犬小屋はどこへ行ったのか ― 2024年12月21日 13時05分

いつの間にか、まわりから消えてしまったもののなかに犬小屋がある。足音を聞きつけて、玄関口で吠える犬もいなくなった。よくテレビ番組に出てくるワンちゃんたちはさも当然のように家のなかにいる。
「昔はね、犬は家のなかには入れてもらえなかったんだよ。ドロボーよけのために、外につないで飼っていたんだ。猫はね、ネズミを捕るために飼っていて、ネズミ捕りが上手な猫は隣り近所から、ちょっと貸してね、と重宝がられていたんだよ。だから、だれにでも尻尾をふる犬は、バカ犬。ネズミを捕らない猫は、バカ猫、なんて言う人もいたんだ」
こんな話をしたら、いまどきの子どもたちは、「ウソだー」と言うかもしれない。
いっぺんに寒くなって、からだが縮こまって、外に出るのがおっくうになるとき、ぼくは冷たい風に吹かれながら、「自分の犬」と元気に遊びまわっていたころを思い出す。
高校の入学試験に受かったら、犬を飼ってもいいとの親との約束で、茶色の雑種の子犬がわが家に来たときから、ぼくが名づけた『ジョン』は自分の弟分になった。
別れた母親を求めて、夜通し悲しそうに「アオーン、アオーン」と吠えていた最初の数日間だけは玄関の内側に入れて、それからの彼の居場所は家の外である。ぼくは倉庫のなかにカヤの枯れ草を何層も敷き詰めて、そのうえに蓆(むしろ)を広げて、犬小屋代わりにした。出来上がったとたん、ジョンは自分から入っていった。
犬の成長は速い。たちまち駆けっこをしてもかなわなくなった。いちめん赤いピンク色に染まったレンゲ畑で競争したり、目の前の足立山にも連れて行った。もちろん、山に入ったときから首輪につないだ鎖の手綱は外している。
野鳥の鳴き声と木の葉を揺らす風の音しか聞こえない山の中で、彼は落ち葉を蹴散らして、木々の間を矢のように駆け抜けて、たちまち姿が隠れてしまう。しばらく放っておいて、「ピューッ!」と口笛を吹いて、「帰って来い!」の合図を送る。数十秒後、ガサガサッと乾いた音がして、ぼくの足元をめがけてまっしぐらに戻って来るのだ。まるでやんちゃ盛りの冒険小僧である。
自宅の鉄道官舎の目の前には、貨物専用の引き込み線があって廃線になっていた。茶色の錆びた2本のレールをたどって行くと国道10号線をまたぐ鉄橋がある。車が通り過ぎる地上10メートルほどの高さに、古びた枕木とレールが残っている。
全長は20メートルぐらいあっただろうか。もちろん、「横断禁止」で、足を踏み外したら命取りになりかねない。
ぼくたちは散歩がてらに、よくこの鉄橋を渡っていた。ジョンはまったく怖がらない。いつもと同じようになんのためらいもなく、バネがはずむように疾走して、アッという間に渡ってしまうのである。
あんなスピードで、しかも枕木を1本ずつではなく、ところどころまとめて飛び越えて行くのだ。そして、向こう岸から振り返って、ぼくが来るのを待っている。
自分のなかでは、あれこそが本来の犬だとおもう。一緒にいるのがうれしい弟分だった。
■一時は、獲って食べつくされたと言われていた鯉が室見川に戻ってきた。この時期の川の水は透き通っていて、浅い流れのなかを数匹のおおきな鯉がゆっくり泳いでいるのがすぐそこに見える。
「昔はね、犬は家のなかには入れてもらえなかったんだよ。ドロボーよけのために、外につないで飼っていたんだ。猫はね、ネズミを捕るために飼っていて、ネズミ捕りが上手な猫は隣り近所から、ちょっと貸してね、と重宝がられていたんだよ。だから、だれにでも尻尾をふる犬は、バカ犬。ネズミを捕らない猫は、バカ猫、なんて言う人もいたんだ」
こんな話をしたら、いまどきの子どもたちは、「ウソだー」と言うかもしれない。
いっぺんに寒くなって、からだが縮こまって、外に出るのがおっくうになるとき、ぼくは冷たい風に吹かれながら、「自分の犬」と元気に遊びまわっていたころを思い出す。
高校の入学試験に受かったら、犬を飼ってもいいとの親との約束で、茶色の雑種の子犬がわが家に来たときから、ぼくが名づけた『ジョン』は自分の弟分になった。
別れた母親を求めて、夜通し悲しそうに「アオーン、アオーン」と吠えていた最初の数日間だけは玄関の内側に入れて、それからの彼の居場所は家の外である。ぼくは倉庫のなかにカヤの枯れ草を何層も敷き詰めて、そのうえに蓆(むしろ)を広げて、犬小屋代わりにした。出来上がったとたん、ジョンは自分から入っていった。
犬の成長は速い。たちまち駆けっこをしてもかなわなくなった。いちめん赤いピンク色に染まったレンゲ畑で競争したり、目の前の足立山にも連れて行った。もちろん、山に入ったときから首輪につないだ鎖の手綱は外している。
野鳥の鳴き声と木の葉を揺らす風の音しか聞こえない山の中で、彼は落ち葉を蹴散らして、木々の間を矢のように駆け抜けて、たちまち姿が隠れてしまう。しばらく放っておいて、「ピューッ!」と口笛を吹いて、「帰って来い!」の合図を送る。数十秒後、ガサガサッと乾いた音がして、ぼくの足元をめがけてまっしぐらに戻って来るのだ。まるでやんちゃ盛りの冒険小僧である。
自宅の鉄道官舎の目の前には、貨物専用の引き込み線があって廃線になっていた。茶色の錆びた2本のレールをたどって行くと国道10号線をまたぐ鉄橋がある。車が通り過ぎる地上10メートルほどの高さに、古びた枕木とレールが残っている。
全長は20メートルぐらいあっただろうか。もちろん、「横断禁止」で、足を踏み外したら命取りになりかねない。
ぼくたちは散歩がてらに、よくこの鉄橋を渡っていた。ジョンはまったく怖がらない。いつもと同じようになんのためらいもなく、バネがはずむように疾走して、アッという間に渡ってしまうのである。
あんなスピードで、しかも枕木を1本ずつではなく、ところどころまとめて飛び越えて行くのだ。そして、向こう岸から振り返って、ぼくが来るのを待っている。
自分のなかでは、あれこそが本来の犬だとおもう。一緒にいるのがうれしい弟分だった。
■一時は、獲って食べつくされたと言われていた鯉が室見川に戻ってきた。この時期の川の水は透き通っていて、浅い流れのなかを数匹のおおきな鯉がゆっくり泳いでいるのがすぐそこに見える。
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