入院10日目、先は見えず ― 2026年06月21日 12時53分
入院10日目。
先々週の8日(月)に入院して、新しい抗がん剤の点滴が終わったのは3日後の10日(水)だった。看護師さんたちが笑顔で退院を祝ってくれた。そこまでは計算通りだった。
ところが、翌日の夕方から吐き気に襲われた。夕食もほとんど食べれなかった。ひと晩耐えて、12日(金)は朝から終日ふとんのなか。夜の9時ごろ、カミさんがタクシーを手配して、いつもの病院に運ばれた。もう、口をきくのもやっと。即入院である。
いまも体調はよくない。苦しんでいる点を一つひとつ数え上げないが、ベージュのカーテンで仕切られた4人部屋の片隅のベッドの上で静かにしている。
やっぱり、少し記しておく。これまでの副作用に加えて、強度の食欲なし、吐き気あり、腹痛あり、夜は便秘や下痢で、何度もトイレに起きる。まだ退院の見通しはたっていない。
「ブログを書いて。待っています」と励ましてくれる人よりも(プレッシャーになっています)、「回復第一だ。無理をするな」という友の言葉がすごくありがたい。そんな友人たちが一日に何度もLINEで写真を送ってくれたり、声をかけてくる。要するに、ふつうの付き合いをしてくれる。
朝早くからパートに出ているカミさんも毎日のように面会に来てくれる。そのカミさんを「いつでも車を出すからね。遠慮しないでね」と心強く応援してくれる同じ団地の女性がふたりもいる。
ここに至って、ぼくたち夫婦は決めたことがある。
それは高齢者夫婦のできることには限界がある、と認めることだ。ふらつく足取りで、団地の階段を降りることすら、一歩踏み出すのが、もう怖くて、怖くて、命がけなのだから。
困ったときはお互いさまで、ふたりの力だけではどうすることもできないときはまわりの人に援けてもらおう。遠慮しないで、甘えさせていただこう。その代わり、早く元気になって、こちらも親切にして、これからも仲良くお付き合いさせていただこう。そう決めた。
息子たちは近くいるけれど、即刻、当てにはならない。そのこともよく承知している。実際、年寄り夫婦にはご近所にいる人さまの力に頼るしかないのだ。
入院中にサッカーのオランダ戦は見れなかった。ぼくたちの結婚記念日も音もなく過ぎた。歴史の歯車はまわっているのに、この病室には別の時間が過ぎていく。
詳しいことは書けないが、病状について、もしかしたら、ぼくよりも深刻そうな話も耳に入ってくる。みなさん高齢者ばかり。面接に来た家族にそんな心配話をしない人もいる。静かにしているけれど、家族のこと、余生のことをじっと考えているのは間違いない。
数日後か、それとも今週末か、いまは遠くにあっても、そのうち退院できる日が来る。それから先の、いつあの抗がん剤治療を再開するのか、それともストップして、また別の方法を探るのか、いまは何も見えない。担当の医者も迷っているだろうな。
だが、どんな事態になろうとも、絶対にあきらめない。
ここまで書いた。書けた。
さて、せっかく(?)、入院したのだから、何かひとつでも「収穫」を持って帰らねば。
顔見知りの看護師さんたちも増えたことだし、ここで得たことを基にして、5枚程度のエッセイを書こうかな。そして、応募しよう。決めた。
午後からは、カミさんが甘夏、スイカに続いて、切ったリンゴを持って来てくれるという。サッカーのチュニジア戦も気になるけれど、いつものように車椅子で面談室に連れて行ってもらおう。
■アイガモの写真は仕事からの帰り道にカミさんが撮りました。
少し腕前が上がった。同じ道を歩くにしても、立ち止まって、観察する人もいれば、目もくれない人もいる。
ぼくたちのあいだで、かなり評判の悪い高市首相はどちらの部類だろうか。
先々週の8日(月)に入院して、新しい抗がん剤の点滴が終わったのは3日後の10日(水)だった。看護師さんたちが笑顔で退院を祝ってくれた。そこまでは計算通りだった。
ところが、翌日の夕方から吐き気に襲われた。夕食もほとんど食べれなかった。ひと晩耐えて、12日(金)は朝から終日ふとんのなか。夜の9時ごろ、カミさんがタクシーを手配して、いつもの病院に運ばれた。もう、口をきくのもやっと。即入院である。
いまも体調はよくない。苦しんでいる点を一つひとつ数え上げないが、ベージュのカーテンで仕切られた4人部屋の片隅のベッドの上で静かにしている。
やっぱり、少し記しておく。これまでの副作用に加えて、強度の食欲なし、吐き気あり、腹痛あり、夜は便秘や下痢で、何度もトイレに起きる。まだ退院の見通しはたっていない。
「ブログを書いて。待っています」と励ましてくれる人よりも(プレッシャーになっています)、「回復第一だ。無理をするな」という友の言葉がすごくありがたい。そんな友人たちが一日に何度もLINEで写真を送ってくれたり、声をかけてくる。要するに、ふつうの付き合いをしてくれる。
朝早くからパートに出ているカミさんも毎日のように面会に来てくれる。そのカミさんを「いつでも車を出すからね。遠慮しないでね」と心強く応援してくれる同じ団地の女性がふたりもいる。
ここに至って、ぼくたち夫婦は決めたことがある。
それは高齢者夫婦のできることには限界がある、と認めることだ。ふらつく足取りで、団地の階段を降りることすら、一歩踏み出すのが、もう怖くて、怖くて、命がけなのだから。
困ったときはお互いさまで、ふたりの力だけではどうすることもできないときはまわりの人に援けてもらおう。遠慮しないで、甘えさせていただこう。その代わり、早く元気になって、こちらも親切にして、これからも仲良くお付き合いさせていただこう。そう決めた。
息子たちは近くいるけれど、即刻、当てにはならない。そのこともよく承知している。実際、年寄り夫婦にはご近所にいる人さまの力に頼るしかないのだ。
入院中にサッカーのオランダ戦は見れなかった。ぼくたちの結婚記念日も音もなく過ぎた。歴史の歯車はまわっているのに、この病室には別の時間が過ぎていく。
詳しいことは書けないが、病状について、もしかしたら、ぼくよりも深刻そうな話も耳に入ってくる。みなさん高齢者ばかり。面接に来た家族にそんな心配話をしない人もいる。静かにしているけれど、家族のこと、余生のことをじっと考えているのは間違いない。
数日後か、それとも今週末か、いまは遠くにあっても、そのうち退院できる日が来る。それから先の、いつあの抗がん剤治療を再開するのか、それともストップして、また別の方法を探るのか、いまは何も見えない。担当の医者も迷っているだろうな。
だが、どんな事態になろうとも、絶対にあきらめない。
ここまで書いた。書けた。
さて、せっかく(?)、入院したのだから、何かひとつでも「収穫」を持って帰らねば。
顔見知りの看護師さんたちも増えたことだし、ここで得たことを基にして、5枚程度のエッセイを書こうかな。そして、応募しよう。決めた。
午後からは、カミさんが甘夏、スイカに続いて、切ったリンゴを持って来てくれるという。サッカーのチュニジア戦も気になるけれど、いつものように車椅子で面談室に連れて行ってもらおう。
■アイガモの写真は仕事からの帰り道にカミさんが撮りました。
少し腕前が上がった。同じ道を歩くにしても、立ち止まって、観察する人もいれば、目もくれない人もいる。
ぼくたちのあいだで、かなり評判の悪い高市首相はどちらの部類だろうか。
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