生涯現役に、エールを送る2024年07月19日 19時27分

 朝、起きたときの気温は30度。青い空にぽっかり白い雲。
 梅雨明け宣言は出ていないけれど、まぎれもない真夏がやってきた。セミたちは音量を最高出力まで上げて、気も狂わんばかりに鳴き騒いでいる。
 9時過ぎ、カミさんは市の中心部まで出かけて行った。ハローワークで高年齢求職者給付金を受け取る申請をするという。
 先月末に会社の都合で退職したので、すぐにでもやらなくてはいけない手続きを持ちきれないほど抱えている。猛暑のなか、68歳の女性が健康保険の変更の登録、4万円の定額減税の申請、顔写真の撮影、区役所や税務署の窓口をあっちやこっちに。
 昨日も給付金関係の書類を広げて、いくらもらえるか、カネの計算に余念がなかった。
「あれー、なんでー。えー、これだけー」
 大きな声で独りごとを言いながら、ようやく計算が終わって、顔をあげたとたん、まったく別の話を切り出した。どうやら頭の片隅で、給付金のほかにも、まだどこかからカネが入ってくる途(みち)はないものかと探していたらしい。
「白内障の両眼の手術をしたらね、保険で〇〇万円はもらえるとおもうの。それから知り合いの△△さんが言ってたけど、この目蓋(まぶた)の眼瞼下垂(がんけんかすい)手術をしたら、保険金が出るみたいよ。契約した保険の内容にもよるけどね」
「おい、おい。今度は保険のカネが目当てかよ」
「そうよ。からだを切り刻んで、稼ぐのよ」
 昼過ぎに帰宅したカミさんは、話したいことが山ほどあるようだった。どこにも出かけない亭主に、世間の動向を教えてあげねからね、そう顔に書いてある。
「ハローワークは人でいっぱいよ。80歳ぐらいで、杖をついて、脚がよたよたしているおじいさんもいたの。腰の曲がったおばあさんもいて、その人、耳が遠いのよ。あんなお年寄りでも働いていて、また次の就職先を探しているみたいだったよ」
「80歳」、「脚がよたよた」、「腰の曲がった」、「耳が遠い」、「次の就職先を探している」。
 人混みのなかでのスローモーションの動きが目に浮かぶ。稼ぎのないぼくにはいささか耳の痛い情報だったが、ふたりの胸中を想像したら、だんだん腹が立ってきた。
 こつこつと真面目に働いていれば、人並みの生活ができる。日本はそういう国だったのだ。ところが、世界中から賞賛された「一億総中流社会」は跡形もなく消えてしまった。
 代わりに出てきたのが、非正規雇用、勝ち組、負け組、格差、貧困、断絶。
 著しく人情味に欠けた言葉の向こうに、21世紀の幕開け(2001年)に発足した小泉内閣とその取り巻きの顔ぶれが浮かぶ。
 小泉は政治家ではめずらしく人気があった。経済財政の専任大臣に大抜擢された竹中平蔵はマスコミにひっぱりだこだった。小泉政権が打ち上げた「構造改革」はジャーナリズムも拍手で迎えた。
 権力者の口から出た言葉をもろ手をあげて持ち上げる、似たような空気感は過去にもあった。
 山高ければ、谷深し、という。
 彼らが大騒ぎした結果は、先に並べた言葉の通りである。これについては、「日本を駄目にした」の論調で、あちこちに詳しく書かれているから、これ以上はふれないでおく。
「80歳か、80歳でねぇ」と反芻しているうちに、ぼくのまわりにも80歳を過ぎて、元気で働いている人は何人もいることにようやく目が向いた。
 そうだった、つい先日のブログにも書いたばかりだった。
 生涯現役。
 ハローワークのあのおふたりに、このエールを送ろう。
 無理のきかないからだになったけれど、俺らしく生涯現役の心意気で行くか!

■まとまった雨が降った後の室見川の最下流にある堰。時折り、はげしい流れに逆らって、上流に向かう魚が飛び跳ねる。アオサギがチャンスを狙って、じっと見ている。