一刀両断とはいかない ― 2025年11月16日 16時38分
先日、団地の花壇の花を冬から春先まで咲く花に植え替えた。いつもはぼくが山芋堀りの道具を使って、かなり深くまで土を掘り起こすのだが、副作用がひどく、頭も両脚もふらふらして、立っているのがやっとだから、カミさんがひとりでがんばった。
この花壇の手入れは、ぼくたち夫婦の季節の行事になっている。そのことを知っている人たちもいて、今回もカミさんは3人の女性から声をかけられたという。
いちばん多いのは、「きれいなお花をありがとうございます。いつもここを通るたびに、立ち止まって見ています」。
なかには、こんなことを話す人もいる。この日もそうだったという。
「お花、盗られるでしょ。わたしもせっかく植えたのに、すぐ盗られるので、もう植えるのを止めました。花を抜いたまま、そこに置きっぱなしにする人がいるんですよ」
「ええ。わたしも何度もやられました。植えたばかりのその日に、花を盗られて、茎ごと引き抜かれて、ほったらかしでした。あんなことをされるとがっかりしますね」
そう答えながら、カミさんの脳裏に浮かんだのは、ぼくがおもったのと同一の人物だった。
あの手口は、例の「花盗りばあさん」しかいない。何度注意しても止めない。現場を見かけた人が声をかけても徒労に終わる。「どうやら、あのお婆さん、ボケているみたい」がこのあたりの定評になっている。
いくらか心配になって、以前、本人から聞いたところでは、夫は亡くなって、50代の息子さんとふたり暮らしとか。
このへんのことはちゃんと話すのだ。彼女の人生の紆余曲折は知るよしもないが、咲いている花を見ると手を伸ばさずにはいられない理由があるのだろう。(夫の仏壇に飾るからと言って、あちこちで摘みとった花は歩いている間にしおれてしまい、途中でぜんぶ捨てている。)
人は一部の言動だけを見て、一刀両断というわけにはいかない。断絶や無縁社会が広がり、高市政権になって、飛びつきやすいナショナリズムも勢いを増して、複雑きわまる物事を単純に片付ける風潮が目につく世のなかになった。こんな話をする相手は近くにいなくなってしまったが、よくよく心しなければ。
さて、きょうは点滴が終わって4日目。
昨日は、長男が朝はやくから釣りに行って、立派なタチウオを3枚におろして、小骨をとりのぞいて持って来た。さっそく刺し身にして、5日ぶりに軽く酒杯をあげた。
「なにもできなくて、情けないなぁ」が、息子のお陰で、「幸せだなぁ」に変わった。
やさしくて気のいい長男も、明るくて積極的な次男も、さんざん苦労して、何度も何度も痛い目に遭い、経験のない仕事に飛び込んで、またスタート時点に戻って、そこから道を切り拓いて来た。酒をやりながら、そんなことを思いだした。
この花壇の手入れは、ぼくたち夫婦の季節の行事になっている。そのことを知っている人たちもいて、今回もカミさんは3人の女性から声をかけられたという。
いちばん多いのは、「きれいなお花をありがとうございます。いつもここを通るたびに、立ち止まって見ています」。
なかには、こんなことを話す人もいる。この日もそうだったという。
「お花、盗られるでしょ。わたしもせっかく植えたのに、すぐ盗られるので、もう植えるのを止めました。花を抜いたまま、そこに置きっぱなしにする人がいるんですよ」
「ええ。わたしも何度もやられました。植えたばかりのその日に、花を盗られて、茎ごと引き抜かれて、ほったらかしでした。あんなことをされるとがっかりしますね」
そう答えながら、カミさんの脳裏に浮かんだのは、ぼくがおもったのと同一の人物だった。
あの手口は、例の「花盗りばあさん」しかいない。何度注意しても止めない。現場を見かけた人が声をかけても徒労に終わる。「どうやら、あのお婆さん、ボケているみたい」がこのあたりの定評になっている。
いくらか心配になって、以前、本人から聞いたところでは、夫は亡くなって、50代の息子さんとふたり暮らしとか。
このへんのことはちゃんと話すのだ。彼女の人生の紆余曲折は知るよしもないが、咲いている花を見ると手を伸ばさずにはいられない理由があるのだろう。(夫の仏壇に飾るからと言って、あちこちで摘みとった花は歩いている間にしおれてしまい、途中でぜんぶ捨てている。)
人は一部の言動だけを見て、一刀両断というわけにはいかない。断絶や無縁社会が広がり、高市政権になって、飛びつきやすいナショナリズムも勢いを増して、複雑きわまる物事を単純に片付ける風潮が目につく世のなかになった。こんな話をする相手は近くにいなくなってしまったが、よくよく心しなければ。
さて、きょうは点滴が終わって4日目。
昨日は、長男が朝はやくから釣りに行って、立派なタチウオを3枚におろして、小骨をとりのぞいて持って来た。さっそく刺し身にして、5日ぶりに軽く酒杯をあげた。
「なにもできなくて、情けないなぁ」が、息子のお陰で、「幸せだなぁ」に変わった。
やさしくて気のいい長男も、明るくて積極的な次男も、さんざん苦労して、何度も何度も痛い目に遭い、経験のない仕事に飛び込んで、またスタート時点に戻って、そこから道を切り拓いて来た。酒をやりながら、そんなことを思いだした。
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