後輩から尻をたたかれる2022年12月24日 18時00分

 昨夜の8時半ごろ、晩飯の最中におもいがけない人から電話がかかってきた。耳元に、にぎやかな話し声が聞こえてくる。何人か集まって盛り上がっているらしい。
 電話の主は学生時代の後輩のK君。のっけから遠慮なしの口ぶりである。久しぶりの挨拶も何もあったものではない。
「どうしても××さんの声を聞きたくなって、電話しました。ぼくも70歳になりました。それで××さん、いまの生活は安定していますか?」
「いいや、好き放題やってきたからな。蓄えもないし、つつましいものさ」
「アハハ、そうですか、やっぱり。奥さん、それでよく平気ですね」
「うん。文句も言わずに、好きなようにやらせてくれている」
「いいなぁ。ぼくはですね、いま高齢者の施設で、ばあちゃんたちのオムツを交換しています。かわいいですよ、ばあちゃんは。お尻をきれいに拭いて、オムツを替えてあげるとよろこばれるんですよね。
 うんこまみれのときは細かい皺と皺の間に、うんこがこびりついていて、いくら拭いてもまた皺のなかから出てくるんですよ。アハハハ。長い棒を持っている人(男性のこと)のオムツ交換は嫌ですけど、ばあちゃんたちはホント、かわいいんですから。ぼく、これが天職だとおもいました」
「たいしたもんだ。よかったな」
 この後輩くん、元は横浜市役所の職員だった。先ごろには、やっと10回目の挑戦で中型のバイクの免許をとって、遠くまで乗りまわしているという。
 こんな話を聞くと無性にうれしくなってくる。彼の明るい気分に水を差したくないので、「お元気ですか」という質問には、「まぁまぁ、元気でやってるよ」と答えておいた。
 突然の電話も意外だったが、もっとびっくりしたのは、その彼がこんなことを口に出したからである。
「××さんは、ぼくのあこがれです。今もずっとずっと、あこがれです」
 おいおい、急にどうした。飲んだら、お前はそうなるタイプなのか。
「今度、博多へバイクで行きます。ですから、それまでに生活をちゃんと安定しておいてくださいね。××さんは、ぼくの永遠のあこがれなんですからね」
 持ち上げられたり、励まされたり、後輩からしっかり尻をたたかれてしまった。
「わかった、わかった。楽しみに待ってるよ」
 電話をしてきたK君の横には、同じクラブの同期の仲間だったO君がいるという。
 4年前には、そのO君が職場の若い後輩ふたりを連れて、福岡まで会いに来てくれた。そこでも「俺は好きなことをやって失敗ばかりしてきた」と笑って話したことがある。
 K君との電話のやりとりから、そのときにO君から言われた言葉をおもいだした。
「失敗をたくさんできる人はうらやましいですよ。ぼくはそんなことできなかったですから。××さんのように、失敗をやれる人って、すごいなぁ、とおもいます」
 わが身を振り返ると、穴があったら入りたいような気持ちになるが、このぼくから言わせると、そういう君たちこそ、ひとつの職責を立派に勤め上げて、安定した基盤をがっちりつかんで、きっと後輩たちのあこがれのマトだよ、と声をかけたくなる。
 この駄文とは関係なく、「あこがれ」は人から人へとつながっていって、人を育てる目標のひとつになるものだ。ぼくにも子どもころから、あこがれる人が途切れることなく近くにいた。なぜだか知らないが、そんな縁にたくさん恵まれてきた。とても幸運なことだとおもっている。
 いまのぼくがこころの底でいちばん求めているかもしれない肯定的な言葉を、遠く離れた後輩たちがくれた。
 これも何かの啓示だろうか。電話を切った後、よし、やってやるか、と元気が出てきた。

 『楢山節考』の作者・深沢七郎(1914年-1987年)がある対談の席で、こんなことを言っていた(1994年)。彼が狭心症を患い、埼玉県北部の田舎町に引っ込んで、ラブミー牧場をやっていたころの発言である。
-私は、家中みんな癌で死ぬのがいちばんいいと思って、期待しているわけですよね。先祖代々、親と同じ病気で、同じように死んでいくんだから、苦しくっても、まあこれくらい苦しいのだろう、あのくらい苦しいのだろうと思って死ねば、我慢できると思うんですよね。それで本望じゃないですか。-
 こんなふうに考える人もいた。たびたび気づかされることだが、モノの見方ひとつで、目の前の景色や人の評価はがらりと変わるものだ。

■写真は学生のころ。大学のプールで遊ぶ。若かったなぁ。いつもこんな格好で、下駄を鳴らしていた。自分の写真を載せる気はなかったが、いまのぼくとはわかるまい。

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