頭ふらふらで、急なCT検査2026年05月12日 10時46分

 頭がふらふら。いかん! おっとっとと。
 病院のなかの採血室で、ゴロンと真横に倒れてしまった。ガタンと外まで聞こえそうな音がした。
 昨日の通院の予約時刻は正午で、午前中の人の波は過ぎていたから騒ぎにならずにすんだ。それでも5、6人の看護師さんが飛んできて、黒い野球帽に白いマスクをして、なんとか立ち上がろうしている老体のぼくを取り巻いた。
 (ああ、こんなみっともないザマで、本当によくなるのだろうか)
 それからの移動はずっと車椅子だった。ちゃんと看護師さんが椅子を押して、院内を連れまわしてくれた。みなさん、やさしい人たちばかりである。
 担当の医者に会ったのは、ぼくが最後の順番だった。病院に着いてから、すでに1時間45分が経過。
 何度も訴えてきたが、今日こそは言うぞと決めていた。
 頭ふらふらのことである。家のなかでもふつうに歩けないのだ。顔を洗うにも立っていられないのだ。
 ぼくの後に患者がいないのも、踏み込むチャンスだった。
 医者もいつもとは違う様子に気がついたのだろう。すぐCTで頭部だけの撮影になった。結果は、「とくに何もありせんね。来週、MRIもやりましょう」
 恐れていた頭のなかの妖怪の塊がじわじわ溶けていく。
 こう書くとぼくたちの関係がギスギスした印象を与えるかもしれないが、そんなことはない。ぼくはかってに彼は戦友だとおもっている。
「がんが見つかって4年ですかね」
「3年半です。このぶんなら4年は行けるとおもっているんですが」
「再発して、2年ですか」
 とても忙しい人だから、こんなふうに話すことはまずない。
 看護師さんが席を外しているのを確認して、横浜の同病の後輩Ka君の癌治療のことに触れた。Ka君が通院している神奈川県立がんセンターの存在は彼も承知。
 Ka君はステージ4の段階で、膵臓癌が見つかった。それでも飛びまわっているほど元気である。ぼくにはわかるが、そこには同じように、「死と向き合っている」心境も左右しているとおもう。
 何年もこの病気に付き合っていると、医療の進歩のスピードと日々患者に対応するだけでも手がいっぱいの外来の医者の知識との間に、そして病院との間にも蓄積された情報量や経験値の差があることがうっすらとわかってくる。
 外科部長の彼に対して、失礼とはおもったが、歳はこっちの方が上だ。社会人として、飯を食って来たキャリアも違う。Ka君の話を耳に入れておいた方がよいだろうと判断した。
 彼は関心を持って、ぼくの顔を見ていた。耳慣れない言葉もあったのだろうか、スマホで検索もした。知ったかぶりはいっさいしなかった。なんと正直な男だろう。
「いまやっている抗がん剤の効果が出なかったら、別の方法を考えましょう」
 ありがたい。彼は次の手も考えている。せめて、この副作用から解放されたら、まだまだやっていける自信がある。
 その後、車椅子のまま化学療法室へ。終わったのは4時半過ぎ。
 くたくたに疲れた。でも、いい日だった。カミさんにぜんぶ報告した。  
 点滴をしたばかりだったが、冷たいビールの最初のひと口がうまかった。

■団地のなかのケヤキの新緑がまぶしい。この南北に伸びたメインの歩道を往復すると2,000歩になる。途中に公園やベンチがあるので助かる。この2,000歩をひとりで歩けるようになりたい。