AIと人のこころ2023年07月08日 11時26分

 いま何かとさわがしいAIによる文章の作成について、気がついたことを書き留めておく。
 前回のブログで認知症にかかった友(O君)のことに触れた。頭脳明晰で、発想が抜群におもしろくて、顔を合わせるたびに、「いまね、やりたいことがあるんだ。聞いてくれる」が挨拶代わりだった。
 ぼくが出京して、彼の行きつけの喫茶店で向き合ったある日の午後、おすすめのエスプレッソコーヒーを飲みながら、こう切り出したことがある。
「ある学説の論文を書くとするじゃない。そのときにテーマをパソコンに打ち込むだけで、これまでの膨大な論文の中から関連する必要な要素がツリーのようにつながって出てきて、最終的には目的の論文の文章が完成する。そんなのができたら、いいなぁとおもって」
「へえー、ということは、これまでの人類の膨大な知恵が必要に応じて、たちどころに整理されて取り出せるわけか。それって基本的には編集のノウハウだよな。問題はそれらのデータをどうやって集めて、どう分類するかだな」
「そう。時間はかかるけど、仕組みはつくれるとおもうんだ。やってみる価値があるとおもうけど、どうおもう?」
「おもしろいな。いつかそうなるかもしれんな。それって使える範囲は論文だけじゃないよな。革命が起きるよな。お前ならやれるよ、やってみろよ」
 なんのことはない、ビッグデータの活用から、いまにつながっているAIの話をしていたわけだ。長年の付き合いから、彼がここまで言うからには単なる思いつきではなく、だいぶ研究しているんだなと察しがついた。10年前のことである。
 思い出に浸っていても仕方がないので、話を飛ばす。
 さまざまなジャンルの原稿を書いてきたぼくにとって、AIの脅威としてすぐ頭に浮かんだのは、定型化した文書や記事だけではなく、小説やエッセイの分野にもAIが進出してくるのではないか、ということだった。実例を挙げての報道もあった。
 極端に言えば、書き手の仕事がなくなるかもしれない。そんな寒々とした光景が頭のなかをひんやりよぎって行った。
 未知の事態に遭遇したとき、漠然とした恐怖心と警戒感が入れ混じった自己防衛本能が働くものだが、AIについてもいまがそのときなのかもしれない。
 なにしろAIは膨大な文章表現のデータを有しているらしい。夕焼け空の表現ひとつにしても、海面を赤く燃えるように染める夕陽、山の稜線をほの明るく紫色に照らす夕暮れの空など、AIはデータ化されたありとあらゆる言葉のなかから、たちどころに上手な表現を見つけ出すのだろう。とてもぼくなどの及ぶところではない。
 うんうん唸って、ぴったりの言葉を探す苦労も要らなくなる。恋愛小説だって、ミステリーだって、たちどころに完成原稿をつくれるようになるという話も耳にした。コンピューターはとうとうここまで来たのかとおもった。
 だが、待てよ、AIはつまるところ、使いこなしてなんぼの道具ではないのか。
 人が文章を「書く」ときには、「考える」という行為がくっついている。多くの作家たちが言うように、筋書きも、結末も、書き始めてみなければわからないところがある。
 これに対してAIは目標(結末)を設定した上で、過去のデータの中から最善手を選び出すのを得意とする。人間の頭と人工のAIとでは、文章作成のアプローチの仕方が根本的に違うのだ。デジタル技術に疎いので、間違っているかもしれないが、そう外れてはいないだろう。
 では、どちらの文章が人の心に残るだろうか。肝心なのはそこだ。
 たとえば、日記はどうか。字が汚くても、書き直しがあっても、メモでもいい。それはかけがえのない、その人だけの記憶の海の入り口になる。AIで日記を書いたら、それは自分ではなく、他人が書いた日記になってしまうのではないか。手紙もそうだろう。どうもそんな気がする。
 対談の編集企画はどうか。育ちも、個性も、得意分野も異なる人と人とが直接会って語り合う。そこで予期せぬ化学反応が起きる。もし、AI同士が対談したら、同様のことが起きるのだろうか。それとも大ゲンカになるのだろうか。
 こんなことが起きるかどうかわからないが、ぼくが見てみたいのは、最適の解を導くはずのAIが互いに自説を譲らずに、大ゲンカするシーンである。そうしたら、こう言ってやろう。
 あのね、人間社会は矛盾だらけ、わからないことだらけなんだよ。AIを使って、悪いことをする人も出てくるんだよ。人間はね、簡単じゃないんだよ。
 ああ、こんな非生産的なことをO君と話したい。

■雨の音が聞こえる。北部九州は今日の午後から明日にかけて大雨の恐れがあるという。カミさんは夜の7時からJ1のアビスパ福岡の応援に行く予定。たまたまNHKがその試合を中継する。でも、やっぱり現場がいいんだろうな。
 写真は先日室見川で撮影したもの。カモの子どもが2羽、親から離れまいと水のなかで懸命に両脚を動かしている。昨日からの雨で増水している今は、どこに避難しているだろうか。この親子はこれから本番を迎える真夏の暑さにも耐えきれるだろうか。