次男の卒業論文? が出てきた2022年02月26日 14時31分

 押し入れを整理していたら、こんなものが出て来た。次男が高校三年生のときの文章である。鉛筆で書いた原稿用紙3枚が黄色の表紙で閉じられていて、国語の女の先生から生徒たちに贈る文章も付いている。そこには「作文」という文字はなく、「卒業論文」と書いてある。「あなた方の心のなかに、いつも泉のように湧き出る『ことのは』(言葉)がありますように」という一文もあった。
 どうやら宿題だったらしい。30代半ばになった本人の了解はとっていないが、いたずら心が泉のように湧き出てきて、このブログに載せることにした。タイトルから判断すると、本人はまだこの先の筋書きを考えていたようだ。ま、未完の作、といったところか。

 あの夜のバーをもう一度

 邦子はため息をついた。夫と幼稚園に通う娘を送り出した朝、一段落つくはずの時間だったが、邦子にそんな時間の余裕はなかった。「まだ半分以上もある。」明日中に納めねばならない作りかけの造花の山を見て邦子は唸った。
 邦子が造花の内職を始めたのは半年前である。お金に困ってはいなかったのに始めた理由は夫にあった。
 一年前の八月、一本の電話があった。加藤という若い声の女からだった。相手はいきなり夫の成一の話を切りだしてきた。聞きなれない名の女だったが夫のことを意外に知っているらしい。女の口ぶりから邦子はそう判断し、女の話を聞く気になった。女はよく喋った。邦子のことや娘の歳まで知っていることに邦子は驚いた。しかし、女の本当の用件は単なる世間話ではなかった。
「実はね、奥さん成一さんね、私と浮気しているのよ」加藤は邦子の戸惑いを期待したように、軽い口調で言ったが邦子の心には軽い驚きしかなかった。
「やっぱりね知ってたの、私。一年ぐらい前からでしょう。夫との結婚生活は長いからすぐわかったわ。でも夫は私のものよ。何の話かは知らないけど二度と私と夫に関わらないでちょうだい」邦子は何かを言いかけたが加藤を無視して電話を切った。
 浮気は今でも続いている。亭主関白で、仕事も、今日家を出たら明日家に帰る程熱心な成一に邦子は面と向かって会話をする時間も取れない。邦子は成一がいつ、加藤と会っているか不思議だった。どうも家にいると成一と加藤のことを考えてしまう。邦子が何かに打ち込みそのことを忘れたかった時に、友だちの春恵から勧められたのが造花の内職だった。邦子は手先が器用な性だったので、すぐ板についた。内職しかやることがないので、邦子は人の二倍は仕事をとった。しかし、たまに納期の期限に間に合いそうになく徹夜で仕事をすることも多かった。
 邦子は今までの人生の中で裏切られることが多かった。邦子の両親は邦子が高校一年生の時に離婚した。邦子が成一と別れないのは両親の二の舞を踏みたくないこともあるが、一人娘の秀美を自分と同じ境遇にさせたくないからである。しかし、その秀美にも邦子は裏切られた。秀美が産まれた時、名前を付けたのは邦子である。自分があまりできない勉強などが良くできる賢い人になって欲しいと思い付けたのだが、秀美は生まれる時すでに脳に障害を持っていた。どうやって育てればいいか、不安を抱いたが、自分が腹を痛めて産んだ子供、私が死ぬまでは育ててみせると誓ったが残念な気持ちはなかなか拭えなかった。子供をもう一度つくろうとは思わなかった。秀美を育てるのに手一杯なのと、子供を産む恐怖心が邦子の心にあったからである。無邪気に遊ぶ秀美を見ると、将来に対し漠然とした不安を抱く邦子であった。   (原文のまま)

 読んで笑ってしまった。幼いころからおもしろいセンスを持っている子で、こんな「卒業論文」を受け取った女性教師はいったいどんな反応をしただろうか。ぜひ、そのときのお顔を見たかった。
 次男は高校時代、モヤシのような体格でラグビー部に入り、学生生活を謳歌していた。いろいろやってくれて、ぼくは学校に呼び出され、職員室や給食のおばさんたちの前で平謝りしたこともある。
 お断りしておくが、この卒論のモデルはぼくたち夫婦ではありません。くれぐれも誤解のないように。

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