人をこわがらないスズメたち ― 2021年05月27日 11時02分

いま、団地の中は小さな命が躍動している。なかでも朝早くから元気がいいのはスズメの子たちである。
5月のはじめごろから姿をあらわして、ほんの数メートルをパタパタパタと飛んで、危なっかしく地面に降りる。ヨチヨチ歩きを始めた赤ちゃんみたいで、こちらがスタートダッシュすれば、すぐにも捕まえられそうだ。
わが家のまわりを飛びまわっているスズメの子どもたちの棲み処(か)は、自転車置き場の屋根の下。そこには屋根を支える三角形の鉄のパイプがわずかな傾斜をつけて架けられていて、三角の形の中はこぶし大の空洞になっている。その奥の方にスズメの巣があって、毎年この季節になると、この三角の穴から子スズメたちは飛び立つのである。
次男が小学校の低学年のころ、クラスの友だちとこの屋根の上によじ登って、ドン、ドン、ドンと飛び上がりながらダンスをやったことがやる。そしたら子スズメたちが大慌てで飛び出して、そのまま地面に墜落したという。スズメにすれば、雷と大地震が同時にやってきたような衝撃だったのだろう。
この時期はカラスの子どもたちも飛んでいる。そして、それを見守っている親ガラスにはスズメの子どもを襲うやつもいる。カラスはスズメの天敵なのだ。
地面で遊んでいるとネコにも警戒しなければいけない。世間の荒波を知らない無邪気な子スズメたちにとって、生きていくのは容易ではない。
スズメはこちらが近づくと、パッと逃げる。その昔、人間に獲って食われたという悪夢の体験が受け継がれているのだろうか、スズメは生まれたときから人を寄せつけないものだとおもっていた。
「おもっていた」と過去形で書いたのは、そうでもないスズメがいることを、ぼくは知っているからである。
人をこわがらないスズメたちは東京大学のある建物の中の学生サロンにいた。
そのころ、ぼくは地元の零細ベンチャー企業に関係していて、東大工学部の某准教授との間で結ばれた共同研究を進めるために、二か月に一度のペースで本郷のキャンパスに通っていた。地元のベンチャーが開発したユニークな加工素材の効用について、東大の研究機関からのエビデンス(科学的な証拠)を獲得し、併せて販路を開拓することが目的だった。
ある日、福岡から東京への日帰りの旅にくたびれて、大きな樹木がうっそうと繁る広いキャンパスで少し休もうと、学生サロンに置いてある椅子に座り込んだ。
すると、そこにいたスズメたちがチョン、チョン、チョンと両足ジャンプをしながら寄ってきたのだ。
3メートル、2メートル、1メートル。それでもまだ近づいてくる。50センチ、30センチ、10センチ。2羽が3羽になり、5羽、6羽になった。まるで保育園で遊んでいる子どもたちがワイワイと集まってきたようだった。
様子を見ていると、どうやらエサをくれるとおもっているらしい。小首をかしげて、かわいい目をパチパチしながら、こちらを見上げている。
ぼくは、このときほどパンを持っていなかったことを悔やんだことはない。それほど彼らは友好的だった。
休んでいたサロンのすぐ近くには、あの安田記念講堂があった。学生たちが立てこもって、機動隊と激しい攻防戦があったのは、ぼくが高校3年のとき。その影響で、ぼくたちの世代は東大の入試が中止になった。足元でチョコチョコ歩いている小さなスズメたちを見ていると、あのときの騒ぎがウソのようだった。
東大との共同研究は最終的にこちらの求める形にすることはできなかったが、ぼくは見ず知らずの人間をこわがらずに歓迎してくれた、あのスズメたちにもう一度、会いたくなる。
5月のはじめごろから姿をあらわして、ほんの数メートルをパタパタパタと飛んで、危なっかしく地面に降りる。ヨチヨチ歩きを始めた赤ちゃんみたいで、こちらがスタートダッシュすれば、すぐにも捕まえられそうだ。
わが家のまわりを飛びまわっているスズメの子どもたちの棲み処(か)は、自転車置き場の屋根の下。そこには屋根を支える三角形の鉄のパイプがわずかな傾斜をつけて架けられていて、三角の形の中はこぶし大の空洞になっている。その奥の方にスズメの巣があって、毎年この季節になると、この三角の穴から子スズメたちは飛び立つのである。
次男が小学校の低学年のころ、クラスの友だちとこの屋根の上によじ登って、ドン、ドン、ドンと飛び上がりながらダンスをやったことがやる。そしたら子スズメたちが大慌てで飛び出して、そのまま地面に墜落したという。スズメにすれば、雷と大地震が同時にやってきたような衝撃だったのだろう。
この時期はカラスの子どもたちも飛んでいる。そして、それを見守っている親ガラスにはスズメの子どもを襲うやつもいる。カラスはスズメの天敵なのだ。
地面で遊んでいるとネコにも警戒しなければいけない。世間の荒波を知らない無邪気な子スズメたちにとって、生きていくのは容易ではない。
スズメはこちらが近づくと、パッと逃げる。その昔、人間に獲って食われたという悪夢の体験が受け継がれているのだろうか、スズメは生まれたときから人を寄せつけないものだとおもっていた。
「おもっていた」と過去形で書いたのは、そうでもないスズメがいることを、ぼくは知っているからである。
人をこわがらないスズメたちは東京大学のある建物の中の学生サロンにいた。
そのころ、ぼくは地元の零細ベンチャー企業に関係していて、東大工学部の某准教授との間で結ばれた共同研究を進めるために、二か月に一度のペースで本郷のキャンパスに通っていた。地元のベンチャーが開発したユニークな加工素材の効用について、東大の研究機関からのエビデンス(科学的な証拠)を獲得し、併せて販路を開拓することが目的だった。
ある日、福岡から東京への日帰りの旅にくたびれて、大きな樹木がうっそうと繁る広いキャンパスで少し休もうと、学生サロンに置いてある椅子に座り込んだ。
すると、そこにいたスズメたちがチョン、チョン、チョンと両足ジャンプをしながら寄ってきたのだ。
3メートル、2メートル、1メートル。それでもまだ近づいてくる。50センチ、30センチ、10センチ。2羽が3羽になり、5羽、6羽になった。まるで保育園で遊んでいる子どもたちがワイワイと集まってきたようだった。
様子を見ていると、どうやらエサをくれるとおもっているらしい。小首をかしげて、かわいい目をパチパチしながら、こちらを見上げている。
ぼくは、このときほどパンを持っていなかったことを悔やんだことはない。それほど彼らは友好的だった。
休んでいたサロンのすぐ近くには、あの安田記念講堂があった。学生たちが立てこもって、機動隊と激しい攻防戦があったのは、ぼくが高校3年のとき。その影響で、ぼくたちの世代は東大の入試が中止になった。足元でチョコチョコ歩いている小さなスズメたちを見ていると、あのときの騒ぎがウソのようだった。
東大との共同研究は最終的にこちらの求める形にすることはできなかったが、ぼくは見ず知らずの人間をこわがらずに歓迎してくれた、あのスズメたちにもう一度、会いたくなる。
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