ワラビを手折る ― 2021年03月24日 11時11分
昨日、カミさんは年に一度の健康診断のため、会社は休み。気晴らしに、先日、タラの芽を見つけた山に連れて行った。
あの濃いピンク色の花は河津桜だろうか、深い緑の山肌を背景にして数本が競うように咲き誇っていたが、早くもあらかた散ってしまい、カミさんに見せることはできなかった。
そして、タラの芽は。あの日の翌日、雨が降ったから、グンと大きくなっているはず。
やはり、全部、摘み取られていた。ぼくの背丈の倍以上もある木から胸の高さのものまで20本ほどが群生しているので、相当の量を持ち帰ったのだろう。ま、仕方がない。
すると、カミさんが足もとに小さなワラビを見つけた。ふだん持ち帰ることはないが、汁の実用に数本、手折った。春のおすそ分けをいただいて帰る。
わが家は山菜には少しうるさい。というのも、カミさんは新潟県南魚沼の生まれで、そこは有名な豪雪地帯。ゴールデンウイークが近づくと、分厚い雪の布団をはぎすてた野山に、いっせいに山菜が顔を出す。
土地の人の人気ナンバーワンはコゴミで、次が木の芽(写真)、シオデといったところ。ツクシは足の踏み場もないほど道端に生えているので、だれも見向きもしない。
初めて木の芽を食べたとき、アケビのツルの先っぽだよ、と聞いて、それなら九州にもいくらでもある、よくこんなものをよろこんで食べるなと驚いた。ところが、見た目も、食感も、ぼくが知っているアケビのツルとは大違いだった。
太さはせいぜいツマヨウジぐらいで、焦げ茶色のツルはそうめんのように細い。生えている状態も、山あいの道端や土手の草むらに混じって、ちょうどネコがしっぽを立てているような格好で、かわいいツルの芽を伸ばしている。それが網のように広がっているのだ。木に巻きつくようにして、太いツルを伸ばしている九州のアケビがたくましい男性だとすると、こちらのそれは雪国の愛らしい小娘である。
雪深い里の山菜には甘みがある。長い冬を重たい雪の下で耐えてきたからこそ、風味もじっくりたくわえているのだろう。
ぼくはタラの芽が大好きだから、すぐ近くのたんぼの脇の土手まで歩いて、ビニール袋いっぱいに採ってくる。いつもカミさんの姉夫婦の家にお世話になるのだが、そんなことをやるのはぼくだけ。セリも自生しているのだが、みなさん、これも無視。
ひとつ、すごくおいしい山菜料理がある。義理の姉の得意な料理で、みんな大好きだから、山盛りに作って、バクバク食べてしまう。
材料にはフキノトウを使う。といっても、よくテレビなどで紹介される、あの小さなフキノトウの花ではない。もう少し大きくなっているのを採る。
こんなものを食べる人は、土地の人でも見かけない。それでも姉の手にかかると、いろいろ工夫した出来上がりは、フキノトウ特有の香味が詰まっていて、苦みもちょうどいい。朝昼晩、食べても飽きない。(これについては詳しくは書かないでおこう。東京からも山菜採りの人がたくさん来るようになって、「山菜採り禁止」の札があちこちに立てられている)
これで新潟の地酒をやると、まさに至福のひとときである。あの八海山は、カミさんの郷里の地酒。八海山が超人気で品薄のときには、同じ酒造の金城山を飲んでいた。ほかに高千代、巻機、鶴齢、白瀧、どれを飲んでも越後の酒はめっぽう旨い。
息子たちが小さいころは、夏休みに車で郷帰りして、毎日、近くの川に行き、ヤマメやイワナ、アユ、カジカ、ウグイをモリで突いて、ときにはヤマメやアユを手づかみにして、そいつを肴に地酒を酌んでいた。
要するに、ぼくも、カミさんも、根っからの田舎者で、山に行っても、川に行っても、海に行っても、何か獲物を持って帰らないと気がすまないのだ。
■南魚沼の山道の脇に自生している「木の芽」の写真が見つかったので、ワラビの写真と差し替えました。
あの濃いピンク色の花は河津桜だろうか、深い緑の山肌を背景にして数本が競うように咲き誇っていたが、早くもあらかた散ってしまい、カミさんに見せることはできなかった。
そして、タラの芽は。あの日の翌日、雨が降ったから、グンと大きくなっているはず。
やはり、全部、摘み取られていた。ぼくの背丈の倍以上もある木から胸の高さのものまで20本ほどが群生しているので、相当の量を持ち帰ったのだろう。ま、仕方がない。
すると、カミさんが足もとに小さなワラビを見つけた。ふだん持ち帰ることはないが、汁の実用に数本、手折った。春のおすそ分けをいただいて帰る。
わが家は山菜には少しうるさい。というのも、カミさんは新潟県南魚沼の生まれで、そこは有名な豪雪地帯。ゴールデンウイークが近づくと、分厚い雪の布団をはぎすてた野山に、いっせいに山菜が顔を出す。
土地の人の人気ナンバーワンはコゴミで、次が木の芽(写真)、シオデといったところ。ツクシは足の踏み場もないほど道端に生えているので、だれも見向きもしない。
初めて木の芽を食べたとき、アケビのツルの先っぽだよ、と聞いて、それなら九州にもいくらでもある、よくこんなものをよろこんで食べるなと驚いた。ところが、見た目も、食感も、ぼくが知っているアケビのツルとは大違いだった。
太さはせいぜいツマヨウジぐらいで、焦げ茶色のツルはそうめんのように細い。生えている状態も、山あいの道端や土手の草むらに混じって、ちょうどネコがしっぽを立てているような格好で、かわいいツルの芽を伸ばしている。それが網のように広がっているのだ。木に巻きつくようにして、太いツルを伸ばしている九州のアケビがたくましい男性だとすると、こちらのそれは雪国の愛らしい小娘である。
雪深い里の山菜には甘みがある。長い冬を重たい雪の下で耐えてきたからこそ、風味もじっくりたくわえているのだろう。
ぼくはタラの芽が大好きだから、すぐ近くのたんぼの脇の土手まで歩いて、ビニール袋いっぱいに採ってくる。いつもカミさんの姉夫婦の家にお世話になるのだが、そんなことをやるのはぼくだけ。セリも自生しているのだが、みなさん、これも無視。
ひとつ、すごくおいしい山菜料理がある。義理の姉の得意な料理で、みんな大好きだから、山盛りに作って、バクバク食べてしまう。
材料にはフキノトウを使う。といっても、よくテレビなどで紹介される、あの小さなフキノトウの花ではない。もう少し大きくなっているのを採る。
こんなものを食べる人は、土地の人でも見かけない。それでも姉の手にかかると、いろいろ工夫した出来上がりは、フキノトウ特有の香味が詰まっていて、苦みもちょうどいい。朝昼晩、食べても飽きない。(これについては詳しくは書かないでおこう。東京からも山菜採りの人がたくさん来るようになって、「山菜採り禁止」の札があちこちに立てられている)
これで新潟の地酒をやると、まさに至福のひとときである。あの八海山は、カミさんの郷里の地酒。八海山が超人気で品薄のときには、同じ酒造の金城山を飲んでいた。ほかに高千代、巻機、鶴齢、白瀧、どれを飲んでも越後の酒はめっぽう旨い。
息子たちが小さいころは、夏休みに車で郷帰りして、毎日、近くの川に行き、ヤマメやイワナ、アユ、カジカ、ウグイをモリで突いて、ときにはヤマメやアユを手づかみにして、そいつを肴に地酒を酌んでいた。
要するに、ぼくも、カミさんも、根っからの田舎者で、山に行っても、川に行っても、海に行っても、何か獲物を持って帰らないと気がすまないのだ。
■南魚沼の山道の脇に自生している「木の芽」の写真が見つかったので、ワラビの写真と差し替えました。
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