わからないのよ、女の歳は ― 2021年02月16日 15時21分

調子がいいよなぁ、と半ばあきれつつも、感心させられる人がいる。もう何年もお会いしていないSさんもそのひとり。お歳はぼくよりも少しだけ上だが、ずっと若々しく見える。
30代で夫に先立たれて、女の手ひとつで娘さんを育てあげたとか。しかし、その苦労話は一度も聞いたことがない。ときたま連絡があって、出かけて行くと、彼女の用件はいつもカネ儲けの話。それも会うたびに中身が違っていた。
「これを見て。ほら、こうして傾けると、光が反射して、描いてある絵がいろいろ変化するでしょ。船の絵とか、お花の絵とか、いろいろあるの。きれいでしょ。売れるのよ、これが」
「この端末を体に当てると、血液の流れを科学的に分析して、からだのどこが悪いのか、一発でわかるの。だから、こっそり使っている医者もいるのよね。ドイツ製の医療機械で、福岡市でこの機械を持っているのはわたしだけなの。奥さんの調子はどう? 特別に一回、2000円で診てあげようか」
「この前から健康食品の組織販売をやり始めたの。もう、わたしの下に会員が100人もいるのよ。この組織は立ち上がったばかりだから、わたしの階級は上の方で、もうすぐ毎月100万円入ってくるの。やっとわたしの夢がかなったのよ。早い者勝ちよ。だから、あなたに教えてあげるの」
まぁ、こういった話。眉につばを大量に塗りながら聞かないと、えらいことになりかねない。なかなかの行動派で、物怖じするところを見たことがない。そして、言い方は悪いが、ちょっと表街道では耳に入ってこないような情報を持っていらっしゃる。
こういう人は見かけによらず、顔が広いので、お付き合いは少々、慎重を要する。小柄で、かわいい顔だち、いつもこざっぱりした服装をしていて、声も若い。どことなく正体不明、実年齢もわかりにくい人なのだ。
ご本人もそのことを十分、計算に入れているようで、こんな話を打ち明けてくれた。カネ儲けの仕事で、東京まで出かけたときの「変身の術」について、である。
「電車に乗ったら、わざとよろよろ歩くの。そしたら、だれか声をかけてくれるでしょ。そこで、わたし、81歳のおばあさんだから、頭がぼけちゃって、と言うの。相手の人は、まぁ、お若く見えますね、とびっくりして、やさしくしてくれるでしょ。その方が女性だったら話も弾んで、すぐお友だちになれるじゃない」
なぜか、80歳ではなくて、81歳の方がいいのよと言う。芸が細かいのである。
「55歳、と言うときもあるのよ。そういうときはね、わたし、若いころから老けて見られる方ですから、と言うの。そうすると、相手は、あっ、そんなにお若いんですか、という顔をするの。おもしろいわよ。それならまだまだ仕事を任せても大丈夫だと思われるでしょ」
思わず、彼女の顔を見て、ちょっとやり過ぎじゃないの、と言ってみた。すると、
「男の人にはわからないのよ! 女の歳は!」
スマホに登録している連絡先を整理しようとして、リストを見ていたら、Sさんの名前が出て来た。彼女は福岡市内のマンションを処分して、「ひと旗上げてみせる」と東京へ行ったきり、音信がない。でも、彼女の連絡先は消さないでおこう。お会いするのが楽しい人である。いつかまた「いいお話があるのよ」と電話がかかってくるかもしれない。
■写真と本文は関係ありません。
30代で夫に先立たれて、女の手ひとつで娘さんを育てあげたとか。しかし、その苦労話は一度も聞いたことがない。ときたま連絡があって、出かけて行くと、彼女の用件はいつもカネ儲けの話。それも会うたびに中身が違っていた。
「これを見て。ほら、こうして傾けると、光が反射して、描いてある絵がいろいろ変化するでしょ。船の絵とか、お花の絵とか、いろいろあるの。きれいでしょ。売れるのよ、これが」
「この端末を体に当てると、血液の流れを科学的に分析して、からだのどこが悪いのか、一発でわかるの。だから、こっそり使っている医者もいるのよね。ドイツ製の医療機械で、福岡市でこの機械を持っているのはわたしだけなの。奥さんの調子はどう? 特別に一回、2000円で診てあげようか」
「この前から健康食品の組織販売をやり始めたの。もう、わたしの下に会員が100人もいるのよ。この組織は立ち上がったばかりだから、わたしの階級は上の方で、もうすぐ毎月100万円入ってくるの。やっとわたしの夢がかなったのよ。早い者勝ちよ。だから、あなたに教えてあげるの」
まぁ、こういった話。眉につばを大量に塗りながら聞かないと、えらいことになりかねない。なかなかの行動派で、物怖じするところを見たことがない。そして、言い方は悪いが、ちょっと表街道では耳に入ってこないような情報を持っていらっしゃる。
こういう人は見かけによらず、顔が広いので、お付き合いは少々、慎重を要する。小柄で、かわいい顔だち、いつもこざっぱりした服装をしていて、声も若い。どことなく正体不明、実年齢もわかりにくい人なのだ。
ご本人もそのことを十分、計算に入れているようで、こんな話を打ち明けてくれた。カネ儲けの仕事で、東京まで出かけたときの「変身の術」について、である。
「電車に乗ったら、わざとよろよろ歩くの。そしたら、だれか声をかけてくれるでしょ。そこで、わたし、81歳のおばあさんだから、頭がぼけちゃって、と言うの。相手の人は、まぁ、お若く見えますね、とびっくりして、やさしくしてくれるでしょ。その方が女性だったら話も弾んで、すぐお友だちになれるじゃない」
なぜか、80歳ではなくて、81歳の方がいいのよと言う。芸が細かいのである。
「55歳、と言うときもあるのよ。そういうときはね、わたし、若いころから老けて見られる方ですから、と言うの。そうすると、相手は、あっ、そんなにお若いんですか、という顔をするの。おもしろいわよ。それならまだまだ仕事を任せても大丈夫だと思われるでしょ」
思わず、彼女の顔を見て、ちょっとやり過ぎじゃないの、と言ってみた。すると、
「男の人にはわからないのよ! 女の歳は!」
スマホに登録している連絡先を整理しようとして、リストを見ていたら、Sさんの名前が出て来た。彼女は福岡市内のマンションを処分して、「ひと旗上げてみせる」と東京へ行ったきり、音信がない。でも、彼女の連絡先は消さないでおこう。お会いするのが楽しい人である。いつかまた「いいお話があるのよ」と電話がかかってくるかもしれない。
■写真と本文は関係ありません。
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