大声を出すことが少なくなった2026年05月06日 15時49分

 5月の連休も今日で終わり。こちらは無職の身分なので、ずっと連休中なのだが、それでもテレビのニュースで東京などへ戻って行くサラリーマン家族の様子などを見ているうちに、かつての自分の姿と重ねてしまう。
 東京人からは、「帰る田舎があって、うらやましいなぁ」とよく言われたものだ。いまでもそうだろうか。
 東京に出たまま根を下ろして、そのまま帰って来ない人も大勢いる。都会と田舎とどちらの暮らしがいいとは断定できないが、こうして地方の人口は減り続ける。その一方で、「移住」もちょっとしたブームらしい。
 もしも、「分身の術」ができて、ぼくがふたりになって、ひとりは東京に、もうひとりは美しい海辺の村に住めたら、どんなにおもしろいことだろう。ぎゅうぎゅう詰めの通勤電車に乗る人生か、それとも自転車でのんびり通う人生を選ぶか。分身の術が使えたら、どちらもやってみて、決めることができるのに。
 ひとりはあの娘と結婚して、もうひとりはこの娘をお嫁さんに、なんてことができたら、こちらはどうだろうか。きっとオオゴトになるに違いない。ホント、人生に最初から正解なんて、あるのだろうか。
 さて、今日は午後2時からサッカーのアビスパ福岡vs京都戦。いまごろカミさんはメインスタンドで友だち総勢4人と声を張り上げていることだろう。
 DAZNで試合は見れるし、ゲーム展開は気になるけれど、それよりもこうして文章を書く方を選んでいる。ということは、自分にとっての優先順位はサッカーよりも、書く方が上ということか。
 このところ横浜にいる後輩君から、日本の将来を心配して、高市首相に対して、いや日本の政治家ぜんたいに向かって、厳しい意見のスピードボールがどんどん投げ込まれてくる。気を許し合う仲だから、率直で過激な発言も多い。かなり、アタマに来ている様子だ。
 だが、そんなキャッチボールのできる環境がとてもうれしい。次から次に大切な人がいなくなって、そういうことができなくなっていたのだ。彼らは、ぼくの閉じていた引き出しを引っ張りだしてくれている。
 学生時代は友と安いウィスキーをやりながら、がんがん大声を上げて、夜が明けるまでやりあったものだ。向かいの家のおばさんから、「昨日の夜はにぎやかだったねぇ」と笑われたことが何度もある。
 そこの家の3人娘の次女と末っ子がぼくの4畳半のアパートに遊びに来て、「英語の勉強を教えて」と言われて、劣等生は面食らったこともあった。
 中学から高校に上がった末っ子は、この九州出身の貧乏学生になついて、小鍋で作ったインスタントラーメンを食べて帰ったりした。ぼくのことを「わたしの彼よ」とも言っていた。
 それからしばらくたって、今度は同じアパートの1階の部屋を借りていた芸大の学生と一緒に来て、「わたしの彼よ」という報告があった。思い出すと吹き出しそうになる。
 あのころのように大声を出すことが少なくなったなぁ。
 だが、後輩君たちに負けないように、いまこそ大きな声を出すときかもしれない。ぼくたちの役目として。
 このアサブロにはハイレベルの文章をお書きになる先輩諸氏が何人もいらっしゃる。ようやくそのことにも気がついた。みなさん、声を上げているのだ。
 今日の体調は上向き。この勢いで、エッセイや短編にもチャレンジして、応募してみたい。また逃げださないように、何度でも書いておく。

■花壇の花たちが歌っている。もうすぐこれらの春の花は終わり。右側の花は引っこ抜いて、夏の花に植え替える時期がきた。
 先日、カミさんはベランダ用と合わせて、花を10鉢買った。手伝いたいけれど、ちょっときびしいかな。
 手伝えるようになること。それも身近な目標のひとつ。
 アビスパ福岡、PK戦で勝利。気分がいい。今夜はカミさんと祝杯。

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