カミさんの姉がやって来た ― 2022年09月14日 12時28分
夜の食卓についたカミさんが子どもみたいにうれしそうにしている。箸を伸ばす先にあるのはナス漬け。「この世のなかで一番好きな食べ物」という故郷の味である。
先日、そのことをよく知っている彼女の姉(3人姉妹の長女)が畑でちぎったばかりのナスをひと抱え分もリュックサックに入れて、はるばる新潟からわが家まで持って来てくれた。
福岡に来たのははじめて。越後湯沢から新幹線と飛行機を乗り継いだ長旅でさぞかし疲れているだろうに、すぐさま台所に立って手際よく塩漬けにしたのには驚いた。ナス漬けは鮮度が第一である。「故郷と同じように、おいしく食べてもらいたい」ということだったのだろう。
ナス漬けにつかうナスはちいさな丸い実で、深い紫色の薄い皮には張りがあって、噛むとプチッと音がする。なかは黄色っぽくて、ほどよく甘いジューシーな旨みがぎゅっと詰まっている。
このナスだからこそ、おいしいのだ。夏しかないご馳走で、新潟の家では一度に鉢盛りいっぱいを食べてしまう。
山形県鶴岡市出身の藤沢周平の時代小説には、おいしいナスを育てるコツとして、「たっぷり水をやる」という文章がよく出てくる。みずみずしさこそがナスの命というわけで、新潟のナス漬けを食べるとまったく同感のおもいがする。
姉がわが家にやって来る前日には、特産の南魚沼米が宅配便で届いた。それも持ち上げるのがやっとの量である。ざっと30キロ近くはあるだろうか。飲兵衛(のんべえ)のぼくには地酒の純米酒とビール券を10枚もプレゼントしてくれた。
これではどちらが客なのかわからない。でも、新潟の姉夫婦にはこれがふつうの感覚なのである。
(ぼくの個人的な体験に基づく感想だけど、嫁さんをもらうなら、だんぜん雪国の新潟の南魚沼出身の人がいいとおもうよ。)
カミさん姉妹は本当に仲がいい。この日、ふたりは夕食をすますと市内の真新しいホテルへと入って行った。
72歳と66歳の女性の似たような背丈の二人連れ。どちらも身長の低いからだにリュックサックを背負って、妹の方はホテルに泊まるのは何十年ぶり。そして、何をしに来たのかと言えば、翌日の若手演歌歌手の中澤卓也のコンサートに行くためである。
コンサートが終わった後には、卓也のお見送りがあるとかで、カミさんは画用紙を用意していた。それに黒のマジックで「新潟から来ました。ファイナルコンサートにも行きます」と書いて掲げるという。
さて、翌日の夕暮れ。
「画用紙を掲げたら、卓也がこっちを見てくれたのよね」
「そう、はっきり目が変わったよね」
「うん、うん。それまでと目が変わった」
「よかったぁ。もう大満足だよ。あの目に感動したわぁ」
「絶対にファイナルにも行かなくちゃ。そのときは『福岡のコンサートにも行きました』って、書いたらいいよ」
「うん。そうする」
カミさんによれば、コンサートに来ていた人は圧倒的に高齢者の女性だったとか。それも華やかに着飾った人はほとんどいなくて、「普段着のしゃれっけのない人ばっかり」だったという。なかには階段を降りるのがやっとのお年寄りもいて、付き添いの人はいないらしく、よろけるように手すりにしがみついていたそうな。
「まるで冥途の土産みたいだな」
「ほんと、そうかもよ」
それに比べれば、わが姉妹は服装にもそれなりに気がまわっていて、明るく元気である。
中澤卓也が「自分だけを見つめてくれた目」も、威力充分の「効き目」があったようだから、その効果はこれから先も繰り返し、たのしくよみがえることだろう。いい思い出ができてよかった。
家のことで忙しい、しかも高齢者の主婦にとって、遠距離のひとり旅はなかなかできることではない。今回の姉の旅行の陰には、急用ができて同行をあきらめた姪の「お母さん、お金のことはわたしがなんとかするから、ひとりでも行っておいで」という力強いひと言があったそうだ。
ぼくは少なくなったナス漬けをツマミに、もらった新潟の地酒をやりながら、カミさんの身内はいいチームプレーをするよなぁ、いいなぁ、うらやましいなぁ、とおもっている。
先日、そのことをよく知っている彼女の姉(3人姉妹の長女)が畑でちぎったばかりのナスをひと抱え分もリュックサックに入れて、はるばる新潟からわが家まで持って来てくれた。
福岡に来たのははじめて。越後湯沢から新幹線と飛行機を乗り継いだ長旅でさぞかし疲れているだろうに、すぐさま台所に立って手際よく塩漬けにしたのには驚いた。ナス漬けは鮮度が第一である。「故郷と同じように、おいしく食べてもらいたい」ということだったのだろう。
ナス漬けにつかうナスはちいさな丸い実で、深い紫色の薄い皮には張りがあって、噛むとプチッと音がする。なかは黄色っぽくて、ほどよく甘いジューシーな旨みがぎゅっと詰まっている。
このナスだからこそ、おいしいのだ。夏しかないご馳走で、新潟の家では一度に鉢盛りいっぱいを食べてしまう。
山形県鶴岡市出身の藤沢周平の時代小説には、おいしいナスを育てるコツとして、「たっぷり水をやる」という文章がよく出てくる。みずみずしさこそがナスの命というわけで、新潟のナス漬けを食べるとまったく同感のおもいがする。
姉がわが家にやって来る前日には、特産の南魚沼米が宅配便で届いた。それも持ち上げるのがやっとの量である。ざっと30キロ近くはあるだろうか。飲兵衛(のんべえ)のぼくには地酒の純米酒とビール券を10枚もプレゼントしてくれた。
これではどちらが客なのかわからない。でも、新潟の姉夫婦にはこれがふつうの感覚なのである。
(ぼくの個人的な体験に基づく感想だけど、嫁さんをもらうなら、だんぜん雪国の新潟の南魚沼出身の人がいいとおもうよ。)
カミさん姉妹は本当に仲がいい。この日、ふたりは夕食をすますと市内の真新しいホテルへと入って行った。
72歳と66歳の女性の似たような背丈の二人連れ。どちらも身長の低いからだにリュックサックを背負って、妹の方はホテルに泊まるのは何十年ぶり。そして、何をしに来たのかと言えば、翌日の若手演歌歌手の中澤卓也のコンサートに行くためである。
コンサートが終わった後には、卓也のお見送りがあるとかで、カミさんは画用紙を用意していた。それに黒のマジックで「新潟から来ました。ファイナルコンサートにも行きます」と書いて掲げるという。
さて、翌日の夕暮れ。
「画用紙を掲げたら、卓也がこっちを見てくれたのよね」
「そう、はっきり目が変わったよね」
「うん、うん。それまでと目が変わった」
「よかったぁ。もう大満足だよ。あの目に感動したわぁ」
「絶対にファイナルにも行かなくちゃ。そのときは『福岡のコンサートにも行きました』って、書いたらいいよ」
「うん。そうする」
カミさんによれば、コンサートに来ていた人は圧倒的に高齢者の女性だったとか。それも華やかに着飾った人はほとんどいなくて、「普段着のしゃれっけのない人ばっかり」だったという。なかには階段を降りるのがやっとのお年寄りもいて、付き添いの人はいないらしく、よろけるように手すりにしがみついていたそうな。
「まるで冥途の土産みたいだな」
「ほんと、そうかもよ」
それに比べれば、わが姉妹は服装にもそれなりに気がまわっていて、明るく元気である。
中澤卓也が「自分だけを見つめてくれた目」も、威力充分の「効き目」があったようだから、その効果はこれから先も繰り返し、たのしくよみがえることだろう。いい思い出ができてよかった。
家のことで忙しい、しかも高齢者の主婦にとって、遠距離のひとり旅はなかなかできることではない。今回の姉の旅行の陰には、急用ができて同行をあきらめた姪の「お母さん、お金のことはわたしがなんとかするから、ひとりでも行っておいで」という力強いひと言があったそうだ。
ぼくは少なくなったナス漬けをツマミに、もらった新潟の地酒をやりながら、カミさんの身内はいいチームプレーをするよなぁ、いいなぁ、うらやましいなぁ、とおもっている。
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