お隣のベッドのお父さん2025年04月11日 16時28分

 朝の9時すぎ、病棟内にも決まった活気がでてくるころである。淡いベージュのカーテンで仕切られたお隣のベッドから話し声が聞こえてきた。
 太めのからだで、しらが頭を丸坊主に刈り上げた80歳すぎと思われるお父さんが、娘のような年代の介護補助のおばさんをつかまえて、しきりに何か訴えていた。
 耳が遠いのだろうか、声がおおきいのでまわりに筒抜けである。
「もう3日も経つのに、手術はいつすると? 手術するために入院したのに」
 そんなことを訊かれても、このおばさんにわかるはずがない。いつもなら度胸ひとつで、なんとかその場を切り抜ける技をお持ちのおばさんだが、さすがにおこまりの様子である。
「そうなの。気になるよねぇ。でも、もうそろそろじゃないの」
 それから20、30秒後、その場に主治医が若い女性の看護士ふたりとやってきた。
「センセー、手術はいつしてくれるとね?」
 40代そこそこの医者は一瞬、言葉に詰まったようだった。
「手術はもう終わったよ。寝ているときに」
「はぁ? 終わったと? ポリープ。腹は切らんやったとね?」
 爆笑が起きた。おばさんも、看護士さんたちも大笑いである。ほかのベッドからも笑い声があがった。
「うん。眠っているときに。大腸の内視鏡で、ちゃんと手術は終わったからね」
 なんともうらやましいおとうさんである。ぼくも「よかったですねぇ」と声をかけずにはいられなかった。
「そうか。終わっとったんか……。へ、へ、へ」
 お年寄りには何度も、何度も、同じことを言って聞かせるのがよろしいようで。

 こちらは化学療法の二日目。ぜんぶの抗がん剤の投与が終わるのは明日・土曜日の午後になる。首から透明の液体の薬が入ったちいさな袋をぶらさげて、どこに行こうが点滴は休みなくつづく仕掛けだ。
 担当の医師は「血液データも順調です」といっていた。予定通りに日曜日の午前中に退院が決まった。
 きょうはカミさんが着替え等を持って、午後から面会に来てくれた。ここまで歩いて来れる距離だから、ほんとうに助かる。そして、夫婦の片方だけでも、こうして元気に居てくれることがうれしい。

■室見川の下線公園にそびえるケヤキ。つぎに会いに行ったら、ずいぶん若葉がおおきくなって、青々と茂っているだろうなぁ。