トウジンボシの復権を2021年02月09日 11時32分

 カミさんの誕生日。ぼくの前に置かれた小皿の一品に、自分の歳をおもい知らされることになった。その皿にはウルメイワシの干物が10匹乗っていた。頭としっぽは黒焦げで、青魚の干物特有の匂いがショートケーキや鯛の薄造りの刺身のまわりを漂っている。
 「食べるか」と30半ばの二人の息子に言う。
 「いいや。食べん」。予想通りの反応。
 「お腹(の内臓)が苦くて。お父さん、全部食べれば」。これはカミさんのいつもの返事。
 新潟の豪雪地帯の生まれで、子どものころは、魚といえば塩ザケや塩マスといった切り身しか食べたことがなかったという。サンマの塩焼きは好物だが、腸(はらわた)は苦手な方なのだ。
 「見た目はよくないけど、うまいのになぁ。子どもころ、この干物のことをトウジンボシと言ってた。朝からおふくろが焼いてくれて、よく食べたもんだ」
 というわけで、ひとりでムシャムシャ食って、酒をのんでいると、カミさんから「時代劇みたいだね」と言われたのである。
 「ほら、箱膳の上に、ご飯と汁物、漬物、そしてメザシが2匹ぐらいのっかっているシーンがあるじゃないの」
 ついでに言えば、カミさんの家は大家族で、ひとつの食卓では席数が足りないので、食事は箱膳だったとか。ぼくからすれば、そっちの方がよっぽど時代劇だと思うのだが。
 イワシの干物をうまい、うまいと食べている恰好を見られて、時代劇みたいと言われて、じゃあ、いったいオレはなんなんだ、かわいいイワシにも失礼ではないか、とおもった。
 ここは一発、「海の米」とも言われるイワシの名誉挽回をしておかなくては。
 「メザシはね、あの土光さんの大好物だったんだぞ」
 「土光さんって、だれよ」と次男。
 「知らないのか、土光敏夫さん。財界トップの経団連の会長もした清廉な、立派な方だよ。臨時行政調査会の会長もやったんだ」
 「知らんね」と長男。
 メザシの復権を目指すには、土光さんを持ちだすのが最高の切り札である。メザシと言えば、土光さん。有名な話なのだ。だが、息子たちは土光さんの名前すら知らない。ふと気がつくと、彼らが生まれる前の話であった。
 全国各地で講演している某実業家は、こう嘆いていた。
 彼のいちばんの持ちネタは、「経営の神様」と言われた松下幸之助だが、50代以下の人たちは松下幸之助も、松下電器も知らないというのだ。
 「松下電器じゃないんですよ、パナソニックなんですね。話が通じないんですよ。やりにくくてしようがない」と言うのである。
 冷めたトウジンボシに目で話しかけた。
 オイ、俺たち、どうやら時代劇の役者になったみたいだぜ。

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