消えてしまった七山自然生活学校2021年07月14日 10時54分

 朝から青空、セミの声。梅雨が明けて、暑さがきびしい。どこか涼しい山の中にでも逃げ出したくなる。
 ふたりの息子が小学生から中学生のころ、わが家は山あいの村にちょっと趣きの変わった別荘を持っていた。公団住まいの自宅から車で西へ50分の佐賀県七山村。
 みかん畑におおわれた山肌を右に左にカーブを切りながら、名所の滝を通りすぎ、うっそうとした杉林をぬけるとぽっかり空がひろがって、右手の高台に木造の建物が見えてくる。
 廃校になった旧池原小学校。深い森を背にした、豆粒のようにかわいい学校である。
 ここがぼくたちの別荘だった。校名は改められて、七山自然生活学校といった。
 せまい校庭をL字型に囲んで、正面には昔なつかしい木造校舎が一棟、右手も木造の体育館、校舎の裏には元教員宿舎の棟割長屋と共同風呂の小屋、そして25mプールもあった。
 そこには先住者が3人いた。彼らはこの廃校を保全し、地域のために有効に活用することを条件に、それらの木造の建物を村役場から借り受けていたのである。まだ空き教室があったので、ぼくはその仲間に加えてもらったという次第。
 ぼくたちの部屋は、ぜいたくにも元4年生の教室と教員宿舎のふたつ。しかも、プール付き。教室と宿舎のカギを預かったとき、こんな別荘を持っている者はそういないだろうとうれしかった。校庭の端の切り立った崖の下からは、おいしい湧き水も出ているのだ。
 だが、村の人たちにとって、ぼくらはよそ者である。都会からよそ者たちがやってきて、自分の親たちからの思い出のつまった大切な小学校を好き勝手に使っている。そんなふうに見られても仕方がない。そのことを仲間たちはよくわかっていた。いちばん大切なところだとおもう。
 先に教室を利用していた3人はいずれもアイデアマンで、行動力があり、村人との交流をはかるために、小さな日々の努力を重ねていた。そのひとつに、ぼくが参加する前から毎年開催していた夏祭りがあった。
 校庭を万国旗で飾り立て、プロ仕様の音響装置を配置したステージをつくり、ビール瓶を収納するプラスチックの箱を逆さにした椅子を百個以上も並べて、はなやいだ会場を手ぎわよくつくるのはお手のもの。
 ラーメン、おでん、綿菓子、射的などの露店も準備して、夏祭りのポスターやチラシを福岡市内の友人たちにも配布し、割安の購入チケットも販売した。ぼくたち家族も、おでん、ヨーヨー釣りなどの露店を担当して、素人のにわか露天商を演じた。
 祭りのハイライトは、会場いっぱいに集まった人たちによる豪華賞品付きの線香花火・勝ち抜き大会。ほんの気持ちていどの参加費をいただいて、隣の人と1対1の勝負。さきに火が消えた方が負けで、バチッ、バチッと火花を散らしている火の玉のどちらが先にポトリと落ちるか、ハラハラ、ドキドキ。幼い子どもが勝ち上がると盛大な拍手がわき起こった。
 あそこでやったこと、わが道を行く個性的な仲間たちのことは、とても書き切れない。
 そうそう、おもいだした。今日は暑くて、涼をとりたくて、七山のことを書きだしたのだった。
 真夏の夜、いちばん涼しいところは校舎の裏にあるプールだった。
 すぐ横は昼間でも薄暗い墓場である。照明なんてない。プールの中から見ると、黒い影を落とした大きな木々の下に、古色蒼然とした墓石がずらりとこちらを向いている。
 できるだけ、そちらを見ないようにして、ひとりで月明りのなかをゆっくり泳ぐ。
 ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん。
 腕が水面をたたく音がする。その音は墓にも聞こえているはず。
 ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん。
 何十年も前からそこにいる墓の下の住人たちが耳をすまして聞いている、そんな気がしてくる。
 そうなると、いまにも墓石の下から、この世のものとはおもえぬ低い不気味な声が「おい、そこの人、もっとこっちにおいでよ」と話しかけてきそうで、背筋のあたりから、いっぺんにからだじゅうが涼しくなるのだった。
 七山自然生活学校での別荘生活はほぼ10年。最後の方は、家族でもぼくしか行かなくなった。学校の運営委員会は解散し、仲間たちもみな去った。昨年、七山に行って来たという息子によれば、テレビCMでも使われた木造校舎は解体されて、いまは更地になっているという。

■七山村の農作物は、近くのスーパーでも販売されている。七山自然生活学校のメンバーは地域おこしにも参画していた。あれからずいぶん時間はかかったが、七山の産物は少しずつブランドになってきたようだ。

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