カミさんのホクロ2021年02月04日 11時41分

 「お父さん、ほら、見て。わからないでしょ」
 カミさんが近所の皮膚科クリニックから帰って来るなり、うれしそうに顔を近づけてきた。こんなに間近に見ることは久しくなかった。
 恋人のころ、こんなシーンがあったなぁ。うーん、変わったなぁ。
 「ほら、ね」
 ちょこんとした鼻の穴のあたりを指先で撫でながら、息がかかるところまで急接近してくる。
 「おう、ほんとだ。ほとんど消えたね」
 「そうでしょ! わからないよね!」
 先日まで、そこには黒ゴマみたいなホクロがあった。本人は「あーあ、これがなければなぁ。まるで鼻クソがついているみたいだもん」と、ずっと気にしていたのである。そして、鼻クソという、およそ女性が口にするようなものではない言葉がひょっこり出てしまうと、また落ち込むのであった。
 その長年の悩みのタネが跡形もなく、きれいさっぱり消えてなくなった、いとも簡単に。
 どうやら、この歓喜の成功体験はカミさんの脳裏に深く刻まれて、尾を引きそうな予感がした。
 自宅から歩いて七、八分のところに、このあたりでは数少ない美容皮膚科と一般皮膚科のあるクリニックができたのは一年ほど前のこと。先日、カミさんは近くのスーパーで友だちの主婦Mさんと出会い、そのクリニックの話を聞き込んできた。
 「あそこは女医さんだって。Mさんは顔のホクロを二つ、取ってもらったって。跡を見せてもらったけど、ぜんぜんわからないの。それでね、料金は一万円しなかったって」
 そのことで頭がいっぱいになったカミさんは、翌朝いちばんで、その皮膚科へ駆けつけた。それから二週間が過ぎ、術後のわずかな傷跡に貼っていた肌色の薄いバンソウコをはがしに行ったのが、つい先刻だったのである。
 「次は、まぶたの下の、このホクロだね。それが終わったら、眉毛のところの、これかな」
 いいね、楽しみがいっぱいあって。

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