間一髪のところでした2025年01月09日 12時30分

 窓の外には白い小雪が舞っている。ことし最後に届いた年賀状を横に置いて書く。
 卒業以来、一度も会っていない大学の後輩・Ka君からで、彼には賀状を出していない。「来たか。まずかったなぁ」とおもった。だが、昨年こちらは出したのに、彼からの賀状は来なかった。そういうことがあったので、そろそろ潮どきかなと判断してそうしたのだった。こんなふうに独り合点の読みが外れることはしばしばある。
 彼も古希を過ぎて、今年は年男という。これも自然の摂理だろうか、手書きで添えてある文面がいままでとは違っていた。
「Aがあやうく、あっちへ行ってしまうところでした」
 新年早々、ヒヤリとさせられたが、A君になにがあったかは、ひと月前に本人から届いた手紙で承知している。
 ふたりは大学の同じクラブにいて、いまでも行き来するほど仲がよく、去年の春はそろって住まいのある横浜から福岡に来る予定だった。それも『青春18きっぷ』で。
 ところが、ある事情から半年先まで延期になって、ぼくたちは年末に会うことした。真面目で義理堅いA君は、自分の病気が原因で、その約束をまたもや先延ばしせざるを得なくなった旨を手紙で知らせてくれたのである。
 11月5日。病気知らずの彼を突然襲ったのは心筋梗塞だった。
 秒きざみの差が生死を分ける瀬戸際で、緊急カテーテル手術で冠動脈にステントを通し、血管を広げて助かった。危ないところだったらしい。その後の経過は順調で、主治医から通常の生活に戻っていいとのお墨付きをもらったという。
 すい臓がんの手術から生還したぼくは、いまの彼の心境がよくわかる。中学の元教師らしく、一つひとつの文字を万年筆できちんと書いた手紙を何べんも読み返した。
「今度こそ九州へ行きます」の予告もふたりから受け取った。福岡での飲み会にはクラブの部長をやっていた高校時代の同級生も小倉からやって来る。ぼくは部員ではなかったけれど、彼らは学業に身が入らない、こんなぐーたら男にも分け隔てなく付き合ってくれた。再会したら、たちまちあのころに戻って大騒ぎになるだろう。
 きっと、「いま何をやっていますか?」と訊かれるはず。
 さぁ、どう答えようか。
 顔を合わせるのはまだ先のことなのに、なんだか尻を叩かれているようである。

■熟した実がついたまま家の庭に放置されている渋柿は、野鳥のエサにするためだったと気がついた。そんな柿の木があちこちにあって、どこもメジロが群がっている。だが、その場に立ち止まって、あのかわいい姿を見ている人を見かけることはない。
 そこでまた気がついた。きっとメジロをよく知らないのだ、と。

■昨日はO君の一周忌。この日に合わせて、彼が好きだった博多名物の『川端ぜんざい』を夫人宛てにおくった。こころ温まる着信メールあり。