恰好つけても、何になろうか2026年07月05日 17時06分

 入院24日目の日曜日。病棟は静な空気に包まれている。
ときどきお隣のベッドから、「ゴホッ、ゴホッ」と苦しそうな咳が聴こえる。それはたちまち「ゴホォッ! ゴホォッ! ゴホォツ!! ゴフォツ!!!」と激しくなって、ようやく「ハァーッ!!! ハァーッ!! ハァー! ハアー」で終わる。お顔を見なくても、涙が頬を流れている様子がはっきりわかる。
「酸素ボンべ」とか、「酸素が薄い」いう声も耳に入って来る。みなさん、独りで自分と向き合って、闘っているのだ。
 こちらも腹部の癌細胞が黙っていない。
 キリリ、キリリ。
 鋭い痛みが襲って来る。最低4時間は空けて、すぐ痛み止め(麻薬)を飲む。これにも副作用があって、今度は便秘が始まる。
 こいつをうまくコントロールするのがむずかしい。何度もトイレを往復する。でも、「便秘」の声はほかのベッドからもよく聞こえてくるので、この闘いもみなさんとは戦友のようなものである。
 ああ、もう24日になるのか。
 日曜日でも担当の医者は顔を見にやって来た。彼は年中、休みなし、である。
「どう、調子は?」
「なかなかよくなりせんね」
「まぁ、ゆっくりやりましょう」
 どうやら、うっすら期待していた退院のセリフは、まだまだ封印の段階らしい。
 救われるのは、ほぼ連日面会に来てくれるカミさんやLine仲間の存在で、たぶん面会の回数ではうちのカミさんがダントツだろう。
 カーテンを閉めて、ベッドの上に並んで腰かけて、新鮮な甘夏、キューイ、りんご、スイカなど、音を立てないように食べているとまわりの人に申しわけない気持ちになる。
 長男は軽自動車の車検もぜんぶやってくれた。カミさんはブックオフまで歩いて本を受け取ってくれた。どちらも期限切れの直前だった。
 よく子どもたちに迷惑をかけたくない、と聞くけれど、それは本心だろうか。
 ぼくは一度、死線をさまよったので、「ああ、死ぬ前に家族に会いたい。温かい手を握っていたい」という、ものすごい寂寥感を知っている。あんなにさびしかったことはない。
 家族の愛の前に、恰好つけてもそれが何になろうか。もしも、立場が代わって、わが子がそうなったら、絶対に手をはなさないだろうに。人間、正直に生きた方が断然、樂である。
 今日から横浜組のA君は奥さん連れで、栃木県の鬼怒川温泉に「ケチケチ鉄道旅行」へ。下町の浅草は外国人だらけとか。素敵な特急電車のテーブルに「神谷バー」の名物・電気ブランや缶ビール、百貨店の幕の内弁当などを豪勢に並べている写真が送られてきた。
 ああ、いいな。そうなりたいな。
 彼ら夫婦の楽しい旅がぼくの励みになることを、彼はちゃんとわかっている。旅に連れて行ってくれているのだ。まもなく、ka君も、Ha君もそうするだろう。
 彼らの青春は復活している。横浜組は、「また九州に行きます」と言っている。
 懸賞に応募するエッセイを書こうとおもっているけれど、これが精いっぱい。とても書くチカラ(気力、粘り腰)がありません。

■5月の波当津の浜辺。素人さんちはここで泳ぐ。ぼくたちは漁船や伝馬船で沖や岬の岩場へ直行。メガネと銛を持って、ドブンと潜って遊んだ。

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