コインランドリーの男たち2021年06月11日 19時22分

 朝の天気予報どおり、昼前から雨が落ちてきた。やっぱり、昨日おもいきってカーペットのクリーニングをやってよかった。約5畳分の広さだから自宅では手におえず、毎年、専門業者に頼んでいたのだが、金額がけっこうバカにならない。そこで幾重にも折りたたんで、車で3、4分のコインランドリーまで持って行った。
 朝10時ごろの駐車場には、すでに車が4台停まっていた。うち1台の運転席では60歳過ぎぐらいの男性が本を広げていた。ああやって、じっと車の中でクリーニングが終わるまで待機しているのだろう。窓を開けていても、暑かろうに。ご苦労なことだ。
 ここのコインランドリーはテレビCMでもお馴染みで、カーペットや布団などの大きくてかさばるものも丸洗いできるのが売りである。
 店内にはぼくと同じか、もっと年上の男性が3人、壁際と窓際のベンチに離れて腰掛けていた。全員が白髪まじりの高齢者である。こんなところに年寄りの男たちがかたまっていた。
 所在なさそうにボーッとしている人も、本を読んでいる人も、押し黙ったまま洗濯、乾燥が終わるのを待っている。やれやれ、ぼくもそのなかのひとりに加わるのだ。
 使いたい大型の洗濯機はあいにく塞がっていて、タイマーには黄色の「4」の数字が出ていた。あと4分で終るというサインである。ここは待つしかない。
 時間が来て、洗濯機は静かになった。だが、だれも近づかない。いるべき人は店から出て行ったのだろうか、3分経っても帰ってこない。5分が過ぎて、とうとうこちらのシビレが切れた。
 洗濯機には、使用上の注意とか、いろいろ書かれたパネルがにぎやかに張ってある。なかに「洗濯が終了しても、洗濯物をとりだしに来ない場合、次の人がとりだすことがあります」といった意味の告知があった。
 ちょうど係の女の人がいたので、了解をとって、ぼくは他人が使っていた大型洗濯機の投入口を開けた。なかは下着やシャツ、靴下などが色とりどりに、ぐちゃぐちゃに入れ混じって、濡れてもつれた布のゴミの山のようである。
 その洗濯物の塊りなかに右腕を差し伸べて、ヨイショとつかんだ指先を見たら、薄いブルーのブラジャーが引っかかっていた。その下には桃色のパンティも見えた。
 さては、ぼくの前に使っていた客は女性だったのか。
 いかん! だが、もはやこの状況は、いかんともしようがない。
 ここは顔色を変えずに、あくまでも機械的にやるしかない。男モノのパンツも靴下も、もつれまくったシャツも右から左へと、備えつけの大きな洗濯籠にほうりこんだ。その量たるや半端ではない。想像するに4人家族の1週間分の汚れ物をまとめて洗ったのだろう。
 洗濯槽の中を全部とりだして、ぼくはカーペットを押し込んだ。半額セール中で、料金は400円。たった400円で、大きなカーペットがザブザブ丸洗いできる。なんだか、うんと得をした気分である。自動投入された洗剤が泡立って、勢いよくカーペットを洗い始めた様子を見て、ぼくも待ちの体勢に入った。
 それから3、4分後。髪の毛がすっかり後退した、これまたぼくと同世代の男性が現れた。そして、たぶん店の女の人から言われたのだろう、ぼくに向かって「すみません、ご迷惑をおかけしました。ちょっと戻ってくるのが遅くなりまして」と頭を下げた。
 ぼくがとりだした洗濯物の主は、女性ではなかった。またしても男の年寄りだった。言葉遣いから服装まできちんとしていて、現役時代はそれなりの地位の人だったに違いない。恰幅がよくて、落ち着いた物腰には、まだ現役のシャープさを感じさせた。きっと最近まで勤めに出ていたのだろう。
 やむを得ない事情があったとはいえ、70歳のぼくは、目の前にいるご本人に断りもなく、あの薄いブルーのブラジャーにさわってしまったのだ。ぼくが洗濯籠に積みあげた衣類の状態を一瞥(いちべつ)すれば、そのことはたちどころにわかる。
 だが、それをやられた相手も、男としてのメンツがあるだろう。こういうときは、お互いに知らぬふりをするのがいちばんいい。
 ぼくは軽く会釈して、用意してきた本を読んでいた。そして、その男性は大量の洗濯物を手際よく大型の乾燥器にほうり込むと、またふらりと出て行った。そう、それがいいよね。
 ウィークデーのコインランドリーは、リタイアして時間を持て余している高齢男性の溜り場だった。ぼくも手にあまるカーペットを抱きかかえて、案内板を見ながらセットして、片隅にひっそりと控え、声もなく皆さんの仲間入りをしたのである。

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