仕事をしたくなった2026年03月12日 18時09分

 先週末は思い出したくもないほど、からだがきつかった。副作用の症状を数え上げたら、両手の指でも足りない。
 月曜日は3週間ぶり、6回目の抗がん剤の点滴の日だった。がっくり疲れ果てて、手すりをつかまえて、ヨイショ、ヨイショと声を出しながら、団地の階段を登る。視力もはっきり落ちた。味覚も、食欲もなし。懸命にカミさんの手料理を胃袋に押し込んだ。
 それでもひと晩寝たら、体調はよい方へと切り替わった。深い谷底に落ちて、気が弱くなるときもあるけれど、こうして立ち直る。この繰り返しが、「薬が効いている証拠だ。オレは負けない」という自信になっている。こうして長丁場の闘い方に慣れて、何度も再発をしながら、10年以上もガンと共存している人のようになっていくのだろうか。
 草木が芽吹く春、3月。調子の悪いことばかり言ってはいられない。
 元気モードになった勢いで、今後の月間スケジュール表を作り直した。これまで優先していた項目は、病院に行く日と健康・運動の記録だったが、それらを後ろにまわして、「仕事」をトップに持って来た。もちろん、仕事とは人から使われるのではなくて、自分からすすんでやりたい、それもひとりで楽しみながらできることである。
 カミさんとこんな話をした。
「このブログ、オレが死んだ後もしばらく置いといてもらおうかな。オレは原稿を書くことぐらいしかできないし、消してしまうとなにも残らないからな」
「消したら、もったいないよ。ブログはぜんぶコピーして、取っておこうよ。孫のKoちゃんが大きくなったときに、おじいちゃんはこんなことを考えていたんだよと読んでもらったらいいじゃない。そうしようよ」
 縁起でもない夫婦の会話になったが、まだ2歳2か月の幼い孫がこのブログを読む様子を想像したことはなかった。「もったいないよ」となんて言われるとおもっていなかった。予期せぬお褒めの言葉をかけてもらったみたいで、たちまち気分がよくなって、ちょっとばかりやる気が出てきた。
 そうかもな。Ko君がオレからのメッセージとして、読んでくれるかもしれないな。
 いまの世の中、恥ずかしい大人たちが大手を振って歩いている。
 トランプ、ネタニヤフ、プーチンの酷さは見たことがない。以前も触れたが、いますぐ隔離して、精神鑑定を受けさせたいほど狂っている。だが、本人たちは正しいことをやっていると頭から信じているらしい。自分への批判はいっさい受け付けない。そして、平気で人を殺す。Ko君、そんな時代があったんだよ。
 いまごろこんなことを口にする人は見かけなくなったが、アメリカで起きたことは数年遅れで、日本でも起きるのは歴史の教えるところだ。格差、断絶の社会もそうである。アメリカファースト、日本ファースト。次はなんだろうか。
 こうなることはわかっていたのに、ときの首相と一部の財界人や学者たちは日本の強みを弱みと断じて、この国をガタガタにぶっ壊す路線へと突っ込んで行った。「失われた10年」は20年になり、30年を過ぎ、まだ方向転換の兆しも見えない。
 日本の政治家たちは、大衆に迎合して、選挙で嫌われることはいっさい口にしなくなった。消費税の廃止や減税なんて、まともに将来のことを考えたら、正気の沙汰とはおもえない。
 無抵抗のまま、膨大な国の借金を背負わさせられる若い人たちに立ち上がってほしいとおもう。何も言わないと、何も変わらないのだから。
 また最後は政治の話になった。でも、これも「反逆精神。若さの証拠」としておこう。

■室見川の河津桜は散ってしまった。きれいだったなぁ。