ひとつ屋根の下、熱中症で亡くなった2024年08月18日 17時26分

 命にかかわる猛暑日がつづいて、とうとう恐れていた事態が起きてしまった。ぼくたちの住居と同じ棟で、3階の部屋を借りていた独り暮らしの男性老人が熱中症で亡くなった。
 使用している階段は別なので、ふだんのお付き合いはなかったが、ひとつ屋根の下だから、もちろんお顔は知っている。
 お歳はたぶんぼくより少し上。小柄な痩せ型で、白髪頭を短く刈り上げて、ちょっと右脚をひきずって歩き、出かけるときはよく自転車に乗る人だった。3階への登り降りはひと苦労だったとおもう。
 これまで耳に入ってきた情報をまとめると―、
 ここ数日、彼の部屋に近づくと何かくさい臭いがしたという。1階の郵便物入れのポストにはチラシが溜まっていた。
 顔を見なくなったのは1週間ほど前からだった。ご近所さんたちが無関心だったわけではなく、携帯に電話したり、インターホンを押したり、ドアをたたいて、安否を気遣う人もいた。その声は日ごとに同じ階段を使う人たちのあいだで広がって、民生委員の人とも相談の上で119番通報したのが、死亡が確認された昨日の昼過ぎだった。
 現場を検証した警察官の話では、エアコンは作動していて、設定温度は19度。ところが、冷房ではなく、送風になっていて、室温は30度だった。
 こうして人知れず、ひとりの人が亡くなった。
 ぼくの父親も熱中症で孤独死だったから、どうしても父の元気な顔と最期の姿とが重なってしまい、いまでもこころのざわめきがおさまらない。
 死は、人間の尊厳にかかわるものだ。
 故人を決して貶(おとし)める気持ちなど毛頭ないことを前提に、こんな人がいたんだということの、ごくごく最後のいったんを書き留めておく。
 以下は、心配して携帯に電話を入れたり、ドアをたたいて、その亡骸(なきがら)を送り出した人との会話である。
「エアコンもね、俺が買った店を紹介して、新しいのに買い替えたばかりの新品なんよ。でも、使いきらんかったんやろうね。俺もあの人と同じ生活保護やからわかるんよ。
 使えるカネがないっちゃけん。エアコンの電気代で1万円も超すのはね、とてもやれんよ。我慢して、送風にしておこうってなるもん。1万円あったら、10日分の食品が買えるからね。
 あの人も食事を節約していた。朝はパン2枚とバナナ1本だけとか、言いよらした。年金は多い方がいいけど、そんな人ばっかりじゃないもんね。俺も独り暮らしだから、お互いになんかあったら連絡を取り合おうって、いいよったんよ。昨日も2回、電話したんやけどね。
 足が悪いのに、魚釣りが好きで、おおきな石鯛ももろうたこともある。死んでしもうて、そりゃあ、残念だけど、どっちかいうと、もういいよ、きつかったね、ゆっくり休んでくださいという気持ちの方が強いかなぁ」
「あなたも気をつけてよ。酒を飲んで、エアコンの冷房を暖房にしたまま寝てしまったと言ってたじゃない。独り暮らしなんだからね」
 この国は、老人に冷たい国だとおもう。
 若いころからどんなに一生懸命に働いても、会社に所属していないからとの線引きで、厚生年金の対象から除外され、わずかな国民年金しかもらえない人が大勢いる。
 年金制度の抜本的な改革の必要性はたびたび指摘されてきたが、ここまで何もしてこなかった政治の結果がこれだ。いまはそのツケがあちらこちらでボロボロ出ている。高齢化社会はこれから本格化するから、昨日のような悲劇はまだまだ序の口と覚悟した方がいい。
 自己実現の夢を追いかける若い世代の人たちも、積み残されてきたこの国の不条理をよくよく考えた方がいいとおもう。

■ぼくたち夫婦は4、5日前から喉が痛くて、鼻水も出て、よく眠れない夜が続いている。一昨日、心配性のカミさんは「コロナかどうか診てもらう」と近くのクリニックに出かけて行った。検査の結果はコロナではなく、溶連菌に感染だった。
 後を追うようにして、ぼくも検査を受けた。やっぱり溶連菌が見つかった。少し体調はよくなったけれど、人さまに移ったらいけないので、クーラーをつけっぱなしにした部屋のなかでおとなしくしている。

■立秋を過ぎて、秋を探しに散歩に行った。山芋のつるにムカゴを見つけた。