タケノコをいただく2026年04月20日 18時27分

 昨日は、タケノコの大当たりの日だった。
 以下は、ここ数日のぼくたち夫婦の会話である。
「お隣さん、もうそろそろ持って来てもいいになぁ」
「そうよ。すぐ手渡せるように、お礼のお菓子も用意しているのにねぇ」
「ちょいと声をかけてみるか。あのう、ずっと冷蔵庫のすき間を空けて、待っているんですけど。ぜんぜん迷惑じゃないですよって」
 一昨年も、昨年も、お隣さんから立派なタケノコを5個も、6個もいただいた。それも申しわけなさそうにくれたのだ。品質がよくないわけではない。朝方に掘って、きれいに茹でてあって、やわらかくて形のいいものばかりである。
「田舎にいる娘がいっぱい持って来て。うちはふたりだから、とても食べきれなくて。ごめんなさいね。よかったら、もらってくださる」
 玄関先で何度も頭を下げながら、旬の味覚の山盛りを差し出してくれたのだ。二度あることは三度ある。ぼくたち夫婦は今年もその再現をおおいに期待していて、返礼のお菓子まで準備して、タケノコの到来を強く願っていたのだ。
 だが、いまだにお隣さんの動きに、その気配、みじんも無し。
 ところが、「願えば叶う」で、事態は急転した。昨日の午後4時、前町内会長のUさんから電話があった。
「さっきね、タケノコ掘りから帰って来たんよ。いっぱい採って来たけん、持って行ってやろうかと思って。要る?」
「要る、要る。ありがと。うれしいなぁ」
 Uさんはビニール袋に入れて、大小のタケノコを3個も持って来てくれた。
 カミさんが「わたし、タケノコ、大好き。冷凍するわ」と言ったら、自宅に引き返して、またおおきなサイズを1個追加でくれた。
 さっそく茶色の皮をはいで、米ぬかを入れたお湯で茹でた。カミさんがやわらかくて、香りのいいタケノコの煮物に仕立てくれて、昨夜も晩酌を楽しんだ。これまでお店で何度も買って食べたが、やはり掘ったばかりのものは味も香りも格段に違う。
 日本酒の冷(ひや)をやりながら、カミさんを相手に、新潟のタケノコ(ネマガリダケ)のことから、残雪が白く輝く山々、雪解け水の魚野川、新緑のブナ林、山菜採り、熊の出現の話になった。これも田舎の旬の食材の効用か。
 今日は抗がん剤の点滴の日だった。もう9回も打った。1週間後の来週月曜日はCT検査がある。昨年12月22日以来で、あのときは腹部に癌の転移が見つかった。
 横浜のKa君は、築地にある国立がん研究センター中央病院の先端医療科に行ったという。
 こうして一日が終わる。それぞれの生かされている環境をおもう。

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