「ファッションセンターしまむら」の小話2025年07月10日 14時31分

 カミさんと連れ立って、郊外にある「ファッションセンターしまむら』に行った。
 店のなかに足を踏み入れるたびに、ちいさな洋品店をここまでおおきく育てた経営トップの話を思いだす。
 あれから20年近くが経つ。当時の「しまむら」を率いていたのは、「中興の祖」と呼ばれる藤原秀次郎会長だった。彼に会うことができたのは、ぼくがある企業広報誌の対談の仕事をしていたから。その席で飛び出した藤原氏の内輪話がおもしろかった。
 企業は生き物である。山あり谷ありの物語のなかでも、藤原氏のような人物が先頭で旗をふっているときほど中身は濃いものだ。こういう人物は業界に新しいルールをつくる。参考になることがたくさんある。
 対談に備えて、さいたま市の本社の総務部を事前取材した。
 通された部屋には絵や壺、トロフィー、表彰状などの装飾品はいっさいなし。お茶を持って来たのはふつうの事務服を着た、化粧っけのないふつうの中年のおばさんで、湯呑みもお茶もふつうだった。
「華やかにみえるファッション業界でも、本社は地道なものだ。さすがだな」とおもった。
 しまむらの店舗はユニクロみたいに同じ商品が棚いっぱいに積まれていない。そこにはちゃんとした作戦がある。ここからは藤原氏の話を振り返ってみよう。
「品切れはいけないとよく言われるけれど、それでいいんです。この前行ったら、これがあった。次に来たときにはもうなかった。欲しけりゃ、そのときに買わないと。そういうことです。追加補充はしません。その店の品ぞろえは、次の流行に入ります。だから、いつ来店してもおもしろいんですね。同じものが同じようにあったら、つまらないでしょ」
 来店客が求めている商品が品切れの場合、まずは謝るのが店側の心得というもの。顧客の購買心理の深い読みがふつうではない。
 ファッション業界はヤングを対象にしている店が多くて、シニアの女性たちのニーズを満たしてくれるところは限られている。では、「しまむら」はどうか。
「年配の方は、意外と流行に敏感なんですよ。母親と娘さんが一緒にいらっしゃる。すると母親が、あなたこれがいいわよ、と娘さんにすすめるんですね。年齢を重ねても感覚は若くなっています。彼女たちの情報収集力はすごいですよ」
 母親は自分のほしい服も探すし、娘の販売員にもなっているというわけ。「しまむら」の品ぞろえは、幼児からヤング、お年寄り向きまで、ワンストップでそろっている。このなんでもござれの商品政策にもちゃんとした理由があった。
 新規出店する際のパートさんの募集のやり方にも、ある狙いが秘められていた。
「求人広告はその地域でいちばん高い報酬を出します。そうすると優秀な人たちが応募してくる。こうして地域でいちばん優秀な人を集めるようにしています。パフォーマンスが違いますから。給料は高くなっても、彼女たちの能力は2倍、3倍ですからね」
 全国各地に展開している店舗のなかには採算の悪いところもある。そういうときはどうするのか。
「まわりの店からスタッフを大量に送り込んで、陳列のやり方など徹底的に問題点を洗いだします。どんどん意見を出させる。そして、いいものはマニュアルに整理して、だれでもが利用できるようにしています」
 いうまでもなく企業は環境の変化に対応しなければ生き延びていけない。「しまむら」も例外ではない。ひと昔の前の小話はこのへんで終わりにしよう。
 店内を歩きまわって、夏用の薄手の生地でデザイン、色、着ごこちとも満足な半スラックスを買った。予算よりもだいぶ安い980円。同じものはなくて、これが最後の1本だった。

■団地のなかにはいろんな木がある。写真はミニチュアのようだが、これでも立派なザクロの木。わが家のベランダのミニトマトは、青い実を3つ残すだけになった。