草とりの手伝いに行く ― 2024年07月01日 09時42分

墨汁をまき散らしたような西の空を何度も見渡して、「よし、行くか」と玄関を出た。カミさんは刃先が鋭くとがった小さな鎌、真新しい軍手、封を切っていない虫よけスプレーを入れた白いビニール袋を提げている。
「かゆみ止めのスプレーも入れたよね」
「いけない。忘れてた」
朝からやけに蒸し暑い。肌にべっとりまとわりつく長ズボンと長袖のシャツを脱ぎ棄てたいが、これも息子家族のためだ。初孫の顔を見に行く今日のじいちゃん、ばあちゃんにはもうひとつの使命があって、それは庭の草とりをすることだった。
こうなったのには伏線がある。
息子たちの部屋は南向きの1階で、テントを張ってキャンプもできそうな広さの庭がついている。ここに転居して、ひと月も経たないある日、ちょうど真上の2階に住んでいる老夫婦からぶつぶつ小言を並べられたという。
簡略に言えば、「あんたたちの庭、草が伸びているよ。ちゃんときれいにしてね」だった。
どうやら、2階の人は自分たちの目の下にある他人の庭を、まるで自分たちの庭でもあるかのようにおもっているらしい。
息子によれば、入居したときから草ぼうぼうだった。最初のクレームは彼らのせいではない。しかも、お嫁さんのお腹には赤ちゃんがいた。
しかし、人生経験の豊かな人にはおわかりだろうが、どんなに筋の通った理屈でも、通用しない人には金輪際、通用しないのである。あえてプーチンやトランプの例を持ちだすまでもないだろう。
また同じことを言われるのが嫌で、息子の友人が草とりの手伝いに来てくれたし、何度も除草剤を撒いたという。だが、いくら取り除いても、草はまたすぐ生えてくる。梅雨に入ると日に日に猛々しく繁っていく。
毎朝、庭をみるたびに、息子夫婦が落ち着かない気持ちなるのは無理もない。本人がそう言っていた。
「そろそろ2階の人がまた何か言って来るっちゃなかろうか……」
1週間前の日曜日、初孫のK君の顔を見に行ったとき、初めてこんな悩みごとを聞いた。
そんなことをわざわざ言いに来る人がいることを、ぼくたち夫婦も、ちょうど息子がハイハイしはじめたころに経験ずみである。
カミさんの決断は早かった。
「仕事を辞めてヒマになるから、私がやってあげる。草とりは好きなのよ。ねっ、お父さんも一緒にやるでしょ」
こうして今日の外出につながったという次第。
カミさんはお気に入りの靴を泥だけにして、密集しているドクダミが放つ強烈な異臭をものともせずに、丸ごと引っこ抜いたりして、しゃがんだ姿勢まま庭のすみずみまで手をつけていた。
花を育てたり、土をさわったり。もともとこういうことが好きなのだ。「庭があったらなぁ」とどれだけもらしたことか。途中から赤ちゃんを寝かしつけたお嫁さんも加わって、3人で取り除いた草は大きなゴミ袋3つになった。
背中にも汗をかいて、久しぶりの達成感を味わった。朝から働いたご褒美は、ぱっちり目が覚めて、元気いっぱいのK君の笑顔である。
それにしても、とおもう。
2階の老夫婦はお会いしたこともないけれど、たぶん同年配だとおもわれる。そのふたりは、ぼくたち夫婦が繁った草と格闘している姿をじっと見下ろしていたに違いない。
いったいどんな気持ちだったのだろうか。
昨日の出来事をこうして書き留めながら、できればこれを機に、あまり口うるさく言わずに、ぼくたちの初孫の成長を温かく見守ってほしいと願っている。
■写真のジャンボサイズの酒瓶は、熊本県人吉地方にある高田酒造場の高田さんから頂戴したもの。容量は2升半の4,500ml。「益々繁盛」と呼ばれている縁起のいい瓶である。その意味は、1升マス(1,800ml)が二つと半升(はんじょう)分が入っているから。
高田酒造場には数年間、毎月1回は通っていた。高品質でも無名だった小さな蔵のブランド力のアップとファンづくりのために、あの手この手を駆使した。高田さんとは蔵の手造り焼酎を、どれだけ飲んだかわからないくらい飲んだ。
「かゆみ止めのスプレーも入れたよね」
「いけない。忘れてた」
朝からやけに蒸し暑い。肌にべっとりまとわりつく長ズボンと長袖のシャツを脱ぎ棄てたいが、これも息子家族のためだ。初孫の顔を見に行く今日のじいちゃん、ばあちゃんにはもうひとつの使命があって、それは庭の草とりをすることだった。
こうなったのには伏線がある。
息子たちの部屋は南向きの1階で、テントを張ってキャンプもできそうな広さの庭がついている。ここに転居して、ひと月も経たないある日、ちょうど真上の2階に住んでいる老夫婦からぶつぶつ小言を並べられたという。
簡略に言えば、「あんたたちの庭、草が伸びているよ。ちゃんときれいにしてね」だった。
どうやら、2階の人は自分たちの目の下にある他人の庭を、まるで自分たちの庭でもあるかのようにおもっているらしい。
息子によれば、入居したときから草ぼうぼうだった。最初のクレームは彼らのせいではない。しかも、お嫁さんのお腹には赤ちゃんがいた。
しかし、人生経験の豊かな人にはおわかりだろうが、どんなに筋の通った理屈でも、通用しない人には金輪際、通用しないのである。あえてプーチンやトランプの例を持ちだすまでもないだろう。
また同じことを言われるのが嫌で、息子の友人が草とりの手伝いに来てくれたし、何度も除草剤を撒いたという。だが、いくら取り除いても、草はまたすぐ生えてくる。梅雨に入ると日に日に猛々しく繁っていく。
毎朝、庭をみるたびに、息子夫婦が落ち着かない気持ちなるのは無理もない。本人がそう言っていた。
「そろそろ2階の人がまた何か言って来るっちゃなかろうか……」
1週間前の日曜日、初孫のK君の顔を見に行ったとき、初めてこんな悩みごとを聞いた。
そんなことをわざわざ言いに来る人がいることを、ぼくたち夫婦も、ちょうど息子がハイハイしはじめたころに経験ずみである。
カミさんの決断は早かった。
「仕事を辞めてヒマになるから、私がやってあげる。草とりは好きなのよ。ねっ、お父さんも一緒にやるでしょ」
こうして今日の外出につながったという次第。
カミさんはお気に入りの靴を泥だけにして、密集しているドクダミが放つ強烈な異臭をものともせずに、丸ごと引っこ抜いたりして、しゃがんだ姿勢まま庭のすみずみまで手をつけていた。
花を育てたり、土をさわったり。もともとこういうことが好きなのだ。「庭があったらなぁ」とどれだけもらしたことか。途中から赤ちゃんを寝かしつけたお嫁さんも加わって、3人で取り除いた草は大きなゴミ袋3つになった。
背中にも汗をかいて、久しぶりの達成感を味わった。朝から働いたご褒美は、ぱっちり目が覚めて、元気いっぱいのK君の笑顔である。
それにしても、とおもう。
2階の老夫婦はお会いしたこともないけれど、たぶん同年配だとおもわれる。そのふたりは、ぼくたち夫婦が繁った草と格闘している姿をじっと見下ろしていたに違いない。
いったいどんな気持ちだったのだろうか。
昨日の出来事をこうして書き留めながら、できればこれを機に、あまり口うるさく言わずに、ぼくたちの初孫の成長を温かく見守ってほしいと願っている。
■写真のジャンボサイズの酒瓶は、熊本県人吉地方にある高田酒造場の高田さんから頂戴したもの。容量は2升半の4,500ml。「益々繁盛」と呼ばれている縁起のいい瓶である。その意味は、1升マス(1,800ml)が二つと半升(はんじょう)分が入っているから。
高田酒造場には数年間、毎月1回は通っていた。高品質でも無名だった小さな蔵のブランド力のアップとファンづくりのために、あの手この手を駆使した。高田さんとは蔵の手造り焼酎を、どれだけ飲んだかわからないくらい飲んだ。
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