鏡の顔は、何かに似ている2026年03月01日 17時48分

 春、3月が始まった。夜明けから青空が広がって、日向(ひなた)にいたら、居眠りしたくなるほど暖かい。病気持ちの身からすれば、なにかいいことがありそうな春到来である。
 しばらくブログを書かなかったので、心配していた友もいた。高校が一緒だったTa君から久しぶりに電話があった。
 彼は10年以上も前にめずらしい胆管ガンを発症した。むずかしい手術も、その後の治療も乗り越えて、ぼくからすれば「ガンに打ち勝った目標」と仰ぐ友である。こちらの気持ちは言わずともわかっている。
 そのTa君が今年の正月早々、膀胱ガンの手術をしたという。
「ホントかよ。大丈夫なのか」
 いつもの定期健診の際に、たまたま肝臓あたりを中心にCT検査をやったら、医者がまったく想定していなかった膀胱でちいさな異変をキャッチしたという。
「運がよかったなぁ」
「うん。手術は内視鏡で簡単に終わったし、もう心配ないですよと言われたよ」
 これだから、この病気は油断ができない。以前のように「不治の病」ではなくなったけれど、だれもが、いつかかっても不思議ではないポピュラーな病気になった。ぼく自身、発見から3年以上も付き合っていると、ガンではなくて、「慢性疾患」に向き合っているような気持ちになるときがある。
 Ta君は酒を飲まない。飲まないのに、同期生たちとの飲み会には積極的に参加する。人に対して分け隔てがなく、言いたいことをはっきり言ってくれる。穏やかな人柄で、男女を問わず、いまも友だちが多い。
 ぼくにはとてもマネができない。こんな高校時代の仲間から、からだを気遣ってくれる電話があるとうれしいものだ。
 昨日は、横浜にいる後輩のKa君から、「福岡に行きます」のメールが届いた。大学で同じクラブだったA君との2年越しの計画をいよいよ実行に移すという。
 Ka君はぼくと同じすい臓ガンで、抗がん剤治療中の身。
 そんな体で大丈夫かなとおもう。
 だが、彼らは彼らで、ぼくのことを「先輩、大丈夫かな」と心配している。
 そして、クラブの部長だった「西高3人組」のひとり、Ha君は「あいつら、本当に大丈夫かなぁ」とみんなのことを心配している。そうそう、A君だって、心筋梗塞で、「あわや」の危機があったのだ。
 こうやってブログ休止中のことを書いていたら、まわりは病人だらけではないか。春うららどころではない、なんだかすごいことになってきた。
 横浜から届いたボールの扱いは、ただひとり元気なHa君にお任せすることにした。ぼくはなにもできない。ここはなんといっても元部長の出番である。彼がいてくれて、本当によかった。
 そうか、ふたりで福岡に来るか。Ka君とは卒業以来だな。何十年ぶりかな。それにしてもオレの人相は変わったよな。会ったら、びっくりするだろうなぁ。
 自分の顔を鏡で見る。頭にほとんど毛のない動物の顔が映っている。すっとぼけた表情は何かに似ている。
「おい。ダチョウがいるぞ」
 カミさんにそう声をかけた。

■車で、室見川を上流へ1、2分。ぼくが勝手に名付けた「室見川のいちばん桜」(いちばん先に咲く桜)は、やっぱり河津桜だった。早くから咲くのは、この1本だけ。散歩している人たちが「満開ですね。きれいですねぇ」と言いながら集まって来る。

仕事をしたくなった2026年03月12日 18時09分

 先週末は思い出したくもないほど、からだがきつかった。副作用の症状を数え上げたら、両手の指でも足りない。
 月曜日は3週間ぶり、6回目の抗がん剤の点滴の日だった。がっくり疲れ果てて、手すりをつかまえて、ヨイショ、ヨイショと声を出しながら、団地の階段を登る。視力もはっきり落ちた。味覚も、食欲もなし。懸命にカミさんの手料理を胃袋に押し込んだ。
 それでもひと晩寝たら、体調はよい方へと切り替わった。深い谷底に落ちて、気が弱くなるときもあるけれど、こうして立ち直る。この繰り返しが、「薬が効いている証拠だ。オレは負けない」という自信になっている。こうして長丁場の闘い方に慣れて、何度も再発をしながら、10年以上もガンと共存している人のようになっていくのだろうか。
 草木が芽吹く春、3月。調子の悪いことばかり言ってはいられない。
 元気モードになった勢いで、今後の月間スケジュール表を作り直した。これまで優先していた項目は、病院に行く日と健康・運動の記録だったが、それらを後ろにまわして、「仕事」をトップに持って来た。もちろん、仕事とは人から使われるのではなくて、自分からすすんでやりたい、それもひとりで楽しみながらできることである。
 カミさんとこんな話をした。
「このブログ、オレが死んだ後もしばらく置いといてもらおうかな。オレは原稿を書くことぐらいしかできないし、消してしまうとなにも残らないからな」
「消したら、もったいないよ。ブログはぜんぶコピーして、取っておこうよ。孫のKoちゃんが大きくなったときに、おじいちゃんはこんなことを考えていたんだよと読んでもらったらいいじゃない。そうしようよ」
 縁起でもない夫婦の会話になったが、まだ2歳2か月の幼い孫がこのブログを読む様子を想像したことはなかった。「もったいないよ」となんて言われるとおもっていなかった。予期せぬお褒めの言葉をかけてもらったみたいで、たちまち気分がよくなって、ちょっとばかりやる気が出てきた。
 そうかもな。Ko君がオレからのメッセージとして、読んでくれるかもしれないな。
 いまの世の中、恥ずかしい大人たちが大手を振って歩いている。
 トランプ、ネタニヤフ、プーチンの酷さは見たことがない。以前も触れたが、いますぐ隔離して、精神鑑定を受けさせたいほど狂っている。だが、本人たちは正しいことをやっていると頭から信じているらしい。自分への批判はいっさい受け付けない。そして、平気で人を殺す。Ko君、そんな時代があったんだよ。
 いまごろこんなことを口にする人は見かけなくなったが、アメリカで起きたことは数年遅れで、日本でも起きるのは歴史の教えるところだ。格差、断絶の社会もそうである。アメリカファースト、日本ファースト。次はなんだろうか。
 こうなることはわかっていたのに、ときの首相と一部の財界人や学者たちは日本の強みを弱みと断じて、この国をガタガタにぶっ壊す路線へと突っ込んで行った。「失われた10年」は20年になり、30年を過ぎ、まだ方向転換の兆しも見えない。
 日本の政治家たちは、大衆に迎合して、選挙で嫌われることはいっさい口にしなくなった。消費税の廃止や減税なんて、まともに将来のことを考えたら、正気の沙汰とはおもえない。
 無抵抗のまま、膨大な国の借金を背負わさせられる若い人たちに立ち上がってほしいとおもう。何も言わないと、何も変わらないのだから。
 また最後は政治の話になった。でも、これも「反逆精神。若さの証拠」としておこう。

■室見川の河津桜は散ってしまった。きれいだったなぁ。

おいおい、無理するなよ2026年03月17日 17時24分

 えっー、もう17日か。あらら、横浜組がやってくる来週の月曜日まで、あと6日しかない。
 ふたりは正午過ぎに博多駅に着く。たぶん軽く昼飯をとって、それから荷物を置くために駅近くに予約しているホテルに行くのかな。
 14時。横浜組のA君とKa君、それから小倉から駆け付けるHa君と駅前で待ち合わす予定だ。彼らは杖をついたぼくをいっせいに見るだろう。すぐ横にカミさんが付き添っているのに気がついて、本当に独りで出歩くのは無理だったのかとショックを受けるかもしれないな。
 最初が肝心だ。その場を明るくするために黒い帽子を取って、この見事なハゲ頭を丸出しにして、ニカッ! と笑ってやろうかな。
 昨日の午後、彼らとの昼飲み会に備えて、室見川河畔の遊歩道を上流に向かってゆっくり歩いた。1kmほど先の橋を渡って、向こう岸を引き返す。途中、木製のベンチに腰掛けて、日差しを浴びながらうつらうつらした。
 この日の歩数は7,188。歩幅が極端に狭くなっているので距離的には短いのだが、それでもここ最近ない歩数である。とにかく少しでも足元の不安をなくしておかねば。
 後輩のKa君は気合が入っている様子。ぼくと同じ病気で、抗がん剤の点滴を打っているのに、寸暇を惜しむように動きまわっている。
 つい先日は、70kmもはなれた埼玉県下の家具店まで250ccのバイクで出かけたという。そして、その日のうちに気に入ったソファを自宅へ持ち帰るために、今度は奥さんを車に乗せて、また70kmを往復したそうだ。
 同じ道を2往復、合計280km。嫌にならなかったのだろうか。
 おいおい、無理するなよ。掛けがえのない、大事なからだなのだからな。
 一昨日は相模湾名物のシラスを求めて、またもや愛車のバイクにまたがって、平塚市の直売所まで遠征。列に並んで、生のシラスを買って来たという。そして、昨日は五木ひろしのコンサートを聴きに有楽町まで出かけて、奥さん孝行をしたそうだ。
 よくやるよ。そんなに飛ばして、大丈夫なのか。
 ぼくよりふたつ若い73歳。元気を前面に打ち出して、彼なりの闘いに精いっぱい挑んでいるのだろう。日本の政治に対して危機感を持ち、熱い意見を述べたメールも多くなってきた。
 A君はそんなKu君のことを心配しながら、「首に縄をつけても、Kuを九州に連れて行きます。先輩たちに会わせます」と言っていた。
 彼らはそんなで勢いでやって来る。
 待ち受けるこちら側が、「もうボク、ダメ。動けない」なんて、言っていられない。
 もうひとつ驚いたのは、78歳になったばかりの五木ひろしのことだった。2時間以上のステージで、36曲を元気よく歌いあげたという。途中、息を切らして、水を飲んで呼吸を整える場面もあったとか。
 人のエネルギーは底知れないものがある。そのことに気づかされて、元気をもらったここ数日だった。

■わが家の狭いベランダにも春がやって来た。ことしもカミさんがきれいな花を咲かてくれた。

特別な3日間が終わった2026年03月27日 17時49分

 無事に終わった。友情のありがたさが身に染みた。福岡に来たことをよろんでもらってよかった。
 今週の月曜日、23日の正午過ぎ、横浜から後輩のA君とKa君が新幹線で博多駅に到着。ふたりは2泊3日のちいさな旅を終えて、一昨日の夕方4時、博多駅から帰宅の途についた。小倉からHa君も加わって、みんなでつくった「オレたちの特別な3日間」だった。
 彼らの九州旅行が決まってから、いちばん恐れていたのはこのぼく自身の体調である。
 頭の毛も、眉毛もなくなってしまい、顔はフグみたいに腫れあがって、ハゲ頭を隠す黒い帽子と足元を支える杖が手放せない。博多駅で待ち合わせるところまで、カミさんに付き添ってもらうヨボヨボのジイサンになり果てた。それでも大丈夫な姿を見せて、みんなを安心させたかった。
 Ka君もすい臓がんと闘っている。がん細胞は足音も立てずに、いつ、どこで暴れだすか、医者にもわからない。そんな爆弾を抱えている彼も来るのだ。口には出さなかったけれど、「ふたりの顔を見るのは、これが最後になるかもしれないな」とおもうこともあった。
 ところが、こうした病人にありがちな負の感情は、この3日の間に、「いや、オレたちは違うぞ」に切り替わった。
 引きこもり生活から脱して、久しぶりに市内のにぎやかな街なかに出て、外の空気にふれたこともよかった。博多駅の混雑ぶりには驚いた。話には聞いていたが、韓国などから観光客が押し寄せていた。構内にあるラーメン屋の店先はどこも大行列で、30分待ち、50分待ちはざら。値段は1,000円にびっくり仰天した。
 ひどい世の中になったものだ。めずらしくもない地元の豚骨ラーメンですら、あんなに並んで、しかも1,000円とは。こんな福岡・博多じゃなかった。横浜から来てくれたふたりに申しわけないような気がした。
 ここから先は簡単に彼らとの交流記録を書く。
 □23日(月)
 14時から17時過ぎまで、駅前の居酒屋で昼飲み会。参加はHa、A、Ka君とぼく。
 17時半ごろのバスで、ひとり先に帰宅する。残る3人は二次会へ。Ha君は彼らと同じホテルに投宿。
 □24日(火)
 Ha君、用件があって、午前中に新幹線で小倉の自宅へ帰る。
 横浜組のふたりは朝から佐賀県の吉野ケ里歴史公園へ。
 18時から21時半まで、ぼくの自宅近くの居酒屋で、『ほろ酔い夕べの会』を開く。彼らは連日の強行軍なのに、わざわざこんなところまで出て来てくれた。
「ここなら酔っぱらって、ひとりになっても、道路を這ってでも、家まで帰れるからな」
 ホームグラウンドの強みで、ありがたいことに相手もいいから、いつもより格段に酒が旨い。昔話から東北大震災のボランティアの体験談(Ka君)、最近の子どもたちの教育(A君)など、ときにはうなずき、笑ったり、怒ったり、呆れたりで、時間を忘れて語り合う。
 ふたりの証言によれば、学生時代のぼくはちょっとカッコヨカッタらしい。疑い深そうなカミさんを左の脇腹に意識しながら、「もっと言え、もっと言え」とココロのなかでけしかけた。こんなことを言ってくれるのは、世界中でこのふたりだけなのだ。
 彼らもそうだったから、たぶんハゲ頭のぼくも青春時代の顔になっていたとおもう。カミさんも機嫌よく、途中まで付き合ってくれた。
 □25日(水)。九州旅行の最終日。
 Ka君から、ゆっくり休んでくださいのメール。その言葉に甘える。
 ふたりは太宰府の九州国立博物館から太宰府天満宮へ。そのまま博多駅16:00発の新幹線で、横浜へ帰還。やんちゃなKa君には、おだやかなA君がついている。学生時代からいいコンビだった。
 みんなのお陰で、闘うチカラが湧いて来た。なかでも同病のKa君の明るさと積極性、スピード感あふれる行動力には圧倒された。だが、その奥にある不安な気持ちは、経験者のぼくには想像がつく。でも、そのことは言わない。言わない方がいいことも、世のなかにはたくさんある。そんなこともわかり合う歳になった。
 先ほどKa君から今日の病院通いのメールが届いた。血液検査の結果は問題なし。抗がん剤の点滴も終わったという。彼は飛ばし過ぎの傾向があるので、少し安心した。
 特別な3日間が終わって、「次は早稲田か、横浜でやろう」がぼくたちの目標になった。
「早稲田・青春篇」から半世紀。再び彼らと共演して、これから「続編」をつくる楽しみができた。

■美味しいお土産もたくさんいただいた。『環境と文明』はA君の奥さんが勤めている認定NPO法人の会報誌。Ka君の奥さんは朝早くから、うちのカミさんと同じく精神に障害のある施設に仕事に出かけるなど、みなさんいろいろやっている。
 緑色のお守りは、鎌倉の上行寺が出している「癌封じのお守り」。A君がくれた。よし、がんをやっつけるぞ。