キツネの変化が楽しめる2026年06月22日 18時03分

 幅1m足らずの白いベッドや移動式の細長い茶色のテーブルの上を片づけて、カーテンで囲まれた「自分の城」をつくる。ここに籠城して11日目。食欲がなくて、食べられないので、自ら兵糧攻めの日々を過ごしている。
 今日はカミさんに「面会に来なくていいよ。お前もダメージが溜まっているはずだから、ゆっくり静養して」と言っておいた。そういう意味では孤立の日でもある。
 からだはきつい。そう簡単にはよくならない。だが、頭の方は少しだけ強くなってきた。退院とか、冷たいぶっかけ素麺を食べたいとか、明るいことを考えるようになった。視線が遠くに飛ぶようになったのだ。
 さて、エッセイはどこから取りかかった方がいいのやら。
 随筆だから、だいたい書くことは決まっている。作家たちも調子よく、ごく身近なものをさわって、話を膨らせている。
 例えば、酒、猫、犬、旅。便所だって、ボロになった古本、包丁や茶碗、歯ブラシ、そうそう電信柱にかけた犬のションベンだって、ちゃっかり原稿料に替えてしまう。彼らだって、そうそう持ちネタがあるはずはないのだ。
 文学の方もとんと無知でここまで来たが、少しだけ読んだことのある短編作家のチェーホフは『ねむい』、『可愛い女』のタイトルで傑作をモノにした。モーパッサンは『脂肪の塊』、梶井基次郎は『交尾』。
 どれもこれもタイトルだけ見れば、そこらへんにありそうな話である。要するに、書いて、書いて、書きまくって、食っていくために身につけた、読ませる技(わざ)なのだろう。
 ちょっと練習したからといって、追いつくというものではあるまい。いま書いているこの文章だって、退屈しのぎの紙くずみたいなものである。
 いかん、話が変な方向に走り出した。
 ここの病棟にも人間社会の不条理が感じられる。少し書いておこう。
 朝食は8時から。だが、ぼくたちの手元に届くのは8時半過ぎ。食べ終わったら、もう9時である。昼飯は12時。3時間しかない。腹が減るわけがない。
 もちろん、この裏には働く人たちのドラマがある。
 聞くところによれば、4月からそうなったとか。どうやら業務改善の動きが原因らしく、勝手に推察するに、朝早くから働く人がいないのだろう。うちのカミさんのパート先もそうだから。
 さらに、ここに食材の大幅な値上がりが追い打ちをかけて、ただでさえ味の評判がよくない料理の質は落ちる一方だから、担当している人たちかやる気を失くしても、なんの不思議もない。医療の現場はこんなところまで追い詰められているのだ。
 また一見、元気そうにみえる看護師さんたちは、たいていが過酷な便秘持ちである。トイレに行きたくても行けない。いつもじっと我慢をしている。なかには便秘に苦しむよりも、食べ物を吐いた方がいいと言って、そうしている若い女性もいるのだ。
 ぼくがエッセイのタイトルをどこにでもありそうな「パン」にして、この病衣食を取り上げたら、病院の裏話まで話は発展するだろう。当たり前のよくあるやり方だが。
 ふつうの日々の足元に、いつの時代もやらなくてはいけない不条理は山のようにある。だから、一方ではその山を動かしている人を観察しなければ。
 いまの焦点は、高市早苗その人。好き嫌いは別にして、観察する対象にもってこいの人物である。あの作り笑いだけでも、なかなか見せてくれるではないか。
 ふだんの生活のなかで、さらに目を光らせて観察すれば、きっとキツネの変化も楽しめる。

■知り合いがくれたタネで、カミさんがベランダ栽培しているインゲン。白い花が咲いて、実がどんどん大きくなっているという。退院が早いか、実が固くなってしまうのが早いか。

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