橋の上からタヌキと目が合う ― 2025年08月31日 18時07分

実物だった。目の前でうろうろしているタヌキをはじめて見た。もちろん、動物園の話ではない。
まだ小学校に上がる前、母の郷里に遊びに行ったとき、鉄砲撃ちの好きなじいさんがいて、タヌキの皮を包丁かなにかで剥いでいるところをみた記憶がある。白い脂肪が幼い目に強烈だった。きれいに剥ぎとった皮はえり巻きにするという話をうっすら覚えている。
こちらも鉄砲撃ちの名人だったという父方の祖父も、タヌキの毛皮のえり巻きを愛用していた。これも消え失せた里山文化のひとつである。
いまどき鳥獣保護管理法で守られているタヌキを見かけるのは、たいてい夜に車を運転して、山のなかを走っているとき。ライトの光のなかを一目散に走って逃げるのがいる。車にひかれて、道路の上でぼろ雑巾のようになっている姿もときどきみかける。
まさか、こんな住宅地で、野生のタヌキに遭遇するとはおもわなかった。
昨日の夕暮れ、すぐ近くにある食品スーパーからの帰り道、片側1車線の橋を渡っていたときだった。10メートルほど先の上流で、何かが動いている様子が目にとまった。
黒と茶色が混じったような色をしている。猫かな。でも、ちょっと違うな。ガリガリに痩せているし、猫よりも胴体が長い。それにノラネコ猫だって、あんなに汚れていない。
そのうす黒いやつがこっちを向いた。あの顔だ。目のまわりが黒っぽくて、はなれたところからみても愛嬌がある。タヌキだ。間違いない。
大急ぎで、スマホを取り出した。タヌ公はぼくの顔をちらちら見ながら、浅い流れのなかを小走りでやってくる。どうやら橋の下に隠れるつもりらしい。
はやくも真下に来た。またちいさな丸い目で、こっちを見上げた。止まれ、そこで止まってくれ。
ああ、間に合わない。とうとうタヌちゃんは橋の下に消えてしまった。反対側にまわって、こちらの姿が見えないように橋の上からじっと待ち伏せたけれど、敵はちゃんと心得ていて、この化かし合いはタヌ公の勝ち。
でも、あいつに教えてあげたいことがあった。
この川の幅は3、4メートル、川底から地面までは3メートルほどある。両側の壁と川底はコンクリートの3面張りだから、あのちいさなタヌキが自力で登りきるのはとうてい無理である。
脱出する方法は限られている。このまま下流を目指して、室見川との合流地点まで行って、そこでいちど水のなかに飛び込んで、川岸に這い上がるか。それとも上流に引き返して、自分が川のなかに入った場所まで戻るか。そのふたつしかない。
それにしても人の多い住宅地で、よくもまぁ、生き延びているものだ。
もう一度、あいつに会いたいなぁ。わずか1分間ほどの出会いだったけれど、あのとぼけたような、どうしたらいいのか困っているような、こころ細げな顔を、もっと間近でまじまじと見たかった。
まだ小学校に上がる前、母の郷里に遊びに行ったとき、鉄砲撃ちの好きなじいさんがいて、タヌキの皮を包丁かなにかで剥いでいるところをみた記憶がある。白い脂肪が幼い目に強烈だった。きれいに剥ぎとった皮はえり巻きにするという話をうっすら覚えている。
こちらも鉄砲撃ちの名人だったという父方の祖父も、タヌキの毛皮のえり巻きを愛用していた。これも消え失せた里山文化のひとつである。
いまどき鳥獣保護管理法で守られているタヌキを見かけるのは、たいてい夜に車を運転して、山のなかを走っているとき。ライトの光のなかを一目散に走って逃げるのがいる。車にひかれて、道路の上でぼろ雑巾のようになっている姿もときどきみかける。
まさか、こんな住宅地で、野生のタヌキに遭遇するとはおもわなかった。
昨日の夕暮れ、すぐ近くにある食品スーパーからの帰り道、片側1車線の橋を渡っていたときだった。10メートルほど先の上流で、何かが動いている様子が目にとまった。
黒と茶色が混じったような色をしている。猫かな。でも、ちょっと違うな。ガリガリに痩せているし、猫よりも胴体が長い。それにノラネコ猫だって、あんなに汚れていない。
そのうす黒いやつがこっちを向いた。あの顔だ。目のまわりが黒っぽくて、はなれたところからみても愛嬌がある。タヌキだ。間違いない。
大急ぎで、スマホを取り出した。タヌ公はぼくの顔をちらちら見ながら、浅い流れのなかを小走りでやってくる。どうやら橋の下に隠れるつもりらしい。
はやくも真下に来た。またちいさな丸い目で、こっちを見上げた。止まれ、そこで止まってくれ。
ああ、間に合わない。とうとうタヌちゃんは橋の下に消えてしまった。反対側にまわって、こちらの姿が見えないように橋の上からじっと待ち伏せたけれど、敵はちゃんと心得ていて、この化かし合いはタヌ公の勝ち。
でも、あいつに教えてあげたいことがあった。
この川の幅は3、4メートル、川底から地面までは3メートルほどある。両側の壁と川底はコンクリートの3面張りだから、あのちいさなタヌキが自力で登りきるのはとうてい無理である。
脱出する方法は限られている。このまま下流を目指して、室見川との合流地点まで行って、そこでいちど水のなかに飛び込んで、川岸に這い上がるか。それとも上流に引き返して、自分が川のなかに入った場所まで戻るか。そのふたつしかない。
それにしても人の多い住宅地で、よくもまぁ、生き延びているものだ。
もう一度、あいつに会いたいなぁ。わずか1分間ほどの出会いだったけれど、あのとぼけたような、どうしたらいいのか困っているような、こころ細げな顔を、もっと間近でまじまじと見たかった。
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