ある政治家の死 ― 2022年07月10日 15時28分

やっぱり、一昨日に起きた殺人事件のことを書いておこう。
えーっ、まさか。
その日の正午過ぎにテレビをつけたら、安倍晋三元首相が銃撃され、心肺停止のニュースが報じられていた。奈良市内で参院選の応援演説をはじめてすぐのことだった。突然の異常な事態が受け入れられずに、しばらく画面から目がはなせなくなった。
夕方、いちばん恐れていた結末を知った。ご本人の無念、いかばかりかとおもう。
至近距離の背中から発砲した男はその場で取り押さえられた。地元紙が伝える警察発表では、次の趣旨の供述をしているという。
「母親が宗教団体にのめり込んで多額の寄付をし、団体に恨みがあった。団体と元首相がつながっていると思ったから狙った」
政治家がテロで亡くなった場合、暗殺という言葉がよく使われる。だが、暗殺は政治上、思想上の対決からその行為に及ぶもので、この犯人は「政治信条への恨みでやったわけではない」とも供述している。安倍氏にふりかかった悲劇は、やはり暗殺ではなく、殺人というべきだろう。
供述通りなら、恨みの対象は特定の宗教団体のはずで、安倍氏はその身代わりにされた。こういうのを、言いがかりとか、とばっちり、というのだ。
事件に驚いたぼくの心の整理がつくわけがない。いちばんわけがわからなかったのは、ほかならぬ安部氏ご本人だったにちがいない。
件(くだん)の宗教団体と安倍氏の関係については何も知らないが、特定の団体が政治家を利用するのは古くからある手法である。ぼくの取材経験でもあった。
利用されたのは、女性の地位向上に努めたあの市川房江元参議院議員(故人)。実際に被害者が出ていたある怪しげな営利団体のパンフレットに、推薦人として顔写真とコメントが載っていた。
本人に電話で確認すると、独特のダミ声で即座に関係を否定した。彼女の預かり知らないところで、無断で名前が使用されていたのだ。
なにも珍しいことではない。そして、こういう場合には、必ずといっていいほど傷つく人が出てくる。あの森友学園と安倍氏夫妻の関係を改めて持ち出すまでもないだろう。
政治家には何が待ちかまえているかわからない。いや、政治家だけではないか……。
(1980年6月12日。当時の大平正芳首相が「40日抗争」につづく総選挙の期間中に心労と激務のため急死した。そのときぼくは彼の地元の香川県に出張していた。
すぐさま観音寺市にある大平氏の私邸を訪ねて、庭に面した座敷で後援会の幹部に会った。その人には前日も会って、選挙戦を取材したばかりだった。それが急遽、大平氏の生前の思い出話の取材に切り替わった。)
安部氏が総理のとき、北海道での選挙の応援演説でヤジを飛ばした人に向かって、「あんな人に負けられない」と大声を張り上げて非難したことがあった。
その当のご本人が今度の選挙戦の演説中に、まったく見ず知らずの男から一方的に恨まれて、「問答無用」といわんばかりに撃ち殺されてしまった。
なんという最期だろうか。ぼくは政治家としての安倍氏には数々の反発を感じていたが、いまはただただご冥福を祈るのみ。
これから先、たぶん「あの人は月だった」といわれる政治家が出てくる。太陽は安倍氏で、その光をあびて輝くのが月である。太陽が消えたら、月も光を失うということだ。
今日は参院選の投票日。わけがわからないまま殺された政治家もあれば、当選して笑う人あり、落ちて泣く人もあり。万物流転の法則をしみじみとおもう。
■一昨日の事件を知る前に、『戦艦大和ノ最期』(吉田 満)を読み終えた。30年あまり前に買ったもの。漢字とカタカナで書かれた極めて簡潔な文章が胸に迫る。
「成算全クナシ。ワレラヲ待ツモノ、タダ必敗ノミカ」
「戦艦対航空機ノ優劣ヲ激論ス。戦艦優位ヲ主張スルモノナシ」
「沖縄突入ハ表面ノ目標ニ過ギズ 真ニ目指スハ、米精鋭機動部隊ノ標的ニホカナラズ。…ソノ使命ハ一箇ノ囮(おとり)ニ過ギズ。」
戦う前から艦長以下の士官たちは、大和と自分たちの運命がわかっていた。そして、ついに沈没するときの地獄絵。
読了して、改めて強く平和を願わずにはいられない。……安倍氏を襲った男は海上自衛隊に在職していたことがあるという。評する言葉が出てこない。
えーっ、まさか。
その日の正午過ぎにテレビをつけたら、安倍晋三元首相が銃撃され、心肺停止のニュースが報じられていた。奈良市内で参院選の応援演説をはじめてすぐのことだった。突然の異常な事態が受け入れられずに、しばらく画面から目がはなせなくなった。
夕方、いちばん恐れていた結末を知った。ご本人の無念、いかばかりかとおもう。
至近距離の背中から発砲した男はその場で取り押さえられた。地元紙が伝える警察発表では、次の趣旨の供述をしているという。
「母親が宗教団体にのめり込んで多額の寄付をし、団体に恨みがあった。団体と元首相がつながっていると思ったから狙った」
政治家がテロで亡くなった場合、暗殺という言葉がよく使われる。だが、暗殺は政治上、思想上の対決からその行為に及ぶもので、この犯人は「政治信条への恨みでやったわけではない」とも供述している。安倍氏にふりかかった悲劇は、やはり暗殺ではなく、殺人というべきだろう。
供述通りなら、恨みの対象は特定の宗教団体のはずで、安倍氏はその身代わりにされた。こういうのを、言いがかりとか、とばっちり、というのだ。
事件に驚いたぼくの心の整理がつくわけがない。いちばんわけがわからなかったのは、ほかならぬ安部氏ご本人だったにちがいない。
件(くだん)の宗教団体と安倍氏の関係については何も知らないが、特定の団体が政治家を利用するのは古くからある手法である。ぼくの取材経験でもあった。
利用されたのは、女性の地位向上に努めたあの市川房江元参議院議員(故人)。実際に被害者が出ていたある怪しげな営利団体のパンフレットに、推薦人として顔写真とコメントが載っていた。
本人に電話で確認すると、独特のダミ声で即座に関係を否定した。彼女の預かり知らないところで、無断で名前が使用されていたのだ。
なにも珍しいことではない。そして、こういう場合には、必ずといっていいほど傷つく人が出てくる。あの森友学園と安倍氏夫妻の関係を改めて持ち出すまでもないだろう。
政治家には何が待ちかまえているかわからない。いや、政治家だけではないか……。
(1980年6月12日。当時の大平正芳首相が「40日抗争」につづく総選挙の期間中に心労と激務のため急死した。そのときぼくは彼の地元の香川県に出張していた。
すぐさま観音寺市にある大平氏の私邸を訪ねて、庭に面した座敷で後援会の幹部に会った。その人には前日も会って、選挙戦を取材したばかりだった。それが急遽、大平氏の生前の思い出話の取材に切り替わった。)
安部氏が総理のとき、北海道での選挙の応援演説でヤジを飛ばした人に向かって、「あんな人に負けられない」と大声を張り上げて非難したことがあった。
その当のご本人が今度の選挙戦の演説中に、まったく見ず知らずの男から一方的に恨まれて、「問答無用」といわんばかりに撃ち殺されてしまった。
なんという最期だろうか。ぼくは政治家としての安倍氏には数々の反発を感じていたが、いまはただただご冥福を祈るのみ。
これから先、たぶん「あの人は月だった」といわれる政治家が出てくる。太陽は安倍氏で、その光をあびて輝くのが月である。太陽が消えたら、月も光を失うということだ。
今日は参院選の投票日。わけがわからないまま殺された政治家もあれば、当選して笑う人あり、落ちて泣く人もあり。万物流転の法則をしみじみとおもう。
■一昨日の事件を知る前に、『戦艦大和ノ最期』(吉田 満)を読み終えた。30年あまり前に買ったもの。漢字とカタカナで書かれた極めて簡潔な文章が胸に迫る。
「成算全クナシ。ワレラヲ待ツモノ、タダ必敗ノミカ」
「戦艦対航空機ノ優劣ヲ激論ス。戦艦優位ヲ主張スルモノナシ」
「沖縄突入ハ表面ノ目標ニ過ギズ 真ニ目指スハ、米精鋭機動部隊ノ標的ニホカナラズ。…ソノ使命ハ一箇ノ囮(おとり)ニ過ギズ。」
戦う前から艦長以下の士官たちは、大和と自分たちの運命がわかっていた。そして、ついに沈没するときの地獄絵。
読了して、改めて強く平和を願わずにはいられない。……安倍氏を襲った男は海上自衛隊に在職していたことがあるという。評する言葉が出てこない。
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