ひとまず退院できた ― 2022年11月26日 17時42分

ここの看護師さんたちは本当によく働く。この病棟の6階の三分の一ほどが20代の女性で、やっと仕事に慣れましたという人もいる。入院中の男女は白髪頭がほとんどだから、艶やかな黒髪の彼女たちとって、担当する相手は年寄りのじいちゃん、婆ちゃんだらけである。
先日、ぼくは大腸カメラの検査を受けるために、朝から2リットルの下剤を2時間かけて飲んで、腸のなかが空っぽになるまで、何度もトイレに通った。仕方がないから嫌でもやったのだが、あれをやると腸は大掃除されて、なかがきれいなる。そこで年に一回、健康のために自分からすすんで、この下剤を飲む看護師さんもいるという。
下剤のあとに水もガブ飲みして、廊下を歩きまわって、何度目かのトイレ直行の苦しさが終わって、そうだ、お尻をきれいにしておこうという気になった。洗面台で熱いお湯を出して、タオルを濡らして絞って、ベッドに戻って、外から見えないようにクリーム色のカーテン閉めた。その閉め方が中途半端だった。
パンツを下ろして、尻を丸出しにして、入念にふいていたそのとき、「××さん」と声をかけられた。
すでに、とき遅し。
中途半端に開いていたカーテンのすき間に、白い看護服が立っていた。そのときパンツを下ろしたままのぼくのからだは、彼女の真正面を向いていた。
「すみません!」
カミさんにこのことを電話で話したら、あっさり言われてしまった。
「看護師さんもイヤなモノを見たね。若い男の人だったらよかったのにね」
この看護婦さん、とっても感じのいい娘さんで、ほかの患者からも好かれているのがよくわかる。彼女だけではなく、ここの看護士さんたちはみな明るく、ほがらかで感じがいい。職業柄とはいえ、そうそうできることではない。よほど鍛えられているのだろう。
彼女たちの仕事は休みなしである。しかも、人一倍、神経を遣う。たとえば注射の薬剤の種類も量も、必ずふたりでチェックするという。
「とくにインスリンは危険ですからね。なんでもダブルチェックします」
体温、血圧、血糖値などの記録だけではない、その日の体調の聞き取りも、立ったまますぐ小型の台車の上に乗せているパソコンに打ち込んでいる。それらデータは瞬時に医師たちも共有する。治療の根幹ともいえる重要なシステムを、彼女たちが支えているのだ。
夜勤の仕事はこちらの目に留まる範囲だけでも過酷である。夜中も患者の世話を焼いている。ナースステーションからは信号発信機のような音が寝静まった病室まで断続的に聞こえて来る。就業規則では2時間の休息時間があっても、30分ほど横になれるのが精いっぱいだという。
入院中の中国人の男性は、「日本の看護師さんは、看護師以外の仕事をいっぱいやらされている。どうして彼女たちが食事まで運ばなければならないの」と信じられない顔をしていた。
朝6時過ぎにベッドにやって来る彼女たちは、いまさっき目が覚めたばかりのように元気で、溌剌としている。しかし、「大変だね。よくがんばるね」と声をかけると、
「もうくたくたです。夜勤が終わって、車で帰るときは、頭がボーッとしているのに、どこかまだ緊張してるんですよ。夜勤明けはひたすら寝ています。先日は目が覚めたら、夜の8時でした」
「みなさんの朝の食事を運ぶとき、みそ汁のいい匂いがして、お腹が空いて。もう、バテバテです。はやく朝ごはんを食べたくなります」
「わたし3人姉妹の真ん中で、28歳になったんですよ。そろそろ結婚したいですけどね。でも、夜勤明けは寝てばかり。そんなことは起きそうもないです。年末にこちらは夜中も働いているのに、急性アルコール中毒で意識不明になって、服をべったり汚して救急車で運ばれてくる若い男の人もいるんですよ。ベッドまで運んで寝せて、やっと起きたとき、ここはどこですかって。まったく、なにをやっているんでしょうかねえ」
あのときの姿をみられてしまった、この28歳の看護師さんがとくにぼくのお気に入り。いつもマスクをしているので、ぜんたいの顔立ちはわからないが、ほうっておくのはもったいないほど、かわいいタイプの美人である。こまかいところに気がまわって、仕事もできるし、気立てもいい。
「うちの息子の嫁さんに来てくれたらなぁ」
カミさんにそう伝えた。
「来てくれたら、いいのにねぇ」
自分のからだも、それぞれの人の都合も、こちらの思うようにはいかないものだ。
今日は午前中にひとまず退院できた。途中まで書いていたブログの続きを、こうして久しぶりにわが家で書いている。
やっぱり看護師さんたちよりも、カミさんのいる家がいい。軽くやりたくなって、半月ぶりに赤ワインを買って来た。
昨日の午後、先日も書いた元気のいいおばさん看護師が、またお隣のベッドの脇にやって来た。今度は大きな声でこんなことを言っていた。
「からだをよくするのは力が要るの。エネルギーが要るのよ。
命と健康とどっちが大事か、よく考えてほしいのよ」
■写真は病室に持ち込んだ自製の月間進行表。今月になって入院生活の書き込みだらけになった。
先日、ぼくは大腸カメラの検査を受けるために、朝から2リットルの下剤を2時間かけて飲んで、腸のなかが空っぽになるまで、何度もトイレに通った。仕方がないから嫌でもやったのだが、あれをやると腸は大掃除されて、なかがきれいなる。そこで年に一回、健康のために自分からすすんで、この下剤を飲む看護師さんもいるという。
下剤のあとに水もガブ飲みして、廊下を歩きまわって、何度目かのトイレ直行の苦しさが終わって、そうだ、お尻をきれいにしておこうという気になった。洗面台で熱いお湯を出して、タオルを濡らして絞って、ベッドに戻って、外から見えないようにクリーム色のカーテン閉めた。その閉め方が中途半端だった。
パンツを下ろして、尻を丸出しにして、入念にふいていたそのとき、「××さん」と声をかけられた。
すでに、とき遅し。
中途半端に開いていたカーテンのすき間に、白い看護服が立っていた。そのときパンツを下ろしたままのぼくのからだは、彼女の真正面を向いていた。
「すみません!」
カミさんにこのことを電話で話したら、あっさり言われてしまった。
「看護師さんもイヤなモノを見たね。若い男の人だったらよかったのにね」
この看護婦さん、とっても感じのいい娘さんで、ほかの患者からも好かれているのがよくわかる。彼女だけではなく、ここの看護士さんたちはみな明るく、ほがらかで感じがいい。職業柄とはいえ、そうそうできることではない。よほど鍛えられているのだろう。
彼女たちの仕事は休みなしである。しかも、人一倍、神経を遣う。たとえば注射の薬剤の種類も量も、必ずふたりでチェックするという。
「とくにインスリンは危険ですからね。なんでもダブルチェックします」
体温、血圧、血糖値などの記録だけではない、その日の体調の聞き取りも、立ったまますぐ小型の台車の上に乗せているパソコンに打ち込んでいる。それらデータは瞬時に医師たちも共有する。治療の根幹ともいえる重要なシステムを、彼女たちが支えているのだ。
夜勤の仕事はこちらの目に留まる範囲だけでも過酷である。夜中も患者の世話を焼いている。ナースステーションからは信号発信機のような音が寝静まった病室まで断続的に聞こえて来る。就業規則では2時間の休息時間があっても、30分ほど横になれるのが精いっぱいだという。
入院中の中国人の男性は、「日本の看護師さんは、看護師以外の仕事をいっぱいやらされている。どうして彼女たちが食事まで運ばなければならないの」と信じられない顔をしていた。
朝6時過ぎにベッドにやって来る彼女たちは、いまさっき目が覚めたばかりのように元気で、溌剌としている。しかし、「大変だね。よくがんばるね」と声をかけると、
「もうくたくたです。夜勤が終わって、車で帰るときは、頭がボーッとしているのに、どこかまだ緊張してるんですよ。夜勤明けはひたすら寝ています。先日は目が覚めたら、夜の8時でした」
「みなさんの朝の食事を運ぶとき、みそ汁のいい匂いがして、お腹が空いて。もう、バテバテです。はやく朝ごはんを食べたくなります」
「わたし3人姉妹の真ん中で、28歳になったんですよ。そろそろ結婚したいですけどね。でも、夜勤明けは寝てばかり。そんなことは起きそうもないです。年末にこちらは夜中も働いているのに、急性アルコール中毒で意識不明になって、服をべったり汚して救急車で運ばれてくる若い男の人もいるんですよ。ベッドまで運んで寝せて、やっと起きたとき、ここはどこですかって。まったく、なにをやっているんでしょうかねえ」
あのときの姿をみられてしまった、この28歳の看護師さんがとくにぼくのお気に入り。いつもマスクをしているので、ぜんたいの顔立ちはわからないが、ほうっておくのはもったいないほど、かわいいタイプの美人である。こまかいところに気がまわって、仕事もできるし、気立てもいい。
「うちの息子の嫁さんに来てくれたらなぁ」
カミさんにそう伝えた。
「来てくれたら、いいのにねぇ」
自分のからだも、それぞれの人の都合も、こちらの思うようにはいかないものだ。
今日は午前中にひとまず退院できた。途中まで書いていたブログの続きを、こうして久しぶりにわが家で書いている。
やっぱり看護師さんたちよりも、カミさんのいる家がいい。軽くやりたくなって、半月ぶりに赤ワインを買って来た。
昨日の午後、先日も書いた元気のいいおばさん看護師が、またお隣のベッドの脇にやって来た。今度は大きな声でこんなことを言っていた。
「からだをよくするのは力が要るの。エネルギーが要るのよ。
命と健康とどっちが大事か、よく考えてほしいのよ」
■写真は病室に持ち込んだ自製の月間進行表。今月になって入院生活の書き込みだらけになった。
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