新春、来たる。オレはシアワセ者だなぁ ― 2026年01月02日 17時17分
新年も二日目。外の気温は2度。風もなく、朝からずっと静かで、車の走る音も聞こえない。ときどき灰色の雲のあいだからお日様が顔をだす。白い雪は降っては止んでの気まぐれな冬の演出を繰り返している。
本来ならば、カミさんは仕事始めの日だった。「もっと仕事をしたいから、替わっていいよ」という同じパートの女性のお陰で、お正月らしくゆっくりできる。ありがたい申し出だった。
カミさんは大晦日も朝4時半に起きて、6時から9時まで働いた。仕事先の福祉施設のパート仲間には、50代の男性、60代の女性、学生もいる。夜勤明けの日も寝ないでダブルワークする人もいる。障がいを持つ30代の息子さんを抱えている女性もいるという。
いますぐ辞めても当然だと思われる事態に巻き込まれても、そこで踏ん張って、がんばらないと食べていけない人たちがこんなにいる。政治家はいったいどこを向いているのかとおもう。
この福祉施設の利用者には、お正月も家に帰れない、両親がいない、帰る家がない人たちもいる。本人たちには何の責任もないのだ。家にも面倒をみれない事情があるようで、だれもそのことを責められないだろう。
これがカミさんの目に映る身近な年の瀬の光景だった。それに引き換え、わが身はどうか。
施設にいる人たちと違って、目も見える。声も出る。相手の話も理解できる。自由に歩ける。食べたいものを食べられる。酒も飲める。原稿も書ける。なによりも心強い味方の明るい家族がそばにいる。こちらも憂うつな病気持ちではあるけれど、まだまだ元気。
このところ、「ああ、オレはシアワセだなぁ」と口に出すことが多くなった。新年を迎えて、これからやりたいこともはっきりした。
さて、夕方には長男と次男がやって来る。久しぶりに家族4人がそろう。大晦日も元日も夫婦ふたりだったので、おせち料理はなにもない。ぼくは男料理の「モツの煮込み」だけを作った。カミさんは息子たちの好物をいろいろ用意している。
にぎやかで、うまい酒が飲めるぞ。もうすぐ2歳になる孫のKo君の顔も見たいけれど、長男のお嫁さんからは「近いうちに連れて行きますから」の連絡があった。そのときは、お酒が好きなかわいい娘(お嫁さん)とKo君を相手に一杯やるか。
たった今、いつも活発な次男が到着。頼んでおいた漢方をいっぱい持って来てくれた。
「ありがとうな。シアワセだなぁ」がまた口から出た。
■元日の朝は新潟の味のおいしい雑煮を食べて、夫婦そろって近くの寶満神社に初詣に行った。例年よりも願いごとが多くて、立ったままの姿勢を持ちこたえきれずに少しふらついた。
体力が大事だな。少し足腰を鍛えなくては。
本来ならば、カミさんは仕事始めの日だった。「もっと仕事をしたいから、替わっていいよ」という同じパートの女性のお陰で、お正月らしくゆっくりできる。ありがたい申し出だった。
カミさんは大晦日も朝4時半に起きて、6時から9時まで働いた。仕事先の福祉施設のパート仲間には、50代の男性、60代の女性、学生もいる。夜勤明けの日も寝ないでダブルワークする人もいる。障がいを持つ30代の息子さんを抱えている女性もいるという。
いますぐ辞めても当然だと思われる事態に巻き込まれても、そこで踏ん張って、がんばらないと食べていけない人たちがこんなにいる。政治家はいったいどこを向いているのかとおもう。
この福祉施設の利用者には、お正月も家に帰れない、両親がいない、帰る家がない人たちもいる。本人たちには何の責任もないのだ。家にも面倒をみれない事情があるようで、だれもそのことを責められないだろう。
これがカミさんの目に映る身近な年の瀬の光景だった。それに引き換え、わが身はどうか。
施設にいる人たちと違って、目も見える。声も出る。相手の話も理解できる。自由に歩ける。食べたいものを食べられる。酒も飲める。原稿も書ける。なによりも心強い味方の明るい家族がそばにいる。こちらも憂うつな病気持ちではあるけれど、まだまだ元気。
このところ、「ああ、オレはシアワセだなぁ」と口に出すことが多くなった。新年を迎えて、これからやりたいこともはっきりした。
さて、夕方には長男と次男がやって来る。久しぶりに家族4人がそろう。大晦日も元日も夫婦ふたりだったので、おせち料理はなにもない。ぼくは男料理の「モツの煮込み」だけを作った。カミさんは息子たちの好物をいろいろ用意している。
にぎやかで、うまい酒が飲めるぞ。もうすぐ2歳になる孫のKo君の顔も見たいけれど、長男のお嫁さんからは「近いうちに連れて行きますから」の連絡があった。そのときは、お酒が好きなかわいい娘(お嫁さん)とKo君を相手に一杯やるか。
たった今、いつも活発な次男が到着。頼んでおいた漢方をいっぱい持って来てくれた。
「ありがとうな。シアワセだなぁ」がまた口から出た。
■元日の朝は新潟の味のおいしい雑煮を食べて、夫婦そろって近くの寶満神社に初詣に行った。例年よりも願いごとが多くて、立ったままの姿勢を持ちこたえきれずに少しふらついた。
体力が大事だな。少し足腰を鍛えなくては。
入院。新しい化学療法スタート ― 2026年01月05日 17時49分
いま病室のベッドの上にいる。新年早々、世間一般は仕事始めの日に、また入院した。仕事が終わったカミさんも病室まで付き合ってくれた。
冬場の入院は、3年前の手術を思い出す。たまたまあのときと同じ病室の、同じ場所のベッドである。あのときは生還した。正月からゲンがいい。
13時30分過ぎ、点滴開始。新しい化学療法が始まった。早くて明日の午後、遅くても明後日の午前中には退院できる。
今度の抗がん剤が、今度こそ、効いてくれますように。
おめでたい正月を前に病気の話を持ち出して、このブログを読んでくれている人たちに余計な心配をかけたくなかった。でも、だからこそ、きちんと書いておかねば。
あの日、こんなやりとりがあった。
年末のCT検査の結果説明の日、担当医はいつになくけわしい顔をしていた。タフで、実践経験が豊富で、決断力もある彼は若い外科部長でもある。
「こことここの癌が少し大きくなっているんだよね。お腹の皮膚の下にも(転移して)できているんだよなぁ」
「お腹の皮膚の下」には思い当たることがあ.る。ふた月ほど前からヘソの上のいったいが固いボールみたいにガチガチに膨らんで、顔をしかめるほど痛くなっていた。このことは外科と糖尿病科の医師にも話しておいた。
固いコブを指先でそっと撫ぜながら、「もしかしたら」と嫌な予感がした。だが、「こんなおおきな癌はないよな」と自分に言い聞かせていた。たぶん、ネットで調べたインスリンボールだろうと思っていた。インスリン注射を同じところに打ち続けているとインスリンボールができてしまう。1日に4回も打っているから、そうなる可能性はあった。
「すい癌はこれだからなぁ。どこに飛んでいくかわからない。これまでの抗がん剤は止めて、別の抗がん剤を考えましょう。痛み止めに麻薬(モルヒネ)を出しておきます」
「お願いします。残念だけど、闘う気持ちは変わりませんから」
これまでの抗がん剤は効いていたのだ、こうなる前までは。苦労をかけているカミさんに、「来年はよくなるよ」と明るい話をするつもりで出かけたのに、まったく逆の目が出た。
帰宅して、心配顔のカミさんにぜんぶ話した。これ以上、重い荷物を背負わせたくないけれど、これからも共に戦ってくれるいちばんの味方である。
すでにぼくの頭のなかは切り替わっている。戦う武器は言葉しかないのだ。これをやるんだというストーリーはできている。明るい出口へ向かって、ぼくたちができることをいっぱい挙げた。涙をこらえていたカミさんも、「お父さん、がんばろうね。きっとよくなるよ」と言ってくれた。
お正月に集まったふたりの息子にも話した。独り暮らしだったら、とても持ちこたえきれないだろう。頼りになる家族がいてくれて、本当にシアワセ者だとおもう。
15時30分。抗がん剤の点滴終了。
点滴が始まるとき、この病室までやって来た担当の医師は、お正月休みは1日もなかったという。大晦日は手術をしたそうだ。
この頑張り、感服するほかない。頼りになる、いい男だなぁ、とおもう。こちらも患者として、やることがある。
「からだを大事にしてね。ぼくたちの命綱なんだから」
「仕事をしている方がいいかな。倒れたら、倒れたで、そのときですよ」
「なにを言ってるの。まだ若いんだからね」
新しい闘いが始まった。ぼくのチームは新年からいい感じでスタートした。
■また同じ病室から、同じ景色を見ることになった。
冬場の入院は、3年前の手術を思い出す。たまたまあのときと同じ病室の、同じ場所のベッドである。あのときは生還した。正月からゲンがいい。
13時30分過ぎ、点滴開始。新しい化学療法が始まった。早くて明日の午後、遅くても明後日の午前中には退院できる。
今度の抗がん剤が、今度こそ、効いてくれますように。
おめでたい正月を前に病気の話を持ち出して、このブログを読んでくれている人たちに余計な心配をかけたくなかった。でも、だからこそ、きちんと書いておかねば。
あの日、こんなやりとりがあった。
年末のCT検査の結果説明の日、担当医はいつになくけわしい顔をしていた。タフで、実践経験が豊富で、決断力もある彼は若い外科部長でもある。
「こことここの癌が少し大きくなっているんだよね。お腹の皮膚の下にも(転移して)できているんだよなぁ」
「お腹の皮膚の下」には思い当たることがあ.る。ふた月ほど前からヘソの上のいったいが固いボールみたいにガチガチに膨らんで、顔をしかめるほど痛くなっていた。このことは外科と糖尿病科の医師にも話しておいた。
固いコブを指先でそっと撫ぜながら、「もしかしたら」と嫌な予感がした。だが、「こんなおおきな癌はないよな」と自分に言い聞かせていた。たぶん、ネットで調べたインスリンボールだろうと思っていた。インスリン注射を同じところに打ち続けているとインスリンボールができてしまう。1日に4回も打っているから、そうなる可能性はあった。
「すい癌はこれだからなぁ。どこに飛んでいくかわからない。これまでの抗がん剤は止めて、別の抗がん剤を考えましょう。痛み止めに麻薬(モルヒネ)を出しておきます」
「お願いします。残念だけど、闘う気持ちは変わりませんから」
これまでの抗がん剤は効いていたのだ、こうなる前までは。苦労をかけているカミさんに、「来年はよくなるよ」と明るい話をするつもりで出かけたのに、まったく逆の目が出た。
帰宅して、心配顔のカミさんにぜんぶ話した。これ以上、重い荷物を背負わせたくないけれど、これからも共に戦ってくれるいちばんの味方である。
すでにぼくの頭のなかは切り替わっている。戦う武器は言葉しかないのだ。これをやるんだというストーリーはできている。明るい出口へ向かって、ぼくたちができることをいっぱい挙げた。涙をこらえていたカミさんも、「お父さん、がんばろうね。きっとよくなるよ」と言ってくれた。
お正月に集まったふたりの息子にも話した。独り暮らしだったら、とても持ちこたえきれないだろう。頼りになる家族がいてくれて、本当にシアワセ者だとおもう。
15時30分。抗がん剤の点滴終了。
点滴が始まるとき、この病室までやって来た担当の医師は、お正月休みは1日もなかったという。大晦日は手術をしたそうだ。
この頑張り、感服するほかない。頼りになる、いい男だなぁ、とおもう。こちらも患者として、やることがある。
「からだを大事にしてね。ぼくたちの命綱なんだから」
「仕事をしている方がいいかな。倒れたら、倒れたで、そのときですよ」
「なにを言ってるの。まだ若いんだからね」
新しい闘いが始まった。ぼくのチームは新年からいい感じでスタートした。
■また同じ病室から、同じ景色を見ることになった。
まさか同じ病気とは。共同戦線で闘う ― 2026年01月10日 16時14分
これもめぐり合わせなのかなぁ。このブログ、載せようかどうか、3日間迷った。
新しい抗がん剤をからだに入れることになって、さぁ、やるかと気持ちを切り替えたところに、ふいに予想もしない知らせが飛び込んできた。
横浜に大学の後輩君がふたりいて、彼らはいまでも行き来するほど仲がいい。ことしこそ、ふたりで九州へ行きます、会いたいですね、と言ってくれる長年の友である。
そのうちのひとり、Ka君がぼくと同じすい臓がんになったという。
相棒のA君が電話で教えてくれた。ぼくが新たな闘いのために入院する前日のことだった。
胸のど真ん中に、グサッ! と来た。いくらなんでも、まさか、そんなことが。
A君も話すのが辛かったとおもう。彼の娘さんも乳がんと闘っているのだ。A君が奇しくもKa君と同じ病気持ちのぼくをつかまえて、何を言いたいのか、よくわかる。
それにしても、癌を抱えている人のなんと多いことか。ここまで来たら、珍しくもない、ごく普通の病気なのだと決めても不思議ではない。
先日、当のKa君から遅い年賀状が届いた。真っ赤なふわふわの服、白い髪、白くて長い髭。サンタのオジサンに扮した彼が笑っている。ふたりの息子さん、娘さん、幼い孫たちなど総勢9人家族の笑顔いっぱいの写真が目に入る。それよりも気になる手書きの短い文章を追った。
「△△さんの仲間入りをして、昨年秋から……すい臓がんの抗がん剤治療を……」。
やっぱりそうだった。
彼らが学生時代に所属していたクラブは、「西高3人組」のHa君が部長だった。さっそく小倉にいるHa君に連絡をとった。彼もKa君からの年賀状を読んだばかりという。
Ka君はいかにも北海道生まれの鷹揚とした性格の持ち主で、深刻な事態に遭っても、楽観的に気持ちを切り替えるのが上手な男である。そのことは今年の年賀状を見るだけでも伝わって来る。彼の持ち味はあのころとちっとも変っていない。
なんの因果だろうか、すい臓がんについても、ぼくの方が先輩格である。こちらは治療開始から丸3年あまりのキャリアがある。同じ病気の経験者だから、いくらかでも役に立てるかな。
こうしてKa君とのあいだでメールのやりとりが始まった。最初に、「手遅れになる前に見つかってよかった」と書いた。
さいわい副作用も少なく、体調は良好という。病院も専門の県立がんセンターと知って、少し安心した。気持ちの上でも、日々の生活でも、大事な点はちゃんと押さえていた。とりあえず、ぼくが伝えたいことはすでにやっていた。これから先、逆に教えてもらうこともいろいろ出て来るとおもう。
「何がなんでもKaを連れて、九州へ行きますから」
一報をくれたA君は何度もそう言っていた。彼もまたぼくらと同じくプラス志向の仲間である。
ということは、今度はこちら側の態勢が問題になるということだ。彼らと再会して、たのしく一杯やる日までに、何がなんでも元気になっておかなければ。
70歳を過ぎても、支えたり、支えられたり。劣等生の先輩と優秀な後輩たちの関係はそれぞれの歳月を経て、どうやら共に闘う戦友にランクアップしたようである。
■後輩君たちが学生時代の思い出として、よく話に出て来る軽食・喫茶のちいさな店『ヤコブ』。ぼくは「雇われマスター」をしていて、夜はときどき色気なしのスナックに化けた。
記憶にないけれど、Ka君には「オレは明日、忙しいから、この店、ぜんぶお前に任せる。好きなようにやっていいぞ」と無責任なことを言い、A君には千円札を1枚やって、「ホワイトでも、レッドでも好きなものを買って来いよ。ここで飲んでいいぞ」と言ったらしい。
そのころのぼくは可愛がってくれていた出版社の大先輩に甘えて、銀座や新宿ゴールデン街などで「社会勉強」をしていた。真面目な後輩君たちとのギャップがおもしろかった。
新しい抗がん剤をからだに入れることになって、さぁ、やるかと気持ちを切り替えたところに、ふいに予想もしない知らせが飛び込んできた。
横浜に大学の後輩君がふたりいて、彼らはいまでも行き来するほど仲がいい。ことしこそ、ふたりで九州へ行きます、会いたいですね、と言ってくれる長年の友である。
そのうちのひとり、Ka君がぼくと同じすい臓がんになったという。
相棒のA君が電話で教えてくれた。ぼくが新たな闘いのために入院する前日のことだった。
胸のど真ん中に、グサッ! と来た。いくらなんでも、まさか、そんなことが。
A君も話すのが辛かったとおもう。彼の娘さんも乳がんと闘っているのだ。A君が奇しくもKa君と同じ病気持ちのぼくをつかまえて、何を言いたいのか、よくわかる。
それにしても、癌を抱えている人のなんと多いことか。ここまで来たら、珍しくもない、ごく普通の病気なのだと決めても不思議ではない。
先日、当のKa君から遅い年賀状が届いた。真っ赤なふわふわの服、白い髪、白くて長い髭。サンタのオジサンに扮した彼が笑っている。ふたりの息子さん、娘さん、幼い孫たちなど総勢9人家族の笑顔いっぱいの写真が目に入る。それよりも気になる手書きの短い文章を追った。
「△△さんの仲間入りをして、昨年秋から……すい臓がんの抗がん剤治療を……」。
やっぱりそうだった。
彼らが学生時代に所属していたクラブは、「西高3人組」のHa君が部長だった。さっそく小倉にいるHa君に連絡をとった。彼もKa君からの年賀状を読んだばかりという。
Ka君はいかにも北海道生まれの鷹揚とした性格の持ち主で、深刻な事態に遭っても、楽観的に気持ちを切り替えるのが上手な男である。そのことは今年の年賀状を見るだけでも伝わって来る。彼の持ち味はあのころとちっとも変っていない。
なんの因果だろうか、すい臓がんについても、ぼくの方が先輩格である。こちらは治療開始から丸3年あまりのキャリアがある。同じ病気の経験者だから、いくらかでも役に立てるかな。
こうしてKa君とのあいだでメールのやりとりが始まった。最初に、「手遅れになる前に見つかってよかった」と書いた。
さいわい副作用も少なく、体調は良好という。病院も専門の県立がんセンターと知って、少し安心した。気持ちの上でも、日々の生活でも、大事な点はちゃんと押さえていた。とりあえず、ぼくが伝えたいことはすでにやっていた。これから先、逆に教えてもらうこともいろいろ出て来るとおもう。
「何がなんでもKaを連れて、九州へ行きますから」
一報をくれたA君は何度もそう言っていた。彼もまたぼくらと同じくプラス志向の仲間である。
ということは、今度はこちら側の態勢が問題になるということだ。彼らと再会して、たのしく一杯やる日までに、何がなんでも元気になっておかなければ。
70歳を過ぎても、支えたり、支えられたり。劣等生の先輩と優秀な後輩たちの関係はそれぞれの歳月を経て、どうやら共に闘う戦友にランクアップしたようである。
■後輩君たちが学生時代の思い出として、よく話に出て来る軽食・喫茶のちいさな店『ヤコブ』。ぼくは「雇われマスター」をしていて、夜はときどき色気なしのスナックに化けた。
記憶にないけれど、Ka君には「オレは明日、忙しいから、この店、ぜんぶお前に任せる。好きなようにやっていいぞ」と無責任なことを言い、A君には千円札を1枚やって、「ホワイトでも、レッドでも好きなものを買って来いよ。ここで飲んでいいぞ」と言ったらしい。
そのころのぼくは可愛がってくれていた出版社の大先輩に甘えて、銀座や新宿ゴールデン街などで「社会勉強」をしていた。真面目な後輩君たちとのギャップがおもしろかった。
不動産王トランプの本領発揮 ― 2026年01月11日 19時30分
昨日のわが家は、ほんわかとした空気に包まれた穏やかな一日だった。今日は孫のKo君の2歳の誕生日。その前日の昼前に長男家族がやって来た。かわいい盛りの顔を見るのは3か月ぶりである。
狭い部屋のなかをトコトコ歩きまわって、押し入れの戸を開ける。背伸びして、引き出しのなかをのぞく。テーブルの角に頭をぶつけそうになる。車のオモチャやシールを使って、ひとり遊びも上手になった。父親にしがみついていく姿に同じころの息子の姿が重なって、ただ見ているだけで、とても幸せな気分である。
気になるのは、世の中のことを何も知らないKo君の将来のことで、日本は、世界はどうなっているだろうか。
そのころはトランプも、プーチンも、習近平も、この世にはいない。3人にも歴史の審判が下りているはず。さて、いまの時代は世界史のなかで、どう呼ばれるだろうか。
試みに、トランプの性格を分析するために、使い慣れた編集のノウハウを使って、彼に「不動産王」の見出しをつけてみた。この見出しの下に、トランプと不動産に関する情報のすべてが集まるという便利な方法で、わけのわからない込み入った情報をシンプルに整理するのに役立つ。
では、始めてみよう。
トランプはイスラエルのカザ地区もアメリカがぜんぶ支配して、すばらしい街につくり直すと言った。ウクライナには、応援してほしいのなら、その代償として地下資源を寄こせと迫った。カナダには合衆国の州になれ。グリーンランドもオレのモノ。ベネズエラの原油もオレのモノ。
これってぜんぶ不動産である。
逆に、自分よりも優秀な人材は目の敵にする。ハーバード大学もそうで、ひところ流行った企業の評価は保有する土地の価格がすべて、という土地資本主義を思い出す。
アメリカで衰退している地域を復活させるために、トランプは非常識な高関税に踏み切った。他国からの移住者も含めて、これも地域の不動産価値が暴落するのを嫌ったのだと見れば、いかにも不動産業らしい発想で合点がいく。
地球環境保護もまた同じ。土地の乱開発を阻止するのは環境保護運動である。トランプにとってはまさに不倶戴天の敵になる。
だが、次々にめくっていく「トランプカード」がいつまでも通用するわけがない。不動産業が行き詰って、自己破産するのは、「急速に手を広げ過ぎたから」というのが歴史の教えである。いまのトランプがその見本で、彼の任期途中に、ターニングポイントが来ても驚くに足らずだ。
トランプは若いころ、確かアイスランドのさびしい漁村に大型開発のプランをぶち上げて、土地の人たちがその気になっていたのに、「儲からない」のひと言で、途中で放りだした過去がある。他人のことなんか、どうでもいいのだ。あの自己中心的な性格は変えようがない。
乱暴な仮説を立てて、軽く遊んでみたが、いくらは当たっているかもしれない。こういう人物に付き合うコツは、身も心も任せて、同じ船に乗らないこと。
お隣の習近平から徹底的に嫌われている高市首相、「わかっちゃいるけど、止められない」の一本調子にならないように。
■すぐ近くにある十月桜。だいぶおおきくなった。寒風のなか、ちいさな花が咲いている。
狭い部屋のなかをトコトコ歩きまわって、押し入れの戸を開ける。背伸びして、引き出しのなかをのぞく。テーブルの角に頭をぶつけそうになる。車のオモチャやシールを使って、ひとり遊びも上手になった。父親にしがみついていく姿に同じころの息子の姿が重なって、ただ見ているだけで、とても幸せな気分である。
気になるのは、世の中のことを何も知らないKo君の将来のことで、日本は、世界はどうなっているだろうか。
そのころはトランプも、プーチンも、習近平も、この世にはいない。3人にも歴史の審判が下りているはず。さて、いまの時代は世界史のなかで、どう呼ばれるだろうか。
試みに、トランプの性格を分析するために、使い慣れた編集のノウハウを使って、彼に「不動産王」の見出しをつけてみた。この見出しの下に、トランプと不動産に関する情報のすべてが集まるという便利な方法で、わけのわからない込み入った情報をシンプルに整理するのに役立つ。
では、始めてみよう。
トランプはイスラエルのカザ地区もアメリカがぜんぶ支配して、すばらしい街につくり直すと言った。ウクライナには、応援してほしいのなら、その代償として地下資源を寄こせと迫った。カナダには合衆国の州になれ。グリーンランドもオレのモノ。ベネズエラの原油もオレのモノ。
これってぜんぶ不動産である。
逆に、自分よりも優秀な人材は目の敵にする。ハーバード大学もそうで、ひところ流行った企業の評価は保有する土地の価格がすべて、という土地資本主義を思い出す。
アメリカで衰退している地域を復活させるために、トランプは非常識な高関税に踏み切った。他国からの移住者も含めて、これも地域の不動産価値が暴落するのを嫌ったのだと見れば、いかにも不動産業らしい発想で合点がいく。
地球環境保護もまた同じ。土地の乱開発を阻止するのは環境保護運動である。トランプにとってはまさに不倶戴天の敵になる。
だが、次々にめくっていく「トランプカード」がいつまでも通用するわけがない。不動産業が行き詰って、自己破産するのは、「急速に手を広げ過ぎたから」というのが歴史の教えである。いまのトランプがその見本で、彼の任期途中に、ターニングポイントが来ても驚くに足らずだ。
トランプは若いころ、確かアイスランドのさびしい漁村に大型開発のプランをぶち上げて、土地の人たちがその気になっていたのに、「儲からない」のひと言で、途中で放りだした過去がある。他人のことなんか、どうでもいいのだ。あの自己中心的な性格は変えようがない。
乱暴な仮説を立てて、軽く遊んでみたが、いくらは当たっているかもしれない。こういう人物に付き合うコツは、身も心も任せて、同じ船に乗らないこと。
お隣の習近平から徹底的に嫌われている高市首相、「わかっちゃいるけど、止められない」の一本調子にならないように。
■すぐ近くにある十月桜。だいぶおおきくなった。寒風のなか、ちいさな花が咲いている。
エッセイを応募した ― 2026年01月17日 15時32分
エッセイを書いた。「400字詰めの原稿用紙で、2枚から5枚」の条件を守った。久しぶりに公募に出そうとおもって書いた。
応募資格は中学生以上で、社会人は60代から70代が多い。高齢者が圧倒的なのは近年の特徴で、元気なうちに自分が生きてきた証を何かの形で残しておきたいのだろう。気持ちはぼくと同じだなぁ。
昨年は1,512人(中高生を除く一般は865人)の応募があったという。別に予防線を張るわけではないが、たぶん落選する。ほとんどのご同輩の人たちはそれも計算のうちに入れて楽しんでいるのだろう。
賞金は現金ではなく、すべて図書カードである。最優秀賞は5万円、優秀賞が3万円(いずれも1人)、佳作は1万円(5人)、そして、若干名の5千円。
あんな文章が上位10人のなかに選ばれるかどうか。ふと大学受験の結果発表のボードの前で、いくら探しても自分の受験者番号がなかったシーンが浮かんだ。
賞金は、文学賞にしては少額でも、その賞の名前はひときわ光っている。
「有吉佐和子文学賞」。
恐れおおい、立派なブランドではないか。学生時代に『花岡青洲の妻』を読んだことがある。いまならベストセラーに返り咲いた『青い壺』か。
エッセイを読んでもらったカミさんの感想はこうだった。
「お父さん、5千円でもいいよ」
(なにそれ。オレは感想を訊いたんだけど……)
「うーん、自信ないなぁ。オレと同世代で、ものすごい経験をした人たちが自分の体験談を、こころを込めて書くからなぁ。迫力が違うんだよ。それに5千円は現金じゃなくて、図書カードだぞ」
「なんだ、図書カードか」
(有吉佐和子文学賞なんだけど……)
もう一度、どこも間違いはないかを確認して、原稿のデータをメールで和歌山市役所の担当宛てに送った。
やれやれ終わった。手がはなれたとたん、何を書いたか、どうでもよくなった。
だが、もしも5千円をゲットできたら、友だちに大威張りしてやろう。
「いいか、よく聞けよ。遅まきながら、オレは文学賞の賞金破りだ!」
ぼくとってのエッセイはこのブログみたいなもの。ネットで調べてみたら、公募はほかにもいろいろある。原稿用紙に数枚ぐらいなら、いくらでも書けるし、あまり欲を出さずに、もっとやってみようかな。
本当は早く短編に挑戦したいのだが、ちょっとむずかしい。今年から始まった新しい抗がん剤の副作用は以前とは違うタイプで、やっぱりそう簡単なものではない。
だが、それも「効いているからだ」とおもえば、逆の力が湧いてくる。
夜、ふとんに入るときには、「ああ、今日も生き伸びた。明日はどんな楽しみがあるかなぁ」と目をつぶり、朝、目が覚めたときには、「よかった、今日も生きている」と鏡の顔に話しかける。
一日一日を大切にしながら、このペースを重ねて行こう。
■団地のなかで見つけたカササギの巣。いまは空き家になっている。繁っていたケヤキの葉っぱがぜんぶ落ちて、ここにあることがわかった。
応募資格は中学生以上で、社会人は60代から70代が多い。高齢者が圧倒的なのは近年の特徴で、元気なうちに自分が生きてきた証を何かの形で残しておきたいのだろう。気持ちはぼくと同じだなぁ。
昨年は1,512人(中高生を除く一般は865人)の応募があったという。別に予防線を張るわけではないが、たぶん落選する。ほとんどのご同輩の人たちはそれも計算のうちに入れて楽しんでいるのだろう。
賞金は現金ではなく、すべて図書カードである。最優秀賞は5万円、優秀賞が3万円(いずれも1人)、佳作は1万円(5人)、そして、若干名の5千円。
あんな文章が上位10人のなかに選ばれるかどうか。ふと大学受験の結果発表のボードの前で、いくら探しても自分の受験者番号がなかったシーンが浮かんだ。
賞金は、文学賞にしては少額でも、その賞の名前はひときわ光っている。
「有吉佐和子文学賞」。
恐れおおい、立派なブランドではないか。学生時代に『花岡青洲の妻』を読んだことがある。いまならベストセラーに返り咲いた『青い壺』か。
エッセイを読んでもらったカミさんの感想はこうだった。
「お父さん、5千円でもいいよ」
(なにそれ。オレは感想を訊いたんだけど……)
「うーん、自信ないなぁ。オレと同世代で、ものすごい経験をした人たちが自分の体験談を、こころを込めて書くからなぁ。迫力が違うんだよ。それに5千円は現金じゃなくて、図書カードだぞ」
「なんだ、図書カードか」
(有吉佐和子文学賞なんだけど……)
もう一度、どこも間違いはないかを確認して、原稿のデータをメールで和歌山市役所の担当宛てに送った。
やれやれ終わった。手がはなれたとたん、何を書いたか、どうでもよくなった。
だが、もしも5千円をゲットできたら、友だちに大威張りしてやろう。
「いいか、よく聞けよ。遅まきながら、オレは文学賞の賞金破りだ!」
ぼくとってのエッセイはこのブログみたいなもの。ネットで調べてみたら、公募はほかにもいろいろある。原稿用紙に数枚ぐらいなら、いくらでも書けるし、あまり欲を出さずに、もっとやってみようかな。
本当は早く短編に挑戦したいのだが、ちょっとむずかしい。今年から始まった新しい抗がん剤の副作用は以前とは違うタイプで、やっぱりそう簡単なものではない。
だが、それも「効いているからだ」とおもえば、逆の力が湧いてくる。
夜、ふとんに入るときには、「ああ、今日も生き伸びた。明日はどんな楽しみがあるかなぁ」と目をつぶり、朝、目が覚めたときには、「よかった、今日も生きている」と鏡の顔に話しかける。
一日一日を大切にしながら、このペースを重ねて行こう。
■団地のなかで見つけたカササギの巣。いまは空き家になっている。繁っていたケヤキの葉っぱがぜんぶ落ちて、ここにあることがわかった。
高市首相の気持ちはわかるけど ― 2026年01月19日 21時41分
2週間ぶりに化学療法を受けた。直前に外科の担当医にこんな質問をした。
「今度の抗がん剤で効果のある人もいるんでしょ」
バカなことを訊いたものだ。だが、この気持ち、どなたにもなんとなくわかってもらえるのではあるまいか
「いますよ。だからやるんですよ」
「そうですよね」
たったこれだけの会話でも、目の前がパッと明るくなって、気持ちがずいぶん軽くなった。
さて、気になるのは最近の娑婆(しゃば)のこと。
今日は高市首相が衆議院の解散を発表した日。年が明けて、あれよあれよという間にこうなった。こうも簡単に、一国一城の主の代議士全員があっさり職を失うとは。
高市本人の言葉によれば、解散の大義名分は、「高市早苗が内閣総理大臣でよいのかどうかを国民に決めていただく」という。
真っ先に口から出たのはこの名セリフ(?)だった。政策ではなく、ワタクシ個人の評価で、(自民党に投票するかどうかを)決めてほしいというのだ。
つまり、自民党の中身は変わっていないから、党の「表紙」の自分に投票して、ということか。
ついつい肩に力が入って、ここでも本音が出たか。地元で活動している有力議員のなかには、これを聞いて、カチン!ときた人もいるとおもう。
ぼくと医者とのやりとりではないけれど、言いたい気持ちはなんとなくわかる。でも、こんな露骨な自己顕示欲の話は聞いたことがない。総理総裁のポストは想像した以上に孤独なのだろう。
これから先は無責任な独り言を書く。
いまのところ自民党の負けは考えにくい。だからこそ、高市は「いまなら勝てる」と解散したに違いないのだ。選挙は世論の関心を集めた方が断然有利だから、解散、告示、投票日の日程まで、密かに練り上げていた短期決戦、先手必勝の構えである。
ぼくは選挙の結果よりも、その後の高市首相がどんなふうになるのか。そこのところに関心がある。
外交経験のない彼女は、あの台湾に関わる発言で、日本と中国との関係がたちまち険悪な状況に陥り、修復のきっかけすらつくりだせず、日本経済に深刻な影響を及ぼす危険な状況をつくりだした。
日本の総理大臣のたったひと言でこうなった。彼女ひとりが撒いたタネである。このことはしっかり覚えておこう。
選挙で首尾よく勝利した後、自信をつけた高市首相は変わりそうな気がする。では、どう変わるのだろうか。
予感では、安倍晋三の後を追う。その兆しは、すでに第1次高市政権のなかにも見てとれた。安倍は自分の気に入らない意見には耳をかさなかった。強権を使って排除した。
高市政権には、外交経験が豊富な「2枚の大ごま」がいる。茂木敏充外相と林芳正総務相のふたりである。
茂木は外務、経済再生、経済産業、行政改革ほかの大臣や幹事長を歴任。林は官房長官、外務、防衛、農林水産、文部ほかの大臣をしている。ふたりともハーバート大学ケネディ・スクールの卒業生で、閣僚の席に並んでいた。しかし、高市の弱点をカバーしていいはずの彼らはどこにいるのか忘れられてしまうほど影が薄いままだ。
そこに高市のリーダーとしての性格がよく出ているのではないか。うーん、警戒しなければ。
長くなりそうなので、このへんで止めておこう。
■ダイコン2本と高菜をベランダで干した。どれも室見川を渡った先にある野菜や果物の直売所で買って来た。高菜は塩もみして、高菜漬けに。ダイコンは時間がかかるけど、これから乾燥していく様子をさわってみるのも楽しい。
「今度の抗がん剤で効果のある人もいるんでしょ」
バカなことを訊いたものだ。だが、この気持ち、どなたにもなんとなくわかってもらえるのではあるまいか
「いますよ。だからやるんですよ」
「そうですよね」
たったこれだけの会話でも、目の前がパッと明るくなって、気持ちがずいぶん軽くなった。
さて、気になるのは最近の娑婆(しゃば)のこと。
今日は高市首相が衆議院の解散を発表した日。年が明けて、あれよあれよという間にこうなった。こうも簡単に、一国一城の主の代議士全員があっさり職を失うとは。
高市本人の言葉によれば、解散の大義名分は、「高市早苗が内閣総理大臣でよいのかどうかを国民に決めていただく」という。
真っ先に口から出たのはこの名セリフ(?)だった。政策ではなく、ワタクシ個人の評価で、(自民党に投票するかどうかを)決めてほしいというのだ。
つまり、自民党の中身は変わっていないから、党の「表紙」の自分に投票して、ということか。
ついつい肩に力が入って、ここでも本音が出たか。地元で活動している有力議員のなかには、これを聞いて、カチン!ときた人もいるとおもう。
ぼくと医者とのやりとりではないけれど、言いたい気持ちはなんとなくわかる。でも、こんな露骨な自己顕示欲の話は聞いたことがない。総理総裁のポストは想像した以上に孤独なのだろう。
これから先は無責任な独り言を書く。
いまのところ自民党の負けは考えにくい。だからこそ、高市は「いまなら勝てる」と解散したに違いないのだ。選挙は世論の関心を集めた方が断然有利だから、解散、告示、投票日の日程まで、密かに練り上げていた短期決戦、先手必勝の構えである。
ぼくは選挙の結果よりも、その後の高市首相がどんなふうになるのか。そこのところに関心がある。
外交経験のない彼女は、あの台湾に関わる発言で、日本と中国との関係がたちまち険悪な状況に陥り、修復のきっかけすらつくりだせず、日本経済に深刻な影響を及ぼす危険な状況をつくりだした。
日本の総理大臣のたったひと言でこうなった。彼女ひとりが撒いたタネである。このことはしっかり覚えておこう。
選挙で首尾よく勝利した後、自信をつけた高市首相は変わりそうな気がする。では、どう変わるのだろうか。
予感では、安倍晋三の後を追う。その兆しは、すでに第1次高市政権のなかにも見てとれた。安倍は自分の気に入らない意見には耳をかさなかった。強権を使って排除した。
高市政権には、外交経験が豊富な「2枚の大ごま」がいる。茂木敏充外相と林芳正総務相のふたりである。
茂木は外務、経済再生、経済産業、行政改革ほかの大臣や幹事長を歴任。林は官房長官、外務、防衛、農林水産、文部ほかの大臣をしている。ふたりともハーバート大学ケネディ・スクールの卒業生で、閣僚の席に並んでいた。しかし、高市の弱点をカバーしていいはずの彼らはどこにいるのか忘れられてしまうほど影が薄いままだ。
そこに高市のリーダーとしての性格がよく出ているのではないか。うーん、警戒しなければ。
長くなりそうなので、このへんで止めておこう。
■ダイコン2本と高菜をベランダで干した。どれも室見川を渡った先にある野菜や果物の直売所で買って来た。高菜は塩もみして、高菜漬けに。ダイコンは時間がかかるけど、これから乾燥していく様子をさわってみるのも楽しい。
打ち明けようか、どうしようか ― 2026年01月20日 16時47分
もっと睡眠時間をとって、体力を消耗しない方がいいのだけれど、今日は4時半起きのカミさんの仕事の日。こちらは5時過ぎに起きて、しばらく付き合い、6時から昨日アップしたブログに少し手を入れた。そして、そのままこの原稿を書いている。(8時前に書き上げた。実際にアップするのは午後から。)
パソコンのキーボードに、2センチ足らずの細い白髪や黒い髪の毛が10本あまり落ちている。目立たないので気がつかなかった。
いよいよ来たか。それでなくても残り少ない貴重な髪の毛である。風呂に入るとき、あまり頭をゴシゴシしないようにしなくっちゃ。
カミさんから「頭を隠す帽子がいるね」と言われるたびに跳ねのけてきた。杖の話が出たときも、いちおう売り場には行ったけれど、まだ要らないよと断った。
いちばんの理由は、そんな姿を近所の人に見られるのが嫌だから。必ず目を引いて、もはや病人であることを誤魔化すわけにはいかなくなって、自分は癌で、しかも、すい臓がんがあちこちに転移していることがわかってしまうからである。あの人たちは、ぼくがこんなブログを書いていることをまったく知らないのだ。
その半面、オープンした方が気持ちは樂になるのでは、ともおもう。同じ歳で、同じすい臓がんと4年あまりも闘って、一昨年の8月、ひと足先に逝ってしまった敬愛する人がそう言っていた。
思いきって、患者さんたちに打ち明けたら、「わたしの△△も癌だったの」と心配して、多くの人たちから励まされて、温かい人情に触れたという。それが力になっています、と言っていた。このブログを読んでくれている友やカミさんの姉妹たちもそうである。ありがたい縁に恵まれている。「死ぬなよ」、「絶対に治るよ」のひとり一人に感謝しかない。
このところ、カミさんからいろいろ「買ってもらう」ことが多い。
「お父さん、生協のこのシャツ、あたたかそうでいいんじゃない。買ったら、着てみる?」
「うん。ありがと」
「病院に行くとき、立ったまま、すっと履ける靴があったらいいよね。買おうか」
「うん」
「ユニクロのヒートテックが安いから、買って来ようか」
「うん。ありがと。頼むわ」
「夜、寒いよね。電気敷き毛布があったらいいんじゃない」
「うん。助かる」
カミさんに頼りっぱなしの日々になってしまった。彼女から「買ってあげようか」の提案がないのは酒だけで、こちらはぼくの専権事項である。医者も止めないし、ささやかな楽しみだし、気分転換にもなるから、点滴を打った昨日もごく軽くやった。夜は電気敷き毛布のお陰で、ふとんのなかに潜り込んだときから、ポッカポカだった。よく眠れた。
こんな電気毛布があることを結婚するまで知らなかった。雪国生まれのカミさんが持っていた。だからこの暖房器具には、雪国・新潟の寒い夜から身を守ってくれるイメージがある。
おカネはなくても、こうして喧嘩もせずに支え合って生きていられる。つまらないことでも、あれこれ書こうという意欲もある。いまがいちばん幸せなのかもしれない。ぼくは、これもおおきな免疫力のひとつだとおもっている。
先日エッセイを書き上げたとき、その必要はなかったけれど、ペンネームを考えた。名字に、ぼくたち夫婦に縁の深い大分県の「南海部郡」と新潟県の「南魚沼郡」から取って、「南」の文字を入れることは決まっている。そして、ひと晩寝たら、ポン!と出てきた。いまの心境がそのまま言葉になっていた。
「南野是式」。「なんのこれしき」と読む。いいかなぁ。固すぎるかなぁ。冴えないかなぁ。
■農産物直売者の「じょうもんさん」。少しだけ近海モノの鮮魚も並んでいる。
パソコンのキーボードに、2センチ足らずの細い白髪や黒い髪の毛が10本あまり落ちている。目立たないので気がつかなかった。
いよいよ来たか。それでなくても残り少ない貴重な髪の毛である。風呂に入るとき、あまり頭をゴシゴシしないようにしなくっちゃ。
カミさんから「頭を隠す帽子がいるね」と言われるたびに跳ねのけてきた。杖の話が出たときも、いちおう売り場には行ったけれど、まだ要らないよと断った。
いちばんの理由は、そんな姿を近所の人に見られるのが嫌だから。必ず目を引いて、もはや病人であることを誤魔化すわけにはいかなくなって、自分は癌で、しかも、すい臓がんがあちこちに転移していることがわかってしまうからである。あの人たちは、ぼくがこんなブログを書いていることをまったく知らないのだ。
その半面、オープンした方が気持ちは樂になるのでは、ともおもう。同じ歳で、同じすい臓がんと4年あまりも闘って、一昨年の8月、ひと足先に逝ってしまった敬愛する人がそう言っていた。
思いきって、患者さんたちに打ち明けたら、「わたしの△△も癌だったの」と心配して、多くの人たちから励まされて、温かい人情に触れたという。それが力になっています、と言っていた。このブログを読んでくれている友やカミさんの姉妹たちもそうである。ありがたい縁に恵まれている。「死ぬなよ」、「絶対に治るよ」のひとり一人に感謝しかない。
このところ、カミさんからいろいろ「買ってもらう」ことが多い。
「お父さん、生協のこのシャツ、あたたかそうでいいんじゃない。買ったら、着てみる?」
「うん。ありがと」
「病院に行くとき、立ったまま、すっと履ける靴があったらいいよね。買おうか」
「うん」
「ユニクロのヒートテックが安いから、買って来ようか」
「うん。ありがと。頼むわ」
「夜、寒いよね。電気敷き毛布があったらいいんじゃない」
「うん。助かる」
カミさんに頼りっぱなしの日々になってしまった。彼女から「買ってあげようか」の提案がないのは酒だけで、こちらはぼくの専権事項である。医者も止めないし、ささやかな楽しみだし、気分転換にもなるから、点滴を打った昨日もごく軽くやった。夜は電気敷き毛布のお陰で、ふとんのなかに潜り込んだときから、ポッカポカだった。よく眠れた。
こんな電気毛布があることを結婚するまで知らなかった。雪国生まれのカミさんが持っていた。だからこの暖房器具には、雪国・新潟の寒い夜から身を守ってくれるイメージがある。
おカネはなくても、こうして喧嘩もせずに支え合って生きていられる。つまらないことでも、あれこれ書こうという意欲もある。いまがいちばん幸せなのかもしれない。ぼくは、これもおおきな免疫力のひとつだとおもっている。
先日エッセイを書き上げたとき、その必要はなかったけれど、ペンネームを考えた。名字に、ぼくたち夫婦に縁の深い大分県の「南海部郡」と新潟県の「南魚沼郡」から取って、「南」の文字を入れることは決まっている。そして、ひと晩寝たら、ポン!と出てきた。いまの心境がそのまま言葉になっていた。
「南野是式」。「なんのこれしき」と読む。いいかなぁ。固すぎるかなぁ。冴えないかなぁ。
■農産物直売者の「じょうもんさん」。少しだけ近海モノの鮮魚も並んでいる。
抗がん剤で、人相が変わった ― 2026年01月25日 18時42分
新しい抗がん剤に切り替えて、自分の人相が変わった。今週のはじめごろから急激に髪の毛が抜けはじめた。こうしていてもパラパラ、パラパラ落ちる。
坊主頭の上から白いパウダーを薄くふりかけたみたいだ。茶色がかった短い銀色の髪の毛を指先でつまむ。4、5本がわけもなく抜ける。地肌がはっきり透けて見える。
もう止めようがない。完全になくなるまで秒読みの段階になった。
「写真を撮ってよ。記録しておくから」
カミさんにそう頼んだのは4日前のこと。一日一日、すごい勢いで抜けていく。脚はふらふらするし、道ばたで転ぶのが恐ろしくて、歩幅を狭くして、ゆっくり、ゆっくりとしか歩けない。だれが見ても、「あの人、きっと癌だな」と一発でわかってしまうだろう。
75歳でよかった。頭がハゲていてもおかしくない歳だから。だが、ちょっと見方を変えれば単純な話で、ぜんぶ抜けてしまえばこの悩みも消える。それから先はまた生えてくる楽しみに変わる。女性なら、そうはいかないだろうが。
副作用は脱毛だけではない。いろんな形で出ている。結構、きつい。こいつを飼いならすにはもう少し時間がかかりそうだ。
さて、体調の経過報告はこれぐらいにして、同じすい臓がんで、神奈川県立がんセンターに入院中の後輩・Ka君との交流について触れておこう。(彼は本日の午前中に、一時退院した)
ひとつわかったのは、地域による医療レベルの差である。彼からのLINEのメールに、「すぐに遺伝子パネル調査をして、その人に合う薬剤を特定して、治療を始める」という担当医師の言葉があった。
遺伝子パネルって、なんだろう。ぼくがお世話になっている病院では聞いたことがない。素人だから迂闊(うかつ)なことは言えないし、わが医療チームを否定するわけではないけれど、正直、最先端の医療を受けられるのがうらやましくなった。
Ka君は「なんでもやろうの精神」が人並み以上の男である。ガンに立ち向かうおすすめの本も紹介してくれた。参考までにタイトルは、『がんが自然に治る生き方』という。彼が写真を撮って、送ってくれた書き出しの文章を読んだら、興味が湧いて来た。さっそくアマゾンに注文した。
そう連絡したら、すぐKa君から返信が来た。
「必死に生き延びる情報を集めて、できそうなものから実践していく話を読んで、とてもやる気が出て、自分に合った方法を早く見つけて取り組みたくなります! 退院したら、早速……などに取り組みます。お互い、自分に合ったやり方を自慢できるようになりたいですね」
いいね、この考え方、この姿勢。こちらもそうしよう。
彼はいろんなことを教えてくれる。ぼくは先輩として相談に乗って、励ます立場なのだが、早々とその役目は入れ替わったようである。
得がたい同伴者ができた。ぼくも入院していたときにつくづく感じたことがある。孤立するのがいちばんよくない。こうして同じ病気の話し相手がいるのはこころ強いものだ。
先日、近くにいる高校時代の友・Sa君が、地元にある「がん相談支援センター」についての情報をくれた。調べてくれたのだ。「元気になって、原稿も書いてよ」という。彼とは若いころ、『伊豆の踊子』の舞台になった伊豆山中をぶらぶら歩いて、夜はちいさな宿で一杯やった仲である。
昨年9月に挑戦した短編はSa君にも見せた。予想通り落選したが、ああやって書くこと自体が楽しかった。自分に向いているとおもった。
こうして書いているうちに元気が出て来た。さぁ、またやるか。
■カミさんと一緒に糸島方面に車を走らせて、人気の「伊都菜彩」に行った。ここは地元でとれる農産物や海産物の直売所。珍しいミカンを買った。
坊主頭の上から白いパウダーを薄くふりかけたみたいだ。茶色がかった短い銀色の髪の毛を指先でつまむ。4、5本がわけもなく抜ける。地肌がはっきり透けて見える。
もう止めようがない。完全になくなるまで秒読みの段階になった。
「写真を撮ってよ。記録しておくから」
カミさんにそう頼んだのは4日前のこと。一日一日、すごい勢いで抜けていく。脚はふらふらするし、道ばたで転ぶのが恐ろしくて、歩幅を狭くして、ゆっくり、ゆっくりとしか歩けない。だれが見ても、「あの人、きっと癌だな」と一発でわかってしまうだろう。
75歳でよかった。頭がハゲていてもおかしくない歳だから。だが、ちょっと見方を変えれば単純な話で、ぜんぶ抜けてしまえばこの悩みも消える。それから先はまた生えてくる楽しみに変わる。女性なら、そうはいかないだろうが。
副作用は脱毛だけではない。いろんな形で出ている。結構、きつい。こいつを飼いならすにはもう少し時間がかかりそうだ。
さて、体調の経過報告はこれぐらいにして、同じすい臓がんで、神奈川県立がんセンターに入院中の後輩・Ka君との交流について触れておこう。(彼は本日の午前中に、一時退院した)
ひとつわかったのは、地域による医療レベルの差である。彼からのLINEのメールに、「すぐに遺伝子パネル調査をして、その人に合う薬剤を特定して、治療を始める」という担当医師の言葉があった。
遺伝子パネルって、なんだろう。ぼくがお世話になっている病院では聞いたことがない。素人だから迂闊(うかつ)なことは言えないし、わが医療チームを否定するわけではないけれど、正直、最先端の医療を受けられるのがうらやましくなった。
Ka君は「なんでもやろうの精神」が人並み以上の男である。ガンに立ち向かうおすすめの本も紹介してくれた。参考までにタイトルは、『がんが自然に治る生き方』という。彼が写真を撮って、送ってくれた書き出しの文章を読んだら、興味が湧いて来た。さっそくアマゾンに注文した。
そう連絡したら、すぐKa君から返信が来た。
「必死に生き延びる情報を集めて、できそうなものから実践していく話を読んで、とてもやる気が出て、自分に合った方法を早く見つけて取り組みたくなります! 退院したら、早速……などに取り組みます。お互い、自分に合ったやり方を自慢できるようになりたいですね」
いいね、この考え方、この姿勢。こちらもそうしよう。
彼はいろんなことを教えてくれる。ぼくは先輩として相談に乗って、励ます立場なのだが、早々とその役目は入れ替わったようである。
得がたい同伴者ができた。ぼくも入院していたときにつくづく感じたことがある。孤立するのがいちばんよくない。こうして同じ病気の話し相手がいるのはこころ強いものだ。
先日、近くにいる高校時代の友・Sa君が、地元にある「がん相談支援センター」についての情報をくれた。調べてくれたのだ。「元気になって、原稿も書いてよ」という。彼とは若いころ、『伊豆の踊子』の舞台になった伊豆山中をぶらぶら歩いて、夜はちいさな宿で一杯やった仲である。
昨年9月に挑戦した短編はSa君にも見せた。予想通り落選したが、ああやって書くこと自体が楽しかった。自分に向いているとおもった。
こうして書いているうちに元気が出て来た。さぁ、またやるか。
■カミさんと一緒に糸島方面に車を走らせて、人気の「伊都菜彩」に行った。ここは地元でとれる農産物や海産物の直売所。珍しいミカンを買った。
まかり通る侮辱発言、変な選挙だなぁ ― 2026年01月27日 18時47分
頭がぼーっとしているせいか、今日、公示になった衆院選にさほど関心が向かない。こんなときはきちんとした筋道で考えるのではなく、直観でモノゴトを観るのが簡単だし、案外、そちらの方が当たったりする。
変な選挙だなぁ、とおもう。日本は、いや日本人はおかしくなったなぁ、ともおもう。
地元紙によれば、大分3区から出馬した自民党前職の元防衛大臣、外務大臣の岩屋毅(68)がSNSで攻撃にさらされているという。たとえば、こんな調子だ。
「落選が国民の声」、「売国奴の国賊」、「落選させれば外国人を優遇する議員へのみせしめになる」、「当選は大分の恥」。
ぼくも「国民」のひとりだし、大分県は両親の郷でもある。だが、こちらのまったく知らないところで、こんな騒ぎになっている。
新聞やテレビのニュースを見ない人たちから、オールドメディアと無視されている記者たちも、日本の将来に危機感を持って、報道の責任を果たすべく立ち上がったか。
それにしても、いくら政治的な立場が相反するとはいえ、ここまで人を侮辱していいものか。ある学者も別のところで嘆いていた。その人はこんなコメントを出している。SNSの洪水の前では無力かもしれないが、書いておく価値はあるとおもう。
「現代史は、人間が他の人間を昆虫と思い込む誘惑に勝てなかった歴史と言い換えられる。人を駆除したり、侮辱したり、売買してはいけない、いう小学校卒業時に多くの子どもたちが身に着けていたタガを、いい年をした大人たちがどんどん外し始めている。不快な時代だ」
「なし崩し的に人を侮辱することの醜さを感じない人たちが増え続けており、かなり気味が悪い」
「タガが外れた人間が高級な武器を持つときほど危険なことはない。『人間を侮辱する言葉の蔓延(まんえん)』と『兵器産業の活性化』は相性がいい。人を言葉で侮辱すればするほど、その人たちに武器を向ける理由が見つかるからである」
そうだよな、同じように感じているのはオレだけではなかった。黙っている数多くの人たちもそうだとおもいたい。
この学者はちゃんと自分の顔写真も、氏名も出して、言いたいことを言っている。こういう人がいるうちは、日本はまだ大丈夫。
日本人は、困ったときにはお互いに援けあう思いやりがあった。それが日本人の「人としての誇り」だった。以前も触れたが、「日本人は世界をつなぐ地球人」と断言した歴史学者もいるのだ。
今回の総選挙では政治家たちの言葉の劣化も感じる。まず高市首相がこの時期に解散したこと自体がすっきりしない。「高市早苗が総理大臣でいいのか、決めていただく」という。バタバタと異例の超短期決戦に持ち込んだ選挙は、あなた個人の問題なのか。
彼女は、外務大臣、財務大臣、経済産業省大臣の経験ゼロである。なのに、耳の痛い意見を素直に聞いたり、まわりの人材のつかい方がそれほど上手とはおもえない。
参考までに過去の選挙の教訓を書いておく。
1972年12月10日、日中国交正常化や日本列島改造論で、人気沸騰中の首相・田中角栄は衆議院を解散して、総選挙に打って出た。勝てるとみての決断だった。
結果は議席を17も減らした敗北に終わった。政治家個人が人気でも、それぞれの選挙区でも勝てるとは限らないのだ。
対する野党の言葉も冴えない。こんな勝負どきに、「中道改革連合」しか浮かばないのかなぁ。つくづく変な選挙だなぁ、とおもう。
さて、昨日は抗がん剤の点滴がある日だった。血液データに問題はなかったが、医師との話し合いで1週間空けることにした。それが吉と出て、昨日から体調は回復モードになっている。
明日、カミさんの仕事は休み。温かい風呂にもゆっくり入ったし、さぁ、買って来た秋田の地酒でも飲むか。
■近くにあるちいさなパン屋さん。このあたりでは断然おいしい。フランスパン、あんぱん、クルミぱんを買った。
変な選挙だなぁ、とおもう。日本は、いや日本人はおかしくなったなぁ、ともおもう。
地元紙によれば、大分3区から出馬した自民党前職の元防衛大臣、外務大臣の岩屋毅(68)がSNSで攻撃にさらされているという。たとえば、こんな調子だ。
「落選が国民の声」、「売国奴の国賊」、「落選させれば外国人を優遇する議員へのみせしめになる」、「当選は大分の恥」。
ぼくも「国民」のひとりだし、大分県は両親の郷でもある。だが、こちらのまったく知らないところで、こんな騒ぎになっている。
新聞やテレビのニュースを見ない人たちから、オールドメディアと無視されている記者たちも、日本の将来に危機感を持って、報道の責任を果たすべく立ち上がったか。
それにしても、いくら政治的な立場が相反するとはいえ、ここまで人を侮辱していいものか。ある学者も別のところで嘆いていた。その人はこんなコメントを出している。SNSの洪水の前では無力かもしれないが、書いておく価値はあるとおもう。
「現代史は、人間が他の人間を昆虫と思い込む誘惑に勝てなかった歴史と言い換えられる。人を駆除したり、侮辱したり、売買してはいけない、いう小学校卒業時に多くの子どもたちが身に着けていたタガを、いい年をした大人たちがどんどん外し始めている。不快な時代だ」
「なし崩し的に人を侮辱することの醜さを感じない人たちが増え続けており、かなり気味が悪い」
「タガが外れた人間が高級な武器を持つときほど危険なことはない。『人間を侮辱する言葉の蔓延(まんえん)』と『兵器産業の活性化』は相性がいい。人を言葉で侮辱すればするほど、その人たちに武器を向ける理由が見つかるからである」
そうだよな、同じように感じているのはオレだけではなかった。黙っている数多くの人たちもそうだとおもいたい。
この学者はちゃんと自分の顔写真も、氏名も出して、言いたいことを言っている。こういう人がいるうちは、日本はまだ大丈夫。
日本人は、困ったときにはお互いに援けあう思いやりがあった。それが日本人の「人としての誇り」だった。以前も触れたが、「日本人は世界をつなぐ地球人」と断言した歴史学者もいるのだ。
今回の総選挙では政治家たちの言葉の劣化も感じる。まず高市首相がこの時期に解散したこと自体がすっきりしない。「高市早苗が総理大臣でいいのか、決めていただく」という。バタバタと異例の超短期決戦に持ち込んだ選挙は、あなた個人の問題なのか。
彼女は、外務大臣、財務大臣、経済産業省大臣の経験ゼロである。なのに、耳の痛い意見を素直に聞いたり、まわりの人材のつかい方がそれほど上手とはおもえない。
参考までに過去の選挙の教訓を書いておく。
1972年12月10日、日中国交正常化や日本列島改造論で、人気沸騰中の首相・田中角栄は衆議院を解散して、総選挙に打って出た。勝てるとみての決断だった。
結果は議席を17も減らした敗北に終わった。政治家個人が人気でも、それぞれの選挙区でも勝てるとは限らないのだ。
対する野党の言葉も冴えない。こんな勝負どきに、「中道改革連合」しか浮かばないのかなぁ。つくづく変な選挙だなぁ、とおもう。
さて、昨日は抗がん剤の点滴がある日だった。血液データに問題はなかったが、医師との話し合いで1週間空けることにした。それが吉と出て、昨日から体調は回復モードになっている。
明日、カミさんの仕事は休み。温かい風呂にもゆっくり入ったし、さぁ、買って来た秋田の地酒でも飲むか。
■近くにあるちいさなパン屋さん。このあたりでは断然おいしい。フランスパン、あんぱん、クルミぱんを買った。
エッセイのネタは、あちこちにあるのだが ― 2026年01月28日 17時55分
今日は28日、水曜日。次のエッセイの応募締め切りは今月末、まだ1行も書いていない。先にタイトルでも決まればあとは樂なのだが、頭のなかに霧がこびりついたようで、それも未定である。
ぼんやりしたネタはいくつかある。エッセイの10枚ぐらい簡単に書けると甘くみていたが、元気なころのように、「興が乗れば、朝まで寝なくても平気」という追い込み作戦は使えない。
まずは書き出す前の雰囲気づくりに古いノートを取り出した。そこには入院したときの患者さんたちの様子や会話なども書いてある。いわば歴史を切り取った断片で、読み返すとその場の景色が見えてくる。あのときはコロナの感染防止で面会禁止だった。こんな記録のメモが後日の原稿書きの役に立つ。
そうそう、今日もこんなことがあった。
過日、ぼくはカミさんと一緒に用心しいしい、そろりそろりと歩いていたとき、ごくちいさな段差に右のつま先が引っかかってしまった。態勢を立て直す次の一歩が出ない。そのまま丸太のように前方へバターン! まわりに聞こえるような音を立てて、コンクリートの道端にぶっ倒れた。
2度目の派手な転倒だった。起き上がるのがまたひと苦労で、四つん這いになって、どうにかこうにか立ち上がった。中学生のころの体育の通信簿の点数「5」は遠い昔の栄光である。一度きりだったけれど。
両膝の傷は深く、広くて、3週間過ぎても治りきっていない。そこで、ちかくのドラッグストアで塗り薬を探した。お馴染みのチューブ入りの軟膏だから、置いている場所はすぐわかるとおもっていた。
ところが、カミさんと手分けして店のなかを探しても、なかなか見つからない。4、5分もかけてやっと見つけたのは、陳列棚のいちばん下の、いちばん端っこだった。通常は売れない商品を置く場所である。
「これって、必需品だろ。子どもたちが外で遊んでいるときに、ケガをしたり、すり傷をつくらないのかなぁ。ほら、赤チンもこんな隅っこに置いてあるよ」
「これじゃ、(どこに置いてあるか)わからないわよ。うちの子たちも、すり傷が絶えなかったのにねぇ」
「そうか。いまの子どもたちは外で遊ばないんだ。だから売れてないんだな」
時代の変化はこんなところにも出ていた。切り口の設定と書きようによっては、これも短いエッセイの題目になるだろう。
いまカミさんは、昨日届いたka君からのおすすめの本、『がんが自然に治る生き方』を読んでいる。つい先ほども内容の報告にやって来た。
「お父さん、ガンはね、お砂糖が大好きなんだって」
「なに!? さっき、あんぱん食べたよ」
「食欲が落ちて、食べきれないからと言って、ずっと甘いものばかり食べているからね」
「ちょっと考え直さなくちゃいけないかもな」
どうやら、ここでも知らなかった発見が続々の気配。この件については予断や誤解のないように、ブログでは触れないようにしよう。
こうしてヒマのような、時間に追われているような今日も無事に日暮れていく。
ぼんやりしたネタはいくつかある。エッセイの10枚ぐらい簡単に書けると甘くみていたが、元気なころのように、「興が乗れば、朝まで寝なくても平気」という追い込み作戦は使えない。
まずは書き出す前の雰囲気づくりに古いノートを取り出した。そこには入院したときの患者さんたちの様子や会話なども書いてある。いわば歴史を切り取った断片で、読み返すとその場の景色が見えてくる。あのときはコロナの感染防止で面会禁止だった。こんな記録のメモが後日の原稿書きの役に立つ。
そうそう、今日もこんなことがあった。
過日、ぼくはカミさんと一緒に用心しいしい、そろりそろりと歩いていたとき、ごくちいさな段差に右のつま先が引っかかってしまった。態勢を立て直す次の一歩が出ない。そのまま丸太のように前方へバターン! まわりに聞こえるような音を立てて、コンクリートの道端にぶっ倒れた。
2度目の派手な転倒だった。起き上がるのがまたひと苦労で、四つん這いになって、どうにかこうにか立ち上がった。中学生のころの体育の通信簿の点数「5」は遠い昔の栄光である。一度きりだったけれど。
両膝の傷は深く、広くて、3週間過ぎても治りきっていない。そこで、ちかくのドラッグストアで塗り薬を探した。お馴染みのチューブ入りの軟膏だから、置いている場所はすぐわかるとおもっていた。
ところが、カミさんと手分けして店のなかを探しても、なかなか見つからない。4、5分もかけてやっと見つけたのは、陳列棚のいちばん下の、いちばん端っこだった。通常は売れない商品を置く場所である。
「これって、必需品だろ。子どもたちが外で遊んでいるときに、ケガをしたり、すり傷をつくらないのかなぁ。ほら、赤チンもこんな隅っこに置いてあるよ」
「これじゃ、(どこに置いてあるか)わからないわよ。うちの子たちも、すり傷が絶えなかったのにねぇ」
「そうか。いまの子どもたちは外で遊ばないんだ。だから売れてないんだな」
時代の変化はこんなところにも出ていた。切り口の設定と書きようによっては、これも短いエッセイの題目になるだろう。
いまカミさんは、昨日届いたka君からのおすすめの本、『がんが自然に治る生き方』を読んでいる。つい先ほども内容の報告にやって来た。
「お父さん、ガンはね、お砂糖が大好きなんだって」
「なに!? さっき、あんぱん食べたよ」
「食欲が落ちて、食べきれないからと言って、ずっと甘いものばかり食べているからね」
「ちょっと考え直さなくちゃいけないかもな」
どうやら、ここでも知らなかった発見が続々の気配。この件については予断や誤解のないように、ブログでは触れないようにしよう。
こうしてヒマのような、時間に追われているような今日も無事に日暮れていく。
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