取材とコメントのこぼれ話2023年12月06日 12時35分

「先日の発言は訂正させていただきます」
「誠心誠意、しっかり説明責任を果たして参ります」
 どちらもその真意は「これで幕引きします」の宣言に聞こえる。質問されても、これしか言わない。
 政治家たちの記者会見も殺風景になったものだ。記事にしてもおもしろくない。現場の記者たちは「文字にならない」ので困っているだろう。
 そこで前回の続きではないが、思いつくままに取材とコメントをめぐるエピソードを書くことにする。
 週刊誌の特集の場合、たとえば1行当たりの文字数は15字で、総行数は380行といった制約がある。コラムも行数が決まっている。必然的に足で稼いだ情報のほとんどを捨てることになる。時間をとって取材に協力してくれた人でも、ひと言も誌面に載らないことだってある。
 そんなわけで記事にしなかった情報のなかに、酒の肴になるような「生々しい肉声」がいくつも残っている。そちらの方がインパクトは強烈なこともある。
 事件の関係者が口にした言葉には気が重くなることもあった。ある殺人事件を起こした被疑者の父親からは、「書いたら、オレは必ず自殺するからな」と玄関の扉を開けたまま、鋭い目つきでにらみつけられた。
「女子大生の初めてのヌード」と銘打って、完全なヤラセ番組をでっちあげていたテレビの若手ディレクターは、「書くなよ。絶対に書くなよ」とすごんできた。彼の立場は理解できても、あまりにも視聴者をバカにしているのではないかと呆れかえったこともあった。
 意外に思われるかもしれないが、コメントを気にする職業と言えば、反射的に政治家の顔が浮かぶ。差しさわりのないように、ここでは故人の話をしておこう。
 警視総監から参議院議員になっていたコワモテのH議員は無所属ながら、まぎれもなく田中角栄元首相に寄り添っていた。その田中が逮捕されたロッキード事件では、日本側から米国の捜査機関に依頼した司法取引による、ロ社幹部への嘱託質問が決め手になった。司法取引とは正直に言えば罪を軽くするというもの。これが法曹界に賛否両論を巻き起こした。
 H議員は元警視総監ながら、「嘱託質問は違法だ」と反発していた人物である。検察は身内から反論の火の手があがったようなものだった。ちいさな記事にでもなればと考えて、さっそくH議員に取材を申し込んだ。そのてんまつを書いておく。
 参議院議員会館の彼の部屋で、1時間半ほどもやりあうことになった。H議員は持論の法律論争に巻きこもうとしてきた。だが、そのやり方は事件の本質から別のテーマに目をそらさせる狙いがみえみえだし、もとよりこちらは彼の拡声器になるつもりはない。
 さらに、その内容はすでにあちこちで記事になっている。貴重な時間を割いてもらって、同じ質問するのは相手に失礼だし、記者としても失格である。
 それでもH議員は自説を繰り返すばかりだった。私大(日大)卒の初めての警視総監で、都知事選にも担ぎ出された異色のキャリアの持ち主。ぼくは彼の夜の銀座の情報も握っていて、興味津々で会ったのだが、ひと言でいえば、怖いものなし、のタイプにみえた。
 それはそれで魅力的なのだが、検察の捜査を法律違反だと非難する声を聞いているうちに、取材であった警視庁の刑事たちの顔と重なって、ぼくのなかにある「警視総監」のあるべき姿との落差がだんだん大きくなってきた。そうなるとこちらも引けない。
 さんざんやりあって、編集部に戻り、おもしろくもない原稿を書こうとしていたとき、H議員の秘書から電話がかかってきた。
「うちの先生がもう一度、△△さんと話をしたいと言っています」
 あのころの政治家は若い記者でも対等に向き合ってくれた。一期一会のご縁だったが、彼もぼくを鍛えてくれたひとりだとおもっている。
 U元首相への取材もいっぷう変わっていた。出鼻からこうクギを刺してきたのだ。
「うちの秘書にも、この取材のメモを取らせますからね。こちらもきちんとメモを取っておかないとね」
 後日、念願の総理の椅子を仕留める人物は、そういってニヤリと笑った。この人、よっぽど自分の発言で痛い目にあった経験でもあるのかとおもった。
 U内閣はわずか2か月の短命に終わった。記憶に残っているのは在職中の実績ではなく、「指3本」の言葉が話題になった女性スキャンダルで、この情報をおおやけにしたのは当の愛人その人だった。取材中のコメントの管理には抜かりはなかったけれど、とんだところから秘密のひと言が漏れたわけである。
 ぼくの原稿を読んで、電話をかけてきた代議士もいた。面と向かって皮肉を言われたこともある。それだけ自分の発言がどんな扱いの記事になるのか、気にしていたのだとおもう。
「発言を撤回させていただきます」、「説明責任を果たして参ります」。
 この味もそっけもないセリフは連綿と受け継がれて、すっかり「日本の政治文化」になってしまった感がある。
 でも、ちゃんとわかっている人は多いはずだ。言い逃れをするその顔には、「わたしを簡単に信用してはいけません」と書いてある。

■柊(ひいらぎ)の枝に丸くて赤い、ちいさな実がたくさんついている。冬景色のなかにまたたく真っ赤な宝石のようで、ちょっとしたクリスマス気分にしてくれる。

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