同期会への苦渋の決断2024年07月30日 06時43分

 迷いを振り切って、返信用のはがきの「欠席」の文字に、黒のボールペンでしっかり丸印をつけた。9月はじめに小倉で開かれる高校の同期会には、これまでと同様に出席しないことにした。
 参加者はだんだん少なくなって、今回は5年ぶりの開催という。連絡役の友からは「今度が最後になる」と聞いていた。
 この伏せられた幹事会の情報を70歳過ぎの学友たちはそれとなく察知したのか、予想をおおきく上まわる50人以上も集まりそうだという。
 いつ、だれが先に逝っても不思議ではない年齢になった。みんなもそう感じているとおもう。小倉をはなれた人も多い。こんなときでないと会えない人もいる。話したいことも、訊きたいことも終わりがないほどあって、この特別な時間ではとても足りなくなって、「また会おうや!」の大合唱がかならず湧きあがるとおもう。
 高校時代には話をしたことがなくても、付き合いが切れたようでも、いつまでもつながっている仲間たちなのだ。幹事会に集まる顔ぶれも、もともとこういうことが好きでやっている連中だから、たぶん、「よし、またやりましょう!」になるだろう。
 と、まぁ、こんなふうに想像したら、まだ70歳ちょっとじゃないか、またチャンスはあるなと目の前が開けて、ずいぶん気が楽になった。
 このブログを読んでいる同期生も2、3人ほどいるようなので、ぼくが欠席する理由も、もっともらしく書いておこう。以下に事実を並べる。
 すい臓は半分しか残っていない。脾臓はぜんぶない。自動車の組み立てではないが、からだを構成していた重要なパーツがなくなってしまった。医者もまだ慎重に様子を見ている段階である。
 すい臓のインスリンをつくる機能もほとんど失われた。糖尿病が悪化しないようにインスリンは1日4回、忘れずに打たなくてはならない。食事療法も大切だから、宴会のご馳走も食物繊維を優先、カロリー控えめ、炭水化物や糖分の取り過ぎ要注意の制限がある。
 まだある。福岡市内の自宅と小倉の会場までの往復時間は4、5時間もかかる。
 今年の2月半ば過ぎに小倉でやったO君を送る会は、自分が言いだした責任があるから、気合いで行った。
 いまの心情を時代劇風につづればこうなるだろうか。
 渡世の義理と人情に背くようだが、独り静かに世情をはなれた庵(いおり)にこもって、つれづれにもの書きなどして暮らすのがよかろうとおもふ。
 悩んでいたのはぼくだけではなくて、小倉にいる同級生から電話がかかってきた。
「お前が行かないのなら、オレもそうするよ」
 いい歳をして、まるっきり主体性のない話になって、彼も欠席組に入った。だが、これだけで終わるようなぼくたちではない。気を立て直して、今度はすぐ決めた。
「博多でゆっくり飲もうや」
 やはり、持つべきものは友である。これでまた気持ちがぐんと楽になった。

■ドアをぶつけてしまった高級車は、先日3週間ぶりに修理から戻ってきた。お菓子とビールを提げて、カミさんと改めてWさんのところへお詫びに行った。笑顔で迎えてくれた。
 ふぅ。やっと終わった。

■イチョウの木にアブラゼミがとまって、ジリジリジリと鳴いている。(写真中央の左)。右の方にはセミの抜けがらが二つ。団地のなかで、この夏もたくさん見つけた。

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