卓也のコンサートに行った2023年06月07日 17時44分

 ビーム光線のようなブルーやオレンジのスポットライトを浴びて、ピアノ、ドラム、ギターの電子音が激しく、ときに軽やかに響く。若い5人の息のそろったバンドをバックに、しみじみと聴かせたり、高らかに歌いあげたり、飛び跳ねたり、腕を振ったり、ぐるぐるまわしたり。
「タクヤー、愛しているよぉ」、「かっこいい、ステキィー」。
 先日の日曜日、午後6時に開演した『中澤卓也コンサートツアー2023』。ぼくたち夫婦はその最前列のど真ん中の席にいた。新潟にいるカミさんの姉がチケットをプレゼントしてくれたお陰である。
 まったく知らない男性歌手のコンサートに行くなんて、たぶん二度とあるまい。よし、アタマを空っぽにして、今夜は思いきり楽しもうと出かけた。
 そういえば早稲田のころの学園祭か何かで、当時売れっ子だった吉沢京子がステージに立ったとき、会場から「パンティは白だぞ!」という大声があがって、あの子は真っ赤になったっけ。(どうして、こんなどうでもいいことばかり覚えているのだろう)
 中澤卓也について聞かされていたのは、長岡市の出身、20代と若く(実際は27歳)、なかなかのイケメンで、歌も上手なこと。地元の高校を卒業する前に『NHKのど自慢』に出場してチャンピオンになり、レコード会社の目に留まり、演歌歌手としてデビューした。日本レコード大賞新人賞などを受賞している等。
 実力と人気を兼ね備えた将来有望な若手スターだったわけだ。ところが好事魔多しで、女性問題が発覚して、NHKを筆頭にテレビ業界からいっせいに追放されてしまった。レコード会社も離れてしまい、復活を目指して、こうして各地でライブツアーをやっているという。この若さで、天国から地獄と言ったら、言い過ぎか。
 カミさんが予想した通りに、この日の会場も見渡す限りオバサンだった。おバアサンもいる。おジイサンもちらほら。若い女性は皆無。だけど、元気いっぱいのオバサンたちの目は妖しげな光がらんらんとしていて、若い娘に負けてはいない。四方八方からの「タクヤー」の掛け声も最後まで途絶えることがなかった。
 「かっこいいタクヤ」がステージから降りて、客席の間を歌いながらまわって行く先々は、まるでブリの養殖のイカダのなかに、イワシのエサをばらまいたような騒ぎになった。
 (たとえ話です、たいへん失礼しました。あくまでも、びっくり仰天したぼくの印象です。でも、タクヤ本人も、「飛びかかってこられた」と言ってました)
 熱気で湧きたつ雰囲気のなかで、ぼくたち夫婦は席に着いたときから肩身が狭かった。まぎれもなく高齢者の仲間なのだが、ぼくたちだけファンの証(あかし)である黄色のTシャツも、名前入りの白地のタオルも、星の形をした光る小物も、何もかも身に着けていなかった。
 寄りにもよって、最前列のど真ん中に座っているぼくとカミさんだけが、そこだけが無印良品の服だった。いつものは目立ない色合いなのに、逆に目立ってしまった。
 (ここに座ってて、いいちゃろうか)
 目の前で歌っているタクヤが気を悪くしたかもしれないとおもった。
 それでも会場全体の熱気に乗せられて、いや、座ったままでは余計に目立つので、オバサン、おバアサンたちと一緒に立ちあがった。持っていたらよかったタオルの代わりに、ポケットからそっと木綿のハンカチーフを取り出して、タクヤの長い腕の動きを目で追いかけながら、そのマネをしてぐるぐる振りまわした。やるしかなかった。
 会場全体が盛り上がって、一生懸命に歌っている歌詞はところどころわからなかったけれど、手拍子もアップテンポのリズムと合わずに外れっぱなしだったけれど、まぁ、いいか。まわりのオバサンたちは、はじけるような笑顔、笑顔。こちらも笑顔でお返しした。
 この際、ひと言いっておこう。
 放送界のルールをいちいち批判するつもりはないが、彼を追放した人はこのコンサート会場に来て、いまの中澤卓也を見てみたら、と言いたくなった。「またNHKに呼んでもらえるように、テレビに出られるように頑張ります」と何回も言って、懸命にやっているのだ。その場の群集心理に巻き込まれたわけではないが、何とかしてやったらどうかとおもった。
 余計なことだが、個人的には、好きなことをやって、メシが食えたらいいじゃないか、NHKがどうのこうのなんて、そんなことは(本人の歌とは)関係ない。1曲でもいい、人の心にいつまでも残る歌をつくってほしいとおもう。
 菊池寛はこんなことを言っている。
 -天分や素質が秀れていても、人口にかいしゃする作品がひとつもない人は、結局大衆からは忘れられてしまうだろうと思う。鴎外と漱石を比べて、自分などはむしろ鴎外を重んずる方だが、鴎外には『ぼっちゃん』は、ないのである-
 それにしても若いっていいな。彼にはこれからもチャンスはいっぱいある。