人気の糸島をかるくドライブする ― 2025年11月03日 18時02分
4時半に起床し、9時半からカミさんと一緒に糸島方面へかるくドライブに出かけた。目的地は13km先のコスモス広場(写真)で、早めに行ってよかった。段々畑を赤、白、ピンクの満開のコスモスの花が埋めつくして、その向こうに博多湾の海が見える。
そこから人気のない山道を走っていると、まさしく柿色のちいさな実を鈴なりにつけた柿の木があった。高いところの実は梯子をかけても届きそうもない。幹も枝も細くて、ほったらかしのままで、手入れされている気配はなかった。
こんなところにある小粒の柿はたいてい渋柿である。それでも気になって、車を止めて、ひとつちぎってみた。
どうも渋柿とは違う。丸い形がいい。ガブリとかじる。
甘い! 大当たり!
子どものころ、野山で見つけた甘柿の味がした。このまま野鳥たちの胃袋を満たすのだろう。
わざわざ遠くまで出かけなくても、福岡市はすぐ間近にこんなところがある。糸島は人気の観光スポットなので、テレビのニュースでも紹介されたコスモス広場は、1、2時間後には花畑のなかまでおおぜいの見物客が踏み込むだろう。帰り道はこれから糸島に向かう車がつながっていた。
次の日曜日の9日、ここ糸島は福岡マラソンのゴールになる。過去最多の約15,000人のランナーが参加する。
同じ9日は大相撲九州場所の初日。24日はホークスの優勝パレード。
なんだか福岡の11月は年の瀬が近づいたようにあわただしい。
さて、ご心配をおかけした副作用は、いつもよりも1日遅い木曜日にほぼ解消した。相変わらず、いまもふらふらするが、もう慣れた。明日は今日よりも、もっとよくなる。
そこから人気のない山道を走っていると、まさしく柿色のちいさな実を鈴なりにつけた柿の木があった。高いところの実は梯子をかけても届きそうもない。幹も枝も細くて、ほったらかしのままで、手入れされている気配はなかった。
こんなところにある小粒の柿はたいてい渋柿である。それでも気になって、車を止めて、ひとつちぎってみた。
どうも渋柿とは違う。丸い形がいい。ガブリとかじる。
甘い! 大当たり!
子どものころ、野山で見つけた甘柿の味がした。このまま野鳥たちの胃袋を満たすのだろう。
わざわざ遠くまで出かけなくても、福岡市はすぐ間近にこんなところがある。糸島は人気の観光スポットなので、テレビのニュースでも紹介されたコスモス広場は、1、2時間後には花畑のなかまでおおぜいの見物客が踏み込むだろう。帰り道はこれから糸島に向かう車がつながっていた。
次の日曜日の9日、ここ糸島は福岡マラソンのゴールになる。過去最多の約15,000人のランナーが参加する。
同じ9日は大相撲九州場所の初日。24日はホークスの優勝パレード。
なんだか福岡の11月は年の瀬が近づいたようにあわただしい。
さて、ご心配をおかけした副作用は、いつもよりも1日遅い木曜日にほぼ解消した。相変わらず、いまもふらふらするが、もう慣れた。明日は今日よりも、もっとよくなる。
熊を獲っていたころの話 ― 2025年11月07日 12時21分
北の方の地方では熊の被害が止まらない。カミさんの郷の新潟県南魚沼市はどうだろうか。実家も、親戚たちの周辺にも、熊の目撃情報のマークがたくさんあった。あのへんの山道にはあちこちに「熊に注意」の看板がある。
九州にはいない。熊のイメージといえば、熊本県のPRマスコットキャラクターの「くまもん」で、いつもは愛嬌をふりまく彼もさすがに肩身の狭い思いをしていることだろう。
野性の熊から住民の命や生活を守るために、自衛隊の派遣や警察官のライフル銃の使用を認める事態になった。そこには狩猟で生計を立てていた「マタギの文化」はない。熊の毛皮や漢方の生薬・「熊の胆(い)」などは貴重な収入源だった。
このごろ鉄砲で撃ち殺された熊たちは、どう処理されたのだろうか。
こうなるとひと昔前の「日本人と熊の関係」が知りたくなる。そこで古い本を引っ張り出した。太平洋戦争がはじまった昭和16年発刊、定価1円60銭の『山村小記』(向山雅重著。山村書院)。何十年ぶりに手に取った。
そのなかの一節、「熊を獲る」から以下を抜粋する。舞台は長野県・中央アルプスの空木岳(うつぎだけ)山麓である。
熊が穴に這入るのは初雪の頃で十月一杯ははいらぬが末方になるとぼつぼつ巣へはいる支度をする。(略)
熊は二間位の深い穴へ這入つてゐるのもある。見えないのは口元で火を焚いて呼び出す。親父が悪谷(わるだに)で獲つた時はシャツ一枚になつてはいつた。二人づれで松明をつけ二間ばかりはいつて見ると堅井戸のやうになつてゐて底にはいつてゐた。松明の光で二射ちに撃つたが六尺位深い所だつたので輪なぐりで引出した程であつた。
穴にゐるのは口元で火を焚くと顔を出して来る。そこを射つのであるが、場所のいい所なら燻(いぶ)して獲る。朝七時頃から一時頃まで燻せば死ぬ。さうして獲った事があるが、熊が苦しくなつて唸り出すと地響きがして雷鳴(かみなり)と思はれるくらゐな音をさせるから、慣れないものは一寸おそろしくなるのである。一息焚いて火を止めて見てゐると出て来る。そこを射つこともある。
熊は射ちつけないと中々駄目だ。腹がすわつてゐさえすれば熊が傍へ寄つて来る程いいわけだ。一発できつとどこかへ弾はくすげる。熊に掻きつかれたら怪我はするが死ぬようなことはない。六尺位前に来ると立上がつて来て人を抱く、掻つからかすのと喰ひつくのと両方である。この立上つて来る時が一番射ちいい。熊を射つ弾は本弾(一つ弾)だからなるたけ傍へ寄して射つ方が樂なわけである。
熊は下りは早くて六尺位なものは飛越え二間位はとび下り瞬きする間に来るが、上りは人みたいに遅くむつくらむつくらとやつて来る。だから上目に居て下から来るのを射つのは射ちいいし、後から射つのもいいわけである。
このほかにも数日も熊の足跡を追ったり、犬をつかったり、また二十一貫もある熊なら素人に百円先(以上)で売れるといった記述もある。
だからどうしたと言われれば返答に困るが、昔の猟師は熊のことをよく知っていた。
知っているか、知らないか。ここが大事なところで、人間を怖がらなくなった熊から問われているような気がする。
■写真の柿の実は、先日、糸島をドライブしたときにちぎって来たもの。熊がいなくてよかった。
九州にはいない。熊のイメージといえば、熊本県のPRマスコットキャラクターの「くまもん」で、いつもは愛嬌をふりまく彼もさすがに肩身の狭い思いをしていることだろう。
野性の熊から住民の命や生活を守るために、自衛隊の派遣や警察官のライフル銃の使用を認める事態になった。そこには狩猟で生計を立てていた「マタギの文化」はない。熊の毛皮や漢方の生薬・「熊の胆(い)」などは貴重な収入源だった。
このごろ鉄砲で撃ち殺された熊たちは、どう処理されたのだろうか。
こうなるとひと昔前の「日本人と熊の関係」が知りたくなる。そこで古い本を引っ張り出した。太平洋戦争がはじまった昭和16年発刊、定価1円60銭の『山村小記』(向山雅重著。山村書院)。何十年ぶりに手に取った。
そのなかの一節、「熊を獲る」から以下を抜粋する。舞台は長野県・中央アルプスの空木岳(うつぎだけ)山麓である。
熊が穴に這入るのは初雪の頃で十月一杯ははいらぬが末方になるとぼつぼつ巣へはいる支度をする。(略)
熊は二間位の深い穴へ這入つてゐるのもある。見えないのは口元で火を焚いて呼び出す。親父が悪谷(わるだに)で獲つた時はシャツ一枚になつてはいつた。二人づれで松明をつけ二間ばかりはいつて見ると堅井戸のやうになつてゐて底にはいつてゐた。松明の光で二射ちに撃つたが六尺位深い所だつたので輪なぐりで引出した程であつた。
穴にゐるのは口元で火を焚くと顔を出して来る。そこを射つのであるが、場所のいい所なら燻(いぶ)して獲る。朝七時頃から一時頃まで燻せば死ぬ。さうして獲った事があるが、熊が苦しくなつて唸り出すと地響きがして雷鳴(かみなり)と思はれるくらゐな音をさせるから、慣れないものは一寸おそろしくなるのである。一息焚いて火を止めて見てゐると出て来る。そこを射つこともある。
熊は射ちつけないと中々駄目だ。腹がすわつてゐさえすれば熊が傍へ寄つて来る程いいわけだ。一発できつとどこかへ弾はくすげる。熊に掻きつかれたら怪我はするが死ぬようなことはない。六尺位前に来ると立上がつて来て人を抱く、掻つからかすのと喰ひつくのと両方である。この立上つて来る時が一番射ちいい。熊を射つ弾は本弾(一つ弾)だからなるたけ傍へ寄して射つ方が樂なわけである。
熊は下りは早くて六尺位なものは飛越え二間位はとび下り瞬きする間に来るが、上りは人みたいに遅くむつくらむつくらとやつて来る。だから上目に居て下から来るのを射つのは射ちいいし、後から射つのもいいわけである。
このほかにも数日も熊の足跡を追ったり、犬をつかったり、また二十一貫もある熊なら素人に百円先(以上)で売れるといった記述もある。
だからどうしたと言われれば返答に困るが、昔の猟師は熊のことをよく知っていた。
知っているか、知らないか。ここが大事なところで、人間を怖がらなくなった熊から問われているような気がする。
■写真の柿の実は、先日、糸島をドライブしたときにちぎって来たもの。熊がいなくてよかった。
次男に新米を、ぼくには漢方を ― 2025年11月11日 17時52分
昨日は12回目の化学療法の日だった。親しくなった男性の薬剤師よれば、ぼくが受けている抗がん剤の点滴は、ほとんどの人が10回も続かないという。
「△△さんのように、あの3種類の点滴を打っても、白血球、好中球とも基準値をらくに維持している人は珍しいですよ。感心しています」
そう言われれば悪い気はしない。前回の副作用はこれまでになくきつかったが、血液データでみる限り、抗がん剤にも、副作用にも負けていないことになる。
今回も担当医師の話は相変わらず短かった。
「血液データは大丈夫です。じゃあ、今日もやりましょう。来月はCT検査をしましょうね」
「小さくなっているといいけどなぁ。小さくなってほしいなぁ」
「そうですね」
この医者は安易に期待させることは口に出さない。彼は最悪の事態を想定して、ベストを尽くすのが仕事である。午後は手術室にいた。こちらは彼らの医療チームを信じて、任せるだけである。
先日11月8日は、ちょうど3年前にこの病院ですい臓がんが見つかった日。翌2023年の2月21日に手術が成功して、順調に回復していたので、この11月8日を「幸運の日」と名付けた。
いまはちょっと複雑な気持ちである。
だが、あれから3年経っている。その間に初孫が生まれた。やっぱり早期発見の「幸運の日」だったのだ。そして、こうして再びがんをやっつける治療を受けながら生きている。
やりたいことも、たのしみもある。生きがい寿命はまだ続く。医学の進歩で、そういう時代になった。
昨日の夕方、久しぶりに次男がやって来た。石打からいただいたコシヒカリの新米を渡した。「今夜は自炊をするよ」とうれしそうだった。出張が多い独身生活で、ひとり飯はさびしいだろうに。
「今度ゆっくり帰っておいで。以前、△△(長男)も一緒に家族そろって、晩ご飯を食べて、お酒を飲んだ後で、お父さんがすごくよろこんでいたから」
「うん、わかった」
カミさんがこんなことを言うようになった。「お父さんがすごくよろこんでいたから」。ぼくがいちばん言いたいことを伝えてくれた。
次男は勤め先で製造販売している数種類の漢方をたくさん持って来てくれた。正確に言えば、漢方のエキスを抽出して顆粒状にした栄養補助食品で、一つひとつがちいさなパッケージ入りになっている。
「お父さん、どんどん飲んで。また持って来るから」
「ありがとな。よし、じゃあ、遠慮しないで飲むか。でも、無理しなくていいからな」
ここに抗がん剤に負けない免疫力アップの理由がある。これも恵まれている幸運のひとつ。
いつもおもう。闘っているのは、ぼくひとりではない。
■カミさんと一緒に、冬から春先まで、団地の花壇に咲かせる花の苗を買って来た(手前のかごのなかの花)。
「△△さんのように、あの3種類の点滴を打っても、白血球、好中球とも基準値をらくに維持している人は珍しいですよ。感心しています」
そう言われれば悪い気はしない。前回の副作用はこれまでになくきつかったが、血液データでみる限り、抗がん剤にも、副作用にも負けていないことになる。
今回も担当医師の話は相変わらず短かった。
「血液データは大丈夫です。じゃあ、今日もやりましょう。来月はCT検査をしましょうね」
「小さくなっているといいけどなぁ。小さくなってほしいなぁ」
「そうですね」
この医者は安易に期待させることは口に出さない。彼は最悪の事態を想定して、ベストを尽くすのが仕事である。午後は手術室にいた。こちらは彼らの医療チームを信じて、任せるだけである。
先日11月8日は、ちょうど3年前にこの病院ですい臓がんが見つかった日。翌2023年の2月21日に手術が成功して、順調に回復していたので、この11月8日を「幸運の日」と名付けた。
いまはちょっと複雑な気持ちである。
だが、あれから3年経っている。その間に初孫が生まれた。やっぱり早期発見の「幸運の日」だったのだ。そして、こうして再びがんをやっつける治療を受けながら生きている。
やりたいことも、たのしみもある。生きがい寿命はまだ続く。医学の進歩で、そういう時代になった。
昨日の夕方、久しぶりに次男がやって来た。石打からいただいたコシヒカリの新米を渡した。「今夜は自炊をするよ」とうれしそうだった。出張が多い独身生活で、ひとり飯はさびしいだろうに。
「今度ゆっくり帰っておいで。以前、△△(長男)も一緒に家族そろって、晩ご飯を食べて、お酒を飲んだ後で、お父さんがすごくよろこんでいたから」
「うん、わかった」
カミさんがこんなことを言うようになった。「お父さんがすごくよろこんでいたから」。ぼくがいちばん言いたいことを伝えてくれた。
次男は勤め先で製造販売している数種類の漢方をたくさん持って来てくれた。正確に言えば、漢方のエキスを抽出して顆粒状にした栄養補助食品で、一つひとつがちいさなパッケージ入りになっている。
「お父さん、どんどん飲んで。また持って来るから」
「ありがとな。よし、じゃあ、遠慮しないで飲むか。でも、無理しなくていいからな」
ここに抗がん剤に負けない免疫力アップの理由がある。これも恵まれている幸運のひとつ。
いつもおもう。闘っているのは、ぼくひとりではない。
■カミさんと一緒に、冬から春先まで、団地の花壇に咲かせる花の苗を買って来た(手前のかごのなかの花)。
一刀両断とはいかない ― 2025年11月16日 16時38分
先日、団地の花壇の花を冬から春先まで咲く花に植え替えた。いつもはぼくが山芋堀りの道具を使って、かなり深くまで土を掘り起こすのだが、副作用がひどく、頭も両脚もふらふらして、立っているのがやっとだから、カミさんがひとりでがんばった。
この花壇の手入れは、ぼくたち夫婦の季節の行事になっている。そのことを知っている人たちもいて、今回もカミさんは3人の女性から声をかけられたという。
いちばん多いのは、「きれいなお花をありがとうございます。いつもここを通るたびに、立ち止まって見ています」。
なかには、こんなことを話す人もいる。この日もそうだったという。
「お花、盗られるでしょ。わたしもせっかく植えたのに、すぐ盗られるので、もう植えるのを止めました。花を抜いたまま、そこに置きっぱなしにする人がいるんですよ」
「ええ。わたしも何度もやられました。植えたばかりのその日に、花を盗られて、茎ごと引き抜かれて、ほったらかしでした。あんなことをされるとがっかりしますね」
そう答えながら、カミさんの脳裏に浮かんだのは、ぼくがおもったのと同一の人物だった。
あの手口は、例の「花盗りばあさん」しかいない。何度注意しても止めない。現場を見かけた人が声をかけても徒労に終わる。「どうやら、あのお婆さん、ボケているみたい」がこのあたりの定評になっている。
いくらか心配になって、以前、本人から聞いたところでは、夫は亡くなって、50代の息子さんとふたり暮らしとか。
このへんのことはちゃんと話すのだ。彼女の人生の紆余曲折は知るよしもないが、咲いている花を見ると手を伸ばさずにはいられない理由があるのだろう。(夫の仏壇に飾るからと言って、あちこちで摘みとった花は歩いている間にしおれてしまい、途中でぜんぶ捨てている。)
人は一部の言動だけを見て、一刀両断というわけにはいかない。断絶や無縁社会が広がり、高市政権になって、飛びつきやすいナショナリズムも勢いを増して、複雑きわまる物事を単純に片付ける風潮が目につく世のなかになった。こんな話をする相手は近くにいなくなってしまったが、よくよく心しなければ。
さて、きょうは点滴が終わって4日目。
昨日は、長男が朝はやくから釣りに行って、立派なタチウオを3枚におろして、小骨をとりのぞいて持って来た。さっそく刺し身にして、5日ぶりに軽く酒杯をあげた。
「なにもできなくて、情けないなぁ」が、息子のお陰で、「幸せだなぁ」に変わった。
やさしくて気のいい長男も、明るくて積極的な次男も、さんざん苦労して、何度も何度も痛い目に遭い、経験のない仕事に飛び込んで、またスタート時点に戻って、そこから道を切り拓いて来た。酒をやりながら、そんなことを思いだした。
この花壇の手入れは、ぼくたち夫婦の季節の行事になっている。そのことを知っている人たちもいて、今回もカミさんは3人の女性から声をかけられたという。
いちばん多いのは、「きれいなお花をありがとうございます。いつもここを通るたびに、立ち止まって見ています」。
なかには、こんなことを話す人もいる。この日もそうだったという。
「お花、盗られるでしょ。わたしもせっかく植えたのに、すぐ盗られるので、もう植えるのを止めました。花を抜いたまま、そこに置きっぱなしにする人がいるんですよ」
「ええ。わたしも何度もやられました。植えたばかりのその日に、花を盗られて、茎ごと引き抜かれて、ほったらかしでした。あんなことをされるとがっかりしますね」
そう答えながら、カミさんの脳裏に浮かんだのは、ぼくがおもったのと同一の人物だった。
あの手口は、例の「花盗りばあさん」しかいない。何度注意しても止めない。現場を見かけた人が声をかけても徒労に終わる。「どうやら、あのお婆さん、ボケているみたい」がこのあたりの定評になっている。
いくらか心配になって、以前、本人から聞いたところでは、夫は亡くなって、50代の息子さんとふたり暮らしとか。
このへんのことはちゃんと話すのだ。彼女の人生の紆余曲折は知るよしもないが、咲いている花を見ると手を伸ばさずにはいられない理由があるのだろう。(夫の仏壇に飾るからと言って、あちこちで摘みとった花は歩いている間にしおれてしまい、途中でぜんぶ捨てている。)
人は一部の言動だけを見て、一刀両断というわけにはいかない。断絶や無縁社会が広がり、高市政権になって、飛びつきやすいナショナリズムも勢いを増して、複雑きわまる物事を単純に片付ける風潮が目につく世のなかになった。こんな話をする相手は近くにいなくなってしまったが、よくよく心しなければ。
さて、きょうは点滴が終わって4日目。
昨日は、長男が朝はやくから釣りに行って、立派なタチウオを3枚におろして、小骨をとりのぞいて持って来た。さっそく刺し身にして、5日ぶりに軽く酒杯をあげた。
「なにもできなくて、情けないなぁ」が、息子のお陰で、「幸せだなぁ」に変わった。
やさしくて気のいい長男も、明るくて積極的な次男も、さんざん苦労して、何度も何度も痛い目に遭い、経験のない仕事に飛び込んで、またスタート時点に戻って、そこから道を切り拓いて来た。酒をやりながら、そんなことを思いだした。
あの騒ぎは何だったのか ― 2025年11月18日 18時36分
谷底から脱出した。昨日の朝、起きたときにそう感じた。いつもより2、3日はやい。睡眠時間を増やしたのがよかった。
体調がよくなったら、無性にちゃんぽんを食べたくなった。きょうの昼食はぼくが台所に立った。ちゃんぽんなんて、簡単なものだ。たっぷりの野菜をカミさんも完食した。
九州からはなれたところでは、ちゃんぽん麺も、専用のスープも手に入りにくいが、ここではどこのスーパーにもある。博多名物のもつ鍋や水炊きと同じで、家庭で作るのが一般的である。東京ではこちらのうどん屋が快進撃しているようだが、きっと受けるとおもっていた。こうして食い物のことが次々に浮かぶのも、元気になった証拠である。
そうそう昨日はおもしろいことがあった。それも書いておこう。
一昨日、突然、テレビのデジタル放送が映らなくなった。BSはちゃんと映る。2画面もOK。たぶんこいつが原因だろうとアンテナケーブルを何度も外したり、接続したりしたが、まったく駄目。説明書に載っている処置も、ネットで検索した対応策もみなやった。だが、ぜんぶ無駄骨だった。頭を切り替えて、対策は翌日に持ち越した。
「もう買ってから長いもんね。買い替えないといけないかなぁ」
「まだやることがあるよ。アンテナケーブルが壊れている可能性しか、考えられん。やるだけやってみよう」
こうみえても、ぼくはマイカーの運転席側のドアの取っ手が壊れたとき、内側のカバーを外して、ゴム紐一本で修繕したことがある。隠れていた内部の仕組みを見たら、原理はごく簡単だった。
昼前に家電量販店で、長さ2メートルのアンテナケーブルを買って来た。午後4時過ぎ、ケーブルの両端をそれぞれの差し込み口にしっかり押し込んだ。
期待と願望を込めて、テレビの電源を入れた。
駄目だった。万事休す。
それから、はやめの風呂にはいった。
(寿命だったのだ。じたばたしても仕様がない。あのサイズのテレビはいくらぐらいするかなぁ。あーあ、カネがかかるなぁ)
5分ほど経ったときだった。
「お父さん。テレビ、映ったよ!」
いったい、あの騒ぎは何だったのだろうか。
体調がよくなったら、無性にちゃんぽんを食べたくなった。きょうの昼食はぼくが台所に立った。ちゃんぽんなんて、簡単なものだ。たっぷりの野菜をカミさんも完食した。
九州からはなれたところでは、ちゃんぽん麺も、専用のスープも手に入りにくいが、ここではどこのスーパーにもある。博多名物のもつ鍋や水炊きと同じで、家庭で作るのが一般的である。東京ではこちらのうどん屋が快進撃しているようだが、きっと受けるとおもっていた。こうして食い物のことが次々に浮かぶのも、元気になった証拠である。
そうそう昨日はおもしろいことがあった。それも書いておこう。
一昨日、突然、テレビのデジタル放送が映らなくなった。BSはちゃんと映る。2画面もOK。たぶんこいつが原因だろうとアンテナケーブルを何度も外したり、接続したりしたが、まったく駄目。説明書に載っている処置も、ネットで検索した対応策もみなやった。だが、ぜんぶ無駄骨だった。頭を切り替えて、対策は翌日に持ち越した。
「もう買ってから長いもんね。買い替えないといけないかなぁ」
「まだやることがあるよ。アンテナケーブルが壊れている可能性しか、考えられん。やるだけやってみよう」
こうみえても、ぼくはマイカーの運転席側のドアの取っ手が壊れたとき、内側のカバーを外して、ゴム紐一本で修繕したことがある。隠れていた内部の仕組みを見たら、原理はごく簡単だった。
昼前に家電量販店で、長さ2メートルのアンテナケーブルを買って来た。午後4時過ぎ、ケーブルの両端をそれぞれの差し込み口にしっかり押し込んだ。
期待と願望を込めて、テレビの電源を入れた。
駄目だった。万事休す。
それから、はやめの風呂にはいった。
(寿命だったのだ。じたばたしても仕様がない。あのサイズのテレビはいくらぐらいするかなぁ。あーあ、カネがかかるなぁ)
5分ほど経ったときだった。
「お父さん。テレビ、映ったよ!」
いったい、あの騒ぎは何だったのだろうか。
昼から、わが家で「飲み会」です ― 2025年11月23日 12時37分
オレンジ色の光が満ちて、夜明けから青い空。きょうは朝からやることがある。
午後1時からわが家で団地の仲良し夫婦・Hoさんとの「昼飲み会」がある。恒例の小宴で、以前は室見川沿いのちいさな森の公園で、キャンプ道具のテーブルや椅子を並べて楽しんでいたが、寒い季節はいつもわが家と決まっている。
酒好きで、飲む気満々(奥さんの話)、さらに大食漢の旦那はまたいつものように何種類もの缶ビールから缶チューハイ、清酒、その他をおおきなクーラーボッスに詰めて、ローラーで引っ張って来るに違いない。
またいつものように「おでん」作り担当のぼくは、昨日から大根、コンニャク、卵を家でいちばんおおきな鍋に仕込んでおいた。今朝はその続きをやった。ごぼう天などは食べる20分ぐらい前に入れればいい。こちらも缶ビール、清酒、焼酎を用意した。
家に人が来るのは好きである。「人が集まらない家はよくない」。自然にそうおもわせる環境で育った。人が集まる家には「福」があるというか、居心地がいいものだ。
そんな親戚の家がいくつもあった。そこには兄弟のような従弟たちがいて、にぎやかに食べて、大笑いして飲んで、いつでも泊まれるところだった。東京にも、学生時代から息子のようにかわいがってくれた夫婦がいた。ぼくの歯ブラシまで置いてあった。
だが、こちらが年をとるにつれて全滅してしまった。残っているのはカミさんの郷の1軒だけである。少子化が止まらないとは、まわりまわって、こういう家族関係も薄れて、消えてなくなるということだ。
いまの子どもたちは、人が集まるどころではない。
コロナでマスクを強制され、外にも出られず、夏はとんでもない猛暑で、これまた外に出るのは危険と言われ、原っぱで遊べば、草むらのなかにマダニがいると脅かされ、本来は人気もののクマも人を襲う危険な猛獣と意識づけされている。テレビのニュースをつけたら、戦争の地獄絵が出てくる。
一つひとつが事実である。大人たちは子どもたちが置かれている環境に気がついているだろうか。
ここまで書いていたら、カミさんから「あと30分で来るよ」と声がかかった
さて、漢方の胃薬を飲んで、飲み会にそなえなければ。部屋のなかは陽ざしが降り注いで暖かい。いい天気でよかった。
午後1時からわが家で団地の仲良し夫婦・Hoさんとの「昼飲み会」がある。恒例の小宴で、以前は室見川沿いのちいさな森の公園で、キャンプ道具のテーブルや椅子を並べて楽しんでいたが、寒い季節はいつもわが家と決まっている。
酒好きで、飲む気満々(奥さんの話)、さらに大食漢の旦那はまたいつものように何種類もの缶ビールから缶チューハイ、清酒、その他をおおきなクーラーボッスに詰めて、ローラーで引っ張って来るに違いない。
またいつものように「おでん」作り担当のぼくは、昨日から大根、コンニャク、卵を家でいちばんおおきな鍋に仕込んでおいた。今朝はその続きをやった。ごぼう天などは食べる20分ぐらい前に入れればいい。こちらも缶ビール、清酒、焼酎を用意した。
家に人が来るのは好きである。「人が集まらない家はよくない」。自然にそうおもわせる環境で育った。人が集まる家には「福」があるというか、居心地がいいものだ。
そんな親戚の家がいくつもあった。そこには兄弟のような従弟たちがいて、にぎやかに食べて、大笑いして飲んで、いつでも泊まれるところだった。東京にも、学生時代から息子のようにかわいがってくれた夫婦がいた。ぼくの歯ブラシまで置いてあった。
だが、こちらが年をとるにつれて全滅してしまった。残っているのはカミさんの郷の1軒だけである。少子化が止まらないとは、まわりまわって、こういう家族関係も薄れて、消えてなくなるということだ。
いまの子どもたちは、人が集まるどころではない。
コロナでマスクを強制され、外にも出られず、夏はとんでもない猛暑で、これまた外に出るのは危険と言われ、原っぱで遊べば、草むらのなかにマダニがいると脅かされ、本来は人気もののクマも人を襲う危険な猛獣と意識づけされている。テレビのニュースをつけたら、戦争の地獄絵が出てくる。
一つひとつが事実である。大人たちは子どもたちが置かれている環境に気がついているだろうか。
ここまで書いていたら、カミさんから「あと30分で来るよ」と声がかかった
さて、漢方の胃薬を飲んで、飲み会にそなえなければ。部屋のなかは陽ざしが降り注いで暖かい。いい天気でよかった。
いいことがたくさんありますように ― 2025年11月25日 17時50分
またテレビの地デジが映らなくなった。デジタル放送は2画面とBSは映る。2画面の片方の画面を拡大したり、見たい番組は録画して、すぐ再生する手があるけれど、いよいよ限界かな。いつもの家電量販店に行ってみようかな。
ときどき家電量販店のなかを歩くのはいいもので、先日は「ひと世代前のアイフォンが月々1円の支払いで手に入る」という耳寄りな話を聞いた。アイフォンに限らず、ほかの携帯でも「1円でいい」という。
この情報を教えてくれたのはauの担当の若い男性で、「裏技です」と言っていた。
ところが3日後に同じ携帯電話のコーナーで、今度はドコモの担当者が近づいてきて、「1円ですよ」と言う。ということは、ソフトバンクも同じだろう。
(聞きまちがいじゃないだろうな。だいぶ前から、ボケが来ているからなぁ。)
この話、一昨日の「昼のみ会」でも盛り上がった。スマホの性能のごく一部しか使いこなしていないぼくたちは、この手の情報にはとんと縁がなく、世のなかの変化のスピードについていけなくなって、知らないところで、ずいぶん損をしているかもしれない。
さて、「昼飲み会」はたのしかった。「では、これから、いいことがたくさんありますように。カンパーイ」のぼくの音頭から始まって、お開きになったのは5時過ぎ。
ぼくの6歳年下のHoさんは、やっぱりいい酒を持って来た。
「これを飲みましょう。珍しいのを見つけました」
「おっ。寒北斗か。いいですね」
「ええ。それも試験醸造の酒で、販売の数が限られているそうです」
「試験醸造ですか」
「はい。米を削る精米歩合が50%、60%ではなく、80%ですから。米の値段が高くなっているので、低精白の酒造りにチャレンジしたんでしょうね」
ラベルにも「試験醸造」、「酒質目標 低精白模索中」と印刷されている。
「こういうの、いいんじゃないですか。精米歩合30%とか、米粒の芯だけしか使わないで、720mlで1万円以上もする酒なんて、飲む気しないよね」
『寒北斗』の4合瓶をおおぶりの盃に差しつ、差さされつ、最後の方は手酌になって、気持ちよく空にした。
Hoさんは缶ビールもまだ飲んだこともない新発売の商品を1ダース、クーラーボックスから取り出した。こういうことをやるのが好きなのだ。
にこにこしながら、ハガツオのたたき、カワハギの薄造りも出て来た。奥さんからは、みかん、柿、りんごの秋のフルーツ祭りと来た。
おでんも、カミさんの小鉢料理も売れ行きは上々だったが、まるでぼくたち夫婦の方がもてなされているみたいで、Ho夫人は「自分の家よりも、ここの方が落ち着くのよね」と言ったことがある。
気の合う人と一緒に「飲み会」をやると元気が出てくる。ぼくのからだのことを承知の上で、Hoさん夫婦は来てくれた。団地に仲良し家族がいてよかった。
お互いに子どもは男の子ふたりで、あちらの長男とうちの次男は小学校から高校まで一緒の友だち。兄弟みな遠慮なしの仲である。
■団地の放置自転車。こんな状態のところがあちこちにあった。撤去日は、ぼくの思い込み違いで、きょういっせいに撤去された。
ときどき家電量販店のなかを歩くのはいいもので、先日は「ひと世代前のアイフォンが月々1円の支払いで手に入る」という耳寄りな話を聞いた。アイフォンに限らず、ほかの携帯でも「1円でいい」という。
この情報を教えてくれたのはauの担当の若い男性で、「裏技です」と言っていた。
ところが3日後に同じ携帯電話のコーナーで、今度はドコモの担当者が近づいてきて、「1円ですよ」と言う。ということは、ソフトバンクも同じだろう。
(聞きまちがいじゃないだろうな。だいぶ前から、ボケが来ているからなぁ。)
この話、一昨日の「昼のみ会」でも盛り上がった。スマホの性能のごく一部しか使いこなしていないぼくたちは、この手の情報にはとんと縁がなく、世のなかの変化のスピードについていけなくなって、知らないところで、ずいぶん損をしているかもしれない。
さて、「昼飲み会」はたのしかった。「では、これから、いいことがたくさんありますように。カンパーイ」のぼくの音頭から始まって、お開きになったのは5時過ぎ。
ぼくの6歳年下のHoさんは、やっぱりいい酒を持って来た。
「これを飲みましょう。珍しいのを見つけました」
「おっ。寒北斗か。いいですね」
「ええ。それも試験醸造の酒で、販売の数が限られているそうです」
「試験醸造ですか」
「はい。米を削る精米歩合が50%、60%ではなく、80%ですから。米の値段が高くなっているので、低精白の酒造りにチャレンジしたんでしょうね」
ラベルにも「試験醸造」、「酒質目標 低精白模索中」と印刷されている。
「こういうの、いいんじゃないですか。精米歩合30%とか、米粒の芯だけしか使わないで、720mlで1万円以上もする酒なんて、飲む気しないよね」
『寒北斗』の4合瓶をおおぶりの盃に差しつ、差さされつ、最後の方は手酌になって、気持ちよく空にした。
Hoさんは缶ビールもまだ飲んだこともない新発売の商品を1ダース、クーラーボックスから取り出した。こういうことをやるのが好きなのだ。
にこにこしながら、ハガツオのたたき、カワハギの薄造りも出て来た。奥さんからは、みかん、柿、りんごの秋のフルーツ祭りと来た。
おでんも、カミさんの小鉢料理も売れ行きは上々だったが、まるでぼくたち夫婦の方がもてなされているみたいで、Ho夫人は「自分の家よりも、ここの方が落ち着くのよね」と言ったことがある。
気の合う人と一緒に「飲み会」をやると元気が出てくる。ぼくのからだのことを承知の上で、Hoさん夫婦は来てくれた。団地に仲良し家族がいてよかった。
お互いに子どもは男の子ふたりで、あちらの長男とうちの次男は小学校から高校まで一緒の友だち。兄弟みな遠慮なしの仲である。
■団地の放置自転車。こんな状態のところがあちこちにあった。撤去日は、ぼくの思い込み違いで、きょういっせいに撤去された。
行きつけの床屋、ついに廃業 ― 2025年11月26日 18時01分
短く刈りつめていた髪が伸びて、白髪頭がうっとうしくなっていたので、寒いなかをいつもの床屋に行った。3時半過ぎ、この時間帯なら空いている。
車をすぐ近くの専用駐車場に停めて、道路を渡り、さて、店のなかに入ろうかな。と、その気でいたら、どこか様子が違っていた。
あのクルクルまわる床屋の目印がない。見なれない青色のシャッターが下りたまま。店の看板もない。なにもない、のっぺらぼうの建物だけ。
あちゃー。廃業したんだ。
もう、がっくり。これからどうしたらいいんだ、どこへ行けばいいんだ。
あのピカピカ頭の大将との付き合いは30年以上も続いていた。愛嬌は客によって、あったり、なかったりだが、根は明るくて、正義感が強く、腕は確か、仕事は速い。料金はお得なシニア割引きもあって、相場の半値以下の1,450円ですむ。
高齢の男性客たちの「救いの店」だった。みなさん、行くところが突然なくなって、さぞがっかりしただろうな。
ハサミと櫛を操る大将とカミソリを扱う奥さんの息の合ったコンビが、「そろそろ店を辞めようかなと考えています」と縁起でもないことを言い出してから、すでに3、4年。週1回の店休日が昨年から2回になり、長い休暇もとるようになって、夫婦で東北や北海道旅行を楽しんでいた。
大将も70代になったはず。いつ辞めてもおかしくない。ただ、ひと言、「長いあいだ、お疲れさまでした。お世話になりました」と言いたかった。
またひとつ、昔気質の個人経営の店が消えてしまった。そして、行き場を失った年金暮らしの常連客は茫然自失となって、しばしのあいだ路頭に迷う。
いまの自分がそうである。どこかほかの床屋を探さなくては。でも、あんなふうにリラックスできる床屋さんはどこにもないだろうな。
さきほど同じ棟に住むUさんから電話があった。畑で育てているジャガイモに関する質問だった。ダイコンのことも訊かれた。知っていることは伝えたが、ふと彼の頭が浮かんだ。彼は野球をやっていたから、常にくるくる坊主である。それがよく似合っている。
あれならバリカンがあればやれる。中学、高校時代の男子はみな坊主頭だった。そうか、その手があった。立ち上がって、鏡を見た。
・・・・。止めた。
■室見川のすぐ近くの公園。写真には映っていないが、右手にあるコンクリートのテーブルと長椅子を利用して、昼飲み会をやっている4人連れの高齢男性がいた。ここが彼らの「行き場」なのかな。
車をすぐ近くの専用駐車場に停めて、道路を渡り、さて、店のなかに入ろうかな。と、その気でいたら、どこか様子が違っていた。
あのクルクルまわる床屋の目印がない。見なれない青色のシャッターが下りたまま。店の看板もない。なにもない、のっぺらぼうの建物だけ。
あちゃー。廃業したんだ。
もう、がっくり。これからどうしたらいいんだ、どこへ行けばいいんだ。
あのピカピカ頭の大将との付き合いは30年以上も続いていた。愛嬌は客によって、あったり、なかったりだが、根は明るくて、正義感が強く、腕は確か、仕事は速い。料金はお得なシニア割引きもあって、相場の半値以下の1,450円ですむ。
高齢の男性客たちの「救いの店」だった。みなさん、行くところが突然なくなって、さぞがっかりしただろうな。
ハサミと櫛を操る大将とカミソリを扱う奥さんの息の合ったコンビが、「そろそろ店を辞めようかなと考えています」と縁起でもないことを言い出してから、すでに3、4年。週1回の店休日が昨年から2回になり、長い休暇もとるようになって、夫婦で東北や北海道旅行を楽しんでいた。
大将も70代になったはず。いつ辞めてもおかしくない。ただ、ひと言、「長いあいだ、お疲れさまでした。お世話になりました」と言いたかった。
またひとつ、昔気質の個人経営の店が消えてしまった。そして、行き場を失った年金暮らしの常連客は茫然自失となって、しばしのあいだ路頭に迷う。
いまの自分がそうである。どこかほかの床屋を探さなくては。でも、あんなふうにリラックスできる床屋さんはどこにもないだろうな。
さきほど同じ棟に住むUさんから電話があった。畑で育てているジャガイモに関する質問だった。ダイコンのことも訊かれた。知っていることは伝えたが、ふと彼の頭が浮かんだ。彼は野球をやっていたから、常にくるくる坊主である。それがよく似合っている。
あれならバリカンがあればやれる。中学、高校時代の男子はみな坊主頭だった。そうか、その手があった。立ち上がって、鏡を見た。
・・・・。止めた。
■室見川のすぐ近くの公園。写真には映っていないが、右手にあるコンクリートのテーブルと長椅子を利用して、昼飲み会をやっている4人連れの高齢男性がいた。ここが彼らの「行き場」なのかな。
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