『山ほたる』と『遊木』を提げて2023年05月31日 14時28分

「(6月)2日の約束でしたが、台風2号が近づきそうなので、予定を前倒ししませんか。今日でも構いませんけど」
「わかりました。では、10時ごろに伺います」
 昨日、病気見舞いの返礼品として用意していた『山ほたる』と『遊木(ゆき)』を丈夫な紙袋に入れて、雨のなかを車で出かけた。行く先は、先の統一地方選で、力を貸してくれと頼まれたNさんの自宅である。
 お会いするのは約2か月半ぶり。我々が推した候補者は首尾よく当選したことだし、早くお目にかかって、「よかったですね、お疲れ様でした」とひと声かけたいと思っていた。ご本人の話では、「選挙が終わった後もちょっとゴタゴタしていて、まだ当選祝いの打ち上げもやっとらんのですよ」という。
 どうやら選挙戦のしこりが残っていて、「Nにやられた」という声がちらほら耳に入ってくるとか。
「だって、その通りでしょ」
「当選したんだから、(新しいトップは)はやく丸く収めんといかんのですがね」
「そうですね、仲良くしないと。これからが大変でしょうね、首長になるとこれまでとは付き合いが違ってきますからね。永田町に行って、国会議員や各省庁の官僚たちにも会うし、いままでとは別世界にいる人たちが相手になりますからね」
 一方で、選挙には敗者が出る。その人もおおぜいの人たちを巻き込んでいる。熱くなればなるほど、負けたときの衝撃は大きい。意地と面子と財産をかけて、最後にはなりふり構わなくなる泥沼の戦いが終わって、それまでの耐えがたい非難中傷の声をお互いさまとはいえあっさり水に流すのは、負けた側にとって口で言うほど簡単ではない。
 Nさんとこんなやりとりをしながら、こちらはそんな世界とは縁の切れた「外野席」なので、「まぁ、うまくやってほしいですね」と猫のようにわれ関せずの見物気分である。
 権力闘争の世界に生きる政治家は嫉妬深く、執念深いものだ。それでも必要とあれば急変して、恨みつらみもぜんぶ呑み込んで不倶戴天の敵とも笑って握手するのが彼(彼女)らである。国際政治の舞台も、永田町も、片田舎の町や村でも、権力闘争と現実主義の実相に変わりはない。首相公邸で親族と忘年会を開いてはしゃいでいた、どこかの首相の息子のような「甘ちゃん」では通用しないのだ。
 「近いうちに、一杯やりましょう」と話が落ち着いたところで、持参した紙袋から『山ほたる』と『遊木』を取り出した。
「ほう、どこの焼酎ですか」
「ふたつとも熊本の人吉・球磨地方の小さな蔵の米焼酎です。ぼくが商品開発の企画を立てて、名前もデザイン案もぜんぶやりました。まぁ、自分の子どものようなものです。お湯で割らずに、氷でやってください」
 Nさんから病気のお見舞いをいただき、お礼の品を何にしようかと迷っていたとき、そうそう、あれがあったと気がついた。自分が蔵元(高田酒造場)と一緒になってつくった商品で、入手困難だし、非常に評判もいい。自分で、自分のセールスをするのは嫌味なものだが、案外、こいつはいい贈り物になるかもしれないと思ったので、知り合いの酒屋から手に入れておいたのだ。
 入れ替わるように、Nさんはまたもや白い封筒を静かに差し出した。
「無理に仕事をお願いして、たいへんお世話になりました。4年後は生きているかどうかわかりませんが、そのときはまたお願いします」
 白い封筒は見舞いを含めて、これで3回目。そのたびにお断りしたが、拒んでは失礼になるし、ここは仕事と割り切って、ありがたく頂戴した。
 (以前、恩師の故T代議士から「(派閥のボスから出た)お盆の氷代のおすそわけだよ」と冗談にまぎらせて、お札でふくらんだ白い封筒を秘書から差し出されたことがあった。記者を辞めて、福岡で就職したぼくは子育て中で、給料が少なくて苦労をしているに違いないと察してのことだったとおもう。だが、受け取らなかった。いくら言われてもお断りした。いまでもあれでよかったのだと思っているが、失礼なことをしてしまったというほろ苦い記憶も残っている)
 70歳を過ぎても、こうして気を遣ってくださる。恥ずかしい気持ちと共に、つくづく人に恵まれたとおもう。
 しかし、その数々のチャンスを上手く活かして来たかと言えば、そうではなかった。これも実力のうち、だったのかもしれない。
 人に会えば、まだまだ力が湧いてくる。まだ何かやれそうな気がする。こんなことの繰り返しだ。
 さてと、手元から旅立って行った『山ほたる』と『遊木』を買いに行こうかな。

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