人生賭けて、闘う人がいる2026年07月03日 13時54分

 夜明けを過ぎても、この病室は初老の怪獣が吠え狂っていた。
 グ、グ、グワワーッ、ワーッ!
 数秒間、止んだかとおもったら、さらに倍返しで、グッ、グオオーッ、オーッ!
(くっそー。ああ、眠れん)
 頑健な体格で、昼前にやって来て、それからずっとこの調子。朝方になったら、荷物をまとめてサッサといなくなっていた。
 さて、こちらは入院21日目。もうベテランの部類である。
 昨日から歩行器を借りている。その「一緒に動く台」にからだを預けて、安定して歩けるようになった。わずかな前進、ほんの少しの自信がついた。そして、それを拍手してくれる看護師さんたち。この非日常的な空間がだんだん「自分のホーム」に近づいてきた。
「あれっ、もしかして、I さん?」
 歩行器を押しながら歩いていたら、弁護士の I さんによく似た男性が目に入った。そっと後を追う。人違いだった。
 それにしても、このタイミングで、I さんが出て来るとは。
 ずっと以前にも触れたが、ぼくよりも年上で、小柄なI さんはあの「飯塚事件」の主任弁護士で、すでに死刑に処せられた被疑者の無実証明に奮闘を続けている。一度は、検察側のDNA判定を覆した。だが、不条理な再審制度の厚い壁から何度も跳ね替えされている。
 こうなると彼自身、一生を賭けた闘いになる。そして、事態はその通りに進んでいる。
 彼は地元の有名な進学高校でも「伝説の秀才」である。決して威張らない、飾らないお人柄で、ぼくとは年賀状のお付き合いが長く続いていた。( I さんは暑中見舞いも欠かさなかった)。そのご縁を、ぼくは「賀状納め」で、自分の方から絶ち切ってしまった。
 悔やまれる。
 I さんの粘り腰に比べたら、こんなところで、こんなことしかやっていない自分がすごくちいさく見える。覚悟というか、志の高さが違うのだ。その I さんにそっくりの人が、今日、ぼくの目の前に現れた。
 これも何かのサインなのだろうか。
「まだ終わっていないよ。くじけるな、あきらめるな」
 動けないし、新聞もない、テレビは談話室、ネット通信もすぐ切れてしまう。そんな環境なので、新しい情報は入って来ない。インプットがないから、記憶の底を辿って、こうしてアウトプットするしかない。
 それでもいいか。一日中、ボケーッとして、何も書かないよりは。
 
(今日も独り言でした。カミさんは朝から仕事。面会は休んでもらいました)