのメッセージである。&#13;&lt;br&gt;
　午前中は、玄関、ふだん使用していない北の部屋、リビングに置いている絵を取り替えた。「絵」といっても何年の前からの使い終えたカレンダーの水彩画やイラストで、どの作品にも四季がある。&#13;&lt;br&gt;
　信州の山々の風景画や暖色系の草原のイラストは新緑の季節のものへ、コーヒーカップなどを赤や緑の強烈な原色で描いたイラストは、涼しげな海のクジラのそれに差し替えた。ほんのちょっとしたことで、狭い団地の部屋はぼく好みのちいさなミュージアムになる。&#13;&lt;br&gt;
　机の上にある紅葉(もみじ)やイチョウの落ち葉、どんぐりの実、男の子の宝ものだった小刀の肥後守、そして、波当津の浜から持ち帰って来た平べったくて、黒っぽい小石。こんな小物たちもときどき触りたくなる。&#13;&lt;br&gt;
　カミさんは季節に合わせて、いつもの花壇の花を入れ替えてくれた。応援しくれるオバサンからいただいたチューリップの球根はだれかにごっそり掘り盗られてしまった。&#13;&lt;br&gt;
　仕方のないことだ。こういう手合いは人のモノを自分勝ってに盗るのが好きなのだ。快楽犯というやつ。またやるに違いないから、質(たち)が悪い。ぼくも採るのは好きだが、一緒にされたくない。&#13;&lt;br&gt;
　カミさんは数種類の花のタネを肥料と共に仕込んだシートも移植した。新潟の姉が送ってくれたもので、4、5本の芽が伸びている。お隣さんは「いただきものですが……」と断りながら、マリーゴールドのタネをくれた。ある人は花ではなく、インゲンマメの苗を3本と幾粒かのタネくれた。捨てるわけにもいかず、カミさんはわざわざそれ用のプランターを買って、ベランダ栽培を始める始末。&#13;&lt;br&gt;
　面倒くさく感じるときもある。でも、それでいいとおもう。前町内会長のUさんは、「次はハチク(筍)を持って来るから」と言っていたが、ハチクの季節はもう終わってしまった。&#13;&lt;br&gt;
　こんな取り止めもないことが、わが家のその日、その日の物語になっている。&#13;&lt;br&gt;
　つい先ほど、近くの整形外科医に行っていたカミさんが帰ってきた。頼んでいたことがあった。帰り道にブックオフに立ち寄って、ネットで注文していた大江健三郎の本を取って来て、というお願いごとである。&#13;&lt;br&gt;
　本は場所をとるので、買うのはいつも文庫本にしている。だが、文庫でもけっこうな値段のものもある。むしろ中古品でも、実際は新品の売れ残り品にかなり安い本が多い。今回の『イン・レイト・スタイル』の単行本は定価1,800円(税別)が、わずか220円(税込み)だった。活字文化の価値観というか、需要と供給で決まる市場価格はここまで変わってしまった。&#13;&lt;br&gt;
　この本は、大江が福島の原発事故に出会って、急遽書いたという本である。ともかく尊敬する作家が心を込めて書いた220円の真新しい本が手元にある。&#13;&lt;br&gt;
　もう何度も触っている。エッセイを書く前に、いますぐ読みたい欲望と戦わざるを得ない羽目に陥った。&lt;br&gt;
</description>
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      <title>じっくり巻き返してやろう</title>
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      <pubDate>Mon, 25 May 2026 16:28:29 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-05-25T21:21:57+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-05-25T16:31:11+09:00</dcterms:created>
      <description>　あんなことがあったから、ずいぶん心配をかけてしまった。あの夜、カミさんは「ああ、お父さんはこの家には戻って来ないんだ」と覚悟したという。&#13;&lt;br&gt;
　そんなふうに思っていたんだ。医者からそう言われたのも同然だったから。どんなに心細かったことだろう。&#13;&lt;br&gt;
　一連のことは、がんばってこのブログの3部作として書いたが、担当の医者からはっきり「駄目かもしれない。いつ心臓が止まってもおかしくない。延命治療をしますか」と言われたときの動揺はあんなものじゃなかった。&#13;&lt;br&gt;
「オレは奇跡的に生還した」。そう思っている。&#13;&lt;br&gt;
　こうして家に帰ることができない人もいる。&#13;&lt;br&gt;
　ぼくは運がよかった。生と死の分かれ道に立ったときでも、負けてたまるかと思った。この体験はいつかきちんと書こう。&#13;&lt;br&gt;
　70歳のカミさんとはまだ話し合うことがいっぱいある。戒名の件は念を押した。遺産はないので、その点の気苦労はないが、心配なのは独り残される彼女のことである。&#13;&lt;br&gt;
　幸い、仲のいい姉ふたりがいて、ひとりは早くに夫を亡くしているので、同じ境遇として気持ちが通じ合うところも多々あるだろう。また、団地暮らしでよかったとも思う。今回も近くにいるカミさんの友だちが支えてくれた。ありがたさが身にしみた。&#13;&lt;br&gt;
　こんなブログでも、書いていないと心配する人たちがいる。いまその心配を取り除くために書いている。&#13;&lt;br&gt;
　今月はエッセイを書いて、懸賞に応募する予定だ。原稿用紙3枚。残りはあと6日。&#13;&lt;br&gt;
　体調は落ち着いてきたが、ネタを考える気力に欠けているので、このブログのなかにある小話をひと捻(ひね)りするつもりだ。もし入選したら儲けもの。トライ、アゲインあるのみ。&#13;&lt;br&gt;
　この歳になって、10代のときから持ち続けていた自分の気持ちに正直に従って、「職業・作家」を目指すことにした。同じように志望していた「職業・記者」はすでに体験ずみ。たいして変わりはあるまい。上手、下手は関係ない。オレの人生だもの、いままでと同じように、好きにように生きるさ。&#13;&lt;br&gt;
　とにかく、あの辛い副作用の抗がん剤から解放されたのがすごくおおきい。きっと頭のふらつきもいまよりは軽くなって、もっと外に出て、歩けるようになるだろう。そうなったら、こっちのもの。&#13;&lt;br&gt;
　退院した土曜日は、横浜の後輩君たちが部活のOBたち総勢6人で、母校・早稲田に集合して、おおいに気勢をあげていた。その様子がLINEで続々と送られてきた。ちゃんとぼくが渡しておいた球磨焼酎の『山ほたる』もたのしんでもらったようだ。&#13;&lt;br&gt;
「都の西北」、「紺碧の空」を大声で歌いまくったという。同じすい臓がんのKa君がいちばんの元気者だったようで、みんな驚いていたらしい。いいな、彼らしいなぁ。&#13;&lt;br&gt;
　さぁ、こちらも無理をしないで、じっくり、ゆっくり、少しずつ巻き返してやろう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■ベランダ栽培のキャベツの原種・ケール。こんなところまで虫が卵を産みつけにやってくる。葉っぱはカミさんが毎日作ってくれるスムージーの材料に。&lt;br&gt;
</description>
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      <title>「死の宣告」から脱出までの3日間-最終編</title>
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      <pubDate>Sat, 23 May 2026 14:38:25 +0900</pubDate>
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      <description>　目を閉じたまま薄暗い部屋のなかで、強気になったり、弱気になったり。病室のベッドの上に運ばれて、いまは動いている心臓がいつ止まるのか。目の前に迫って来ているはずの死の訪れが頭からはなれない。&#13;&lt;br&gt;
　いまは生きている。何か考えよう。考えているあいだは生きていられるのだから。&#13;&lt;br&gt;
　自分が死んだ後はどうなるのだろう。&#13;&lt;br&gt;
　葬式のことを考えた。坊さんは要らない。何十万円もする戒名も要らん。親がつけてくれた本名がいちばんわかりやすくていい。位牌の後ろには「風のひょう吉」と書いてもらおう。風にようにやってきて、風のようにこの世から消え去るのだ。その方がオレらしくていい。このことはカミさんにも話してある。&#13;&lt;br&gt;
　葬式は小人数がいいから、家族葬でやろうと決めていたよな。ということは、カミさん、長男家族、次男の5人か。孫はまだ幼いから、通夜はたったの3人だけか。ちょっと寂しいな。酒があっても盛り上がりに欠けるな。&#13;&lt;br&gt;
　そうだ、音を入れよう。それがいい。にぎやかになる。えーと、いまスマホでよく聞いている歌は、上条恒彦の「出発の歌」だろ、都はるみの「千年の古都」だろ、それから北島三郎の「風雪流れ旅」。いいねぇ。&#13;&lt;br&gt;
　でも、ちょっと感覚が古いな。そうそう、ベートーヴェンの「田園」があった。モーツァルトもいいかな、題名はわからんけど。それから雰囲気を出すために、葬式らしい読経を流すのもあり、だな。別に宗派はどこでもいい。ぜんぶUチューブでやれる。料金はタダだし。&#13;&lt;br&gt;
　そんなことを考えているうちに、葬式の演出家をやっているみたいな気分になって、このまま死んでしまう気がしなくなった。&#13;&lt;br&gt;
　医者はあんなことを言っていたけれど、オレは本当に死ぬのだろうか。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■20日(火曜日)&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「お食事でーす」&#13;&lt;br&gt;
「なにも食べれません」&#13;&lt;br&gt;
　横向きに寝たまま、無意識にちいさく返事をした。しばらくして目が覚めた。&#13;&lt;br&gt;
　ああ、生きている。&#13;&lt;br&gt;
　点滴が目に入った。からだはそんなにきつくない。昨日とは、はっきり違う。ああ、よかった、よかったぁ。&#13;&lt;br&gt;
　7時過ぎ、カミさんに万感の思いを込めてメールを打った。&#13;&lt;br&gt;
「おはよう。心配かけたね」&#13;&lt;br&gt;
　後から聞いたら、やはり、一睡もしていなかった。まだとても信じられない、受け入れられないように感じながら、ずいぶん泣いたという。&#13;&lt;br&gt;
　9時近く、担当の医師がやって来た。その顔に緊張感はどこにもなかった。&#13;&lt;br&gt;
「どう、調子は」&#13;&lt;br&gt;
「大丈夫です。先生があんなことを言うものだから。そんなふうに見えたんですか」&#13;&lt;br&gt;
「あのときはね。いままで弱ってきていたのが、何かが炎症を起こしたんだろうね、、」&#13;&lt;br&gt;
　どうしても訊いておきたいことがあった。&#13;&lt;br&gt;
　癌の人がいっぺんに具合が悪くなって、あっという間に死んでしまうという事例がある。その話が先日タモリの出演していたNHKの癌特集の番組で取り上げられていたのである。あのときのシーンが頭のなかに焼き付いていたのだ。&#13;&lt;br&gt;
　それによれば、ある日突然、血液中の癌細胞が急激に増えて、からだの器官が対応できなくなって、2、3日で亡くなってしまうという。今回の症状はまさしくそれだ、それでぼくも急にこんなことになったんだとおもっていたのである。&#13;&lt;br&gt;
「昨日のデータの結果はどうだったんですか」&#13;&lt;br&gt;
「どれも特別な異常はなかったね」&#13;&lt;br&gt;
「そうですか。異常はなかったんですね」&#13;&lt;br&gt;
「ただ、目には見えないけれど、癌細胞は肺と肝臓にも転移しているし、全身に散らばっているからね」&#13;&lt;br&gt;
「ええっ。肺と肝臓にも？　初めて聞きました」&#13;&lt;br&gt;
「肝臓は違ったかな。肺にはあるね」&#13;&lt;br&gt;
「初耳です。この前のCT検査でも転移なし、だったでしょ」&#13;&lt;br&gt;
「目に見えないちいさな癌細胞だからね」&#13;&lt;br&gt;
「そういうことですか。それならわかります」&#13;&lt;br&gt;
　この説明は納得できた。もともと癌細胞はだれでも持っている。問題はそれが癌になるかどうかなのだ。いちばん気になっていた血液中の癌細胞は大増殖していなかったのだ。&#13;&lt;br&gt;
　昼過ぎ、カミさんと長男が面会にやって来た。夕方ちかくには次男も顔をみせた。みんな眠れなかったという。&#13;&lt;br&gt;
「心配かけたな。さて、最初から話そうか」&#13;&lt;br&gt;
　次男には、ぼくが死んだ後のこのブログの始末を頼んだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「死の宣告」から脱出までの3日間-最終編&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■ベランダに置いてある桑の木に黒く熟した実がいっぱいついている。&lt;br&gt;
</description>
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      <title>「死の宣告」から脱出までの3日間－②</title>
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      <pubDate>Fri, 22 May 2026 16:59:13 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-05-23T06:05:03+09:00</dcterms:modified>
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      <description>　後ろからカミさんが押してくれる病院の車椅子に乗って緊急治療室へ。白衣や青い仕事着を着用した若い人たちから、薄くて、細くて、狭い黒のベッドの上に載せられる。清潔でひろい空間は照明も冷たくて寒い。目を閉じたまましばらく待つ。&#13;&lt;br&gt;
　近くで担当の医師の声が聞こえた。よかった、こんな時間でも駆けつけてくれたのだ。彼は患者のためなら、暮れも正月も夜中もない。休みなしで働く外科のエースである。&#13;&lt;br&gt;
　ところが、彼の呼びかけは予想もしないものだった。&#13;&lt;br&gt;
「△△さん、残念なことを言うけどね、もう駄目かもしれないね」&#13;&lt;br&gt;
　きつくて、きつくてたまらないのに、目も口も開けていられないのに、やっとここまで来たのに、いちばん怖れていた言葉が担当の医者の口から真っ先に飛び出したのだ。&#13;&lt;br&gt;
「死の宣告」だった。拒否したくても、ただ静かに聞くしかなかった。&#13;&lt;br&gt;
「心臓が止まるかもしない。そのときはマッサージする？」&#13;&lt;br&gt;
　おおきく首を横にふる。&#13;&lt;br&gt;
　暖かい手が、ぼくの冷たくなった左の手の指をやさしく包んでいるのがわかった。血の通ったカミさんの手だった。&#13;&lt;br&gt;
　そのとき、ぼくは時間の記憶があいまいになっていたことを後から知った。&#13;&lt;br&gt;
　実は、この医者の短い話の席にカミさんはいなかった。外で待っていて、入院手続きの書類などに書き込みをしていたという。そして、そこに担当の医師がやってきた。手には延命治療に関するペーパーが握られていた。サインの欄があった。&#13;&lt;br&gt;
「奥さん、いまご主人の了解は得ましたが、延命治療はしないでいいということでした。それでいいですか」&#13;&lt;br&gt;
　カミさんは突然のことで気が動転した。&#13;&lt;br&gt;
「はい。以前からふたりでそう話していましたから、それで結構です。でも、あんなに元気だったのに、こんなことってあるんですか」&#13;&lt;br&gt;
　声もなく医師は深くうなずいた。&#13;&lt;br&gt;
「いつ心臓が止まってもおかしくありません」&#13;&lt;br&gt;
「そんな……」&#13;&lt;br&gt;
　部屋のなかに入って、ぼくの手を握ったのは、このやりとりの後だった。&#13;&lt;br&gt;
「△△さん、できる限りのことはやるけどね。それでも限界があるからね。あとは持ちこたえられかどうかだね。よくなって、おうちに帰れるかもしれないからね」&#13;&lt;br&gt;
　医者は死を迎えようとしている人に、こんなことを言うのかとおもった。閉じたままの目に、先に旅立った親しい人たちの顔が次々に浮かんだ。&#13;&lt;br&gt;
　そうか、オレはとうとう死ぬのか。ここが死に場所か。そのときはもうすぐ来るのか、1時間後か。それとも今夜が山場か。たぶん、今夜なんだろうな。&#13;&lt;br&gt;
　カミさんは泣くよな。ごめんな、幸せにしてあげられなかったな。息子たちにも会えないのか。話しておきたいことがいっぱいあるのに。友だちもびっくりするだろうな。&#13;&lt;br&gt;
　さまざまなおもいがかけめぐる。&#13;&lt;br&gt;
　その後、目を閉じたまま、血液検査、心臓の検査、CTほかの検査が延々と続いた。治療は始まらない。&#13;&lt;br&gt;
　こんなときでも、検査、検査。寒くて、寒くてたまらない。&#13;&lt;br&gt;
　ときどき若い女性の笑い声が聞こえた。たのしそうに働いているのだろう。いったいどれだけの時間が過ぎたのだろうか。それからベッドのまま運ばれて、病室の分厚いベッドの上らしいところに移された。ここはいくらか温かい。&#13;&lt;br&gt;
　カミさんとはとうとう会えなかった。もう、会えないかもしれないな。こうやって人は独りで死んでいくのだ。父も、母もそうだった。&#13;&lt;br&gt;
　これも後から知ったことだが、カミさんは同意が必要なさまざまな文書にサインをして、夕方6時半ごろ、ようやくぼくが寝ている病棟の5階まで上がって来た。だが、すでに面会が許される時刻は過ぎていて、断られたという。　&#13;&lt;br&gt;
　帰り道は独りだった。彼女にはすぐにでもやらなくてはいけない使命があった。&#13;&lt;br&gt;
　もう、夫は家に帰って来ないかもしれない。こうしている間も、いつ心臓が止まるかもしれないのだ。&#13;&lt;br&gt;
　自宅に戻って、まず長男へ電話した。いつも陽気な次男は沖縄に出張中だった。「お父さんともっと話をしたかった」という涙声の次男の声を聞いて、涙が止まらなくなったという。&#13;&lt;br&gt;
　それからぼくの姉へ。「まわりの親戚にはまだ黙っていて」という約束で。姉には癌のことはいっさい知らせていなかった。ふたりとも電話の声が涙で詰まったという。このところぼくのことが気になっていたそうだ。&#13;&lt;br&gt;
　ぼくは眠れなかった。&#13;&lt;br&gt;
　人はこうやって死ぬのか。あの世に行ったら、懐かしいあの人たちに会えるのかなぁ。会って、みんな元気でにぎやかにお酒を飲みたいな。そうなったらいいな。&#13;&lt;br&gt;
　でも、まだオレは生きている。こんなことで死んでたまるか。みてろ、絶対に生還してやるからな。こうして考えるのも生きているからだ。今夜は死なんぞ。死ぬ気がせん。生きて、書いてやる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「死の宣告」から脱出までの3日間－②&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
追記 :　明日の正午ごろ退院します。無事に家に戻れます。副作用がきつい抗がん剤とサヨナラできたので、うまく行けば頭のふらつきや杖の生活から解放されて、また髪の毛が生えるかもしれません。(笑い)&#13;&lt;br&gt;
　再来週から新しい抗がん剤治療が始まる予定。きびしい状況に変わりはありませんが、気持ち的にはずいぶん明るくなりました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
■病室から西方の景色。以前にこのあたりはぜんぶ田んぼや畑だった。昆虫や水生動物の生き物たちもいっぱいいたという。&lt;br&gt;
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