幸運の持ち主の忘年会 ― 2023年12月14日 11時37分

東京にいる学生時代の友から喪中ハガキが届いた。今年は少なくて、これが1枚目。多いときには5、6枚も来たことがある。文面にある故人は、祖父母や両親の世代はとっくに過ぎて、兄や姉、弟の代になってきた。
いつもなら刻一刻と自分の番が近づいてきたなぁと感じるのだが、今年はすこしばかり違う。大病をくぐりぬけたせいか、自分の死をまだ先へ追い払ったような気持ちになっている。
文字も図柄も黒一色のハガキをくれた友人M君に、何年ぶりかで電話した。儀礼上、彼への年賀状は出しにくいし、だからといって、なにも連絡をしないままでいるのは、友情に欠けるようで、この1年を締めくくる気持ちの整理がつかない。
深刻な話でも、相手によっては気が楽になる、むしろ元気が出てくる。そういう人がいる。M君とはずっとそういう仲が続いている。学生時代から進退きわまったときに何度も助けてもらった。今回も期待どおりで、電話のやりとりも後味のよいものになった。
M君は大学を中退して、ふたりの息子と一緒に品川区で町工場を経営している。最初に建てた自宅の敷地面積はわずか10坪だった。いまでは工場だけでも150坪を越える規模まで大きくしている。彼の研磨の技術力の評判は高い。廃業する同業者が多いなか、しっかりした後継者もいて、いつも不景気知らずだ。
「今度は孫を仕込んで、息子たちの後を継がせようとおもっている。頭が悪いんだから(決して、そんなことはありません)、大学を出てもしようがないし、それよりも技術を覚えた方がいいぞと話しているんだ」
「長男、次男と同じ路線だな。カネとかじゃなくて、継がせるもの(志とか、生きるための考え方。いちいち説明しなくても意味するところは通じ合っている)があるって、いいよな」
「息子たちも自分の得意技を身に着けたからね。若いから無理がきくし、オレよりも高い給料をとっているからね」
「いいねぇ。この先もたのしみだなぁ」
「△△もいろいろ書いて、どこかでまとめて本にすればいいとおもうよ」
「そんな才能はありません。でも、カネはないけど、オレって、すごく運がいい方なんだよな」
「よかったな。お前がいよいよ死にそうになったら、福岡まで会いに行くよ」
「止めてくれよ。おれは死神を追い返したんだからな。こうなったら、そんなに簡単には死なんよ。そんなことで会いに来てほしくないからな」
「ハッハッハ。よし、わかった。福岡まで遊びに行くよ」
彼と話して、いっぺんに気が楽になった。そして、決めた。
ガンなんて、どこにでもあることだ。なにも秘密めかして、隠すことはないのだ。それよりも、こうして元気になれることをみせた方が自分のためにもいいのだ、と。
M君との電話を切ったあと、わけもなく積極的な気持ちになって、しばらく会っていない高校時代の同級生に電話を入れた。
驚いたことに、その友人はぼくの病気のことを知っていた! ひと月前に、小倉にいるもうひとりの同級生に話したことが口伝てで広まっていたのだ。
「△△から聞いたんだけど、すい臓ガンだってね、大丈夫? 心配してたんだよ」
ナアーンダ、ソウダッタノカ。ダッタラ、ホンニンノクチカラ、キチントハナサナイトイケナイナ。
電話だから顔は見えない。元気なことをわかってもらえるには声の調子で伝えるしかない。そこで、ことさら大きな声を出して、明るく聞こえるように意識しながら、早口で答えた。
「声を聞いてわかるだろうけど、オレ、運がよくてさ。早期発見で、手術も成功して、ピンピンしてるよ」
ウワサが広がっているとわかったので、その後、ふたりの同窓生にも電話した。ことのついでというか、勢いあまって、年明けの飲み会の約束までしてしまった。
さて、きょうは午後1時から仲のいい先輩との「ふたり忘年会」が待っている。この人は口腔ガンで、なんと26時間もの大手術から凱旋している。
年忘れは、幸運の持ち主同士の飲み会で締めくくり、というわけである。
■夕暮れが迫る師走の室見川。そこかしこに浮かんでいる小さな黒い点は、北の国からやって来たカモの家族たち。
いつもなら刻一刻と自分の番が近づいてきたなぁと感じるのだが、今年はすこしばかり違う。大病をくぐりぬけたせいか、自分の死をまだ先へ追い払ったような気持ちになっている。
文字も図柄も黒一色のハガキをくれた友人M君に、何年ぶりかで電話した。儀礼上、彼への年賀状は出しにくいし、だからといって、なにも連絡をしないままでいるのは、友情に欠けるようで、この1年を締めくくる気持ちの整理がつかない。
深刻な話でも、相手によっては気が楽になる、むしろ元気が出てくる。そういう人がいる。M君とはずっとそういう仲が続いている。学生時代から進退きわまったときに何度も助けてもらった。今回も期待どおりで、電話のやりとりも後味のよいものになった。
M君は大学を中退して、ふたりの息子と一緒に品川区で町工場を経営している。最初に建てた自宅の敷地面積はわずか10坪だった。いまでは工場だけでも150坪を越える規模まで大きくしている。彼の研磨の技術力の評判は高い。廃業する同業者が多いなか、しっかりした後継者もいて、いつも不景気知らずだ。
「今度は孫を仕込んで、息子たちの後を継がせようとおもっている。頭が悪いんだから(決して、そんなことはありません)、大学を出てもしようがないし、それよりも技術を覚えた方がいいぞと話しているんだ」
「長男、次男と同じ路線だな。カネとかじゃなくて、継がせるもの(志とか、生きるための考え方。いちいち説明しなくても意味するところは通じ合っている)があるって、いいよな」
「息子たちも自分の得意技を身に着けたからね。若いから無理がきくし、オレよりも高い給料をとっているからね」
「いいねぇ。この先もたのしみだなぁ」
「△△もいろいろ書いて、どこかでまとめて本にすればいいとおもうよ」
「そんな才能はありません。でも、カネはないけど、オレって、すごく運がいい方なんだよな」
「よかったな。お前がいよいよ死にそうになったら、福岡まで会いに行くよ」
「止めてくれよ。おれは死神を追い返したんだからな。こうなったら、そんなに簡単には死なんよ。そんなことで会いに来てほしくないからな」
「ハッハッハ。よし、わかった。福岡まで遊びに行くよ」
彼と話して、いっぺんに気が楽になった。そして、決めた。
ガンなんて、どこにでもあることだ。なにも秘密めかして、隠すことはないのだ。それよりも、こうして元気になれることをみせた方が自分のためにもいいのだ、と。
M君との電話を切ったあと、わけもなく積極的な気持ちになって、しばらく会っていない高校時代の同級生に電話を入れた。
驚いたことに、その友人はぼくの病気のことを知っていた! ひと月前に、小倉にいるもうひとりの同級生に話したことが口伝てで広まっていたのだ。
「△△から聞いたんだけど、すい臓ガンだってね、大丈夫? 心配してたんだよ」
ナアーンダ、ソウダッタノカ。ダッタラ、ホンニンノクチカラ、キチントハナサナイトイケナイナ。
電話だから顔は見えない。元気なことをわかってもらえるには声の調子で伝えるしかない。そこで、ことさら大きな声を出して、明るく聞こえるように意識しながら、早口で答えた。
「声を聞いてわかるだろうけど、オレ、運がよくてさ。早期発見で、手術も成功して、ピンピンしてるよ」
ウワサが広がっているとわかったので、その後、ふたりの同窓生にも電話した。ことのついでというか、勢いあまって、年明けの飲み会の約束までしてしまった。
さて、きょうは午後1時から仲のいい先輩との「ふたり忘年会」が待っている。この人は口腔ガンで、なんと26時間もの大手術から凱旋している。
年忘れは、幸運の持ち主同士の飲み会で締めくくり、というわけである。
■夕暮れが迫る師走の室見川。そこかしこに浮かんでいる小さな黒い点は、北の国からやって来たカモの家族たち。
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