入院。新しい化学療法スタート ― 2026年01月05日 17時49分
いま病室のベッドの上にいる。新年早々、世間一般は仕事始めの日に、また入院した。仕事が終わったカミさんも病室まで付き合ってくれた。
冬場の入院は、3年前の手術を思い出す。たまたまあのときと同じ病室の、同じ場所のベッドである。あのときは生還した。正月からゲンがいい。
13時30分過ぎ、点滴開始。新しい化学療法が始まった。早くて明日の午後、遅くても明後日の午前中には退院できる。
今度の抗がん剤が、今度こそ、効いてくれますように。
おめでたい正月を前に病気の話を持ち出して、このブログを読んでくれている人たちに余計な心配をかけたくなかった。でも、だからこそ、きちんと書いておかねば。
あの日、こんなやりとりがあった。
年末のCT検査の結果説明の日、担当医はいつになくけわしい顔をしていた。タフで、実践経験が豊富で、決断力もある彼は若い外科部長でもある。
「こことここの癌が少し大きくなっているんだよね。お腹の皮膚の下にも(転移して)できているんだよなぁ」
「お腹の皮膚の下」には思い当たることがあ.る。ふた月ほど前からヘソの上のいったいが固いボールみたいにガチガチに膨らんで、顔をしかめるほど痛くなっていた。このことは外科と糖尿病科の医師にも話しておいた。
固いコブを指先でそっと撫ぜながら、「もしかしたら」と嫌な予感がした。だが、「こんなおおきな癌はないよな」と自分に言い聞かせていた。たぶん、ネットで調べたインスリンボールだろうと思っていた。インスリン注射を同じところに打ち続けているとインスリンボールができてしまう。1日に4回も打っているから、そうなる可能性はあった。
「すい癌はこれだからなぁ。どこに飛んでいくかわからない。これまでの抗がん剤は止めて、別の抗がん剤を考えましょう。痛み止めに麻薬(モルヒネ)を出しておきます」
「お願いします。残念だけど、闘う気持ちは変わりませんから」
これまでの抗がん剤は効いていたのだ、こうなる前までは。苦労をかけているカミさんに、「来年はよくなるよ」と明るい話をするつもりで出かけたのに、まったく逆の目が出た。
帰宅して、心配顔のカミさんにぜんぶ話した。これ以上、重い荷物を背負わせたくないけれど、これからも共に戦ってくれるいちばんの味方である。
すでにぼくの頭のなかは切り替わっている。戦う武器は言葉しかないのだ。これをやるんだというストーリーはできている。明るい出口へ向かって、ぼくたちができることをいっぱい挙げた。涙をこらえていたカミさんも、「お父さん、がんばろうね。きっとよくなるよ」と言ってくれた。
お正月に集まったふたりの息子にも話した。独り暮らしだったら、とても持ちこたえきれないだろう。頼りになる家族がいてくれて、本当にシアワセ者だとおもう。
15時30分。抗がん剤の点滴終了。
点滴が始まるとき、この病室までやって来た担当の医師は、お正月休みは1日もなかったという。大晦日は手術をしたそうだ。
この頑張り、感服するほかない。頼りになる、いい男だなぁ、とおもう。こちらも患者として、やることがある。
「からだを大事にしてね。ぼくたちの命綱なんだから」
「仕事をしている方がいいかな。倒れたら、倒れたで、そのときですよ」
「なにを言ってるの。まだ若いんだからね」
新しい闘いが始まった。ぼくのチームは新年からいい感じでスタートした。
■また同じ病室から、同じ景色を見ることになった。
冬場の入院は、3年前の手術を思い出す。たまたまあのときと同じ病室の、同じ場所のベッドである。あのときは生還した。正月からゲンがいい。
13時30分過ぎ、点滴開始。新しい化学療法が始まった。早くて明日の午後、遅くても明後日の午前中には退院できる。
今度の抗がん剤が、今度こそ、効いてくれますように。
おめでたい正月を前に病気の話を持ち出して、このブログを読んでくれている人たちに余計な心配をかけたくなかった。でも、だからこそ、きちんと書いておかねば。
あの日、こんなやりとりがあった。
年末のCT検査の結果説明の日、担当医はいつになくけわしい顔をしていた。タフで、実践経験が豊富で、決断力もある彼は若い外科部長でもある。
「こことここの癌が少し大きくなっているんだよね。お腹の皮膚の下にも(転移して)できているんだよなぁ」
「お腹の皮膚の下」には思い当たることがあ.る。ふた月ほど前からヘソの上のいったいが固いボールみたいにガチガチに膨らんで、顔をしかめるほど痛くなっていた。このことは外科と糖尿病科の医師にも話しておいた。
固いコブを指先でそっと撫ぜながら、「もしかしたら」と嫌な予感がした。だが、「こんなおおきな癌はないよな」と自分に言い聞かせていた。たぶん、ネットで調べたインスリンボールだろうと思っていた。インスリン注射を同じところに打ち続けているとインスリンボールができてしまう。1日に4回も打っているから、そうなる可能性はあった。
「すい癌はこれだからなぁ。どこに飛んでいくかわからない。これまでの抗がん剤は止めて、別の抗がん剤を考えましょう。痛み止めに麻薬(モルヒネ)を出しておきます」
「お願いします。残念だけど、闘う気持ちは変わりませんから」
これまでの抗がん剤は効いていたのだ、こうなる前までは。苦労をかけているカミさんに、「来年はよくなるよ」と明るい話をするつもりで出かけたのに、まったく逆の目が出た。
帰宅して、心配顔のカミさんにぜんぶ話した。これ以上、重い荷物を背負わせたくないけれど、これからも共に戦ってくれるいちばんの味方である。
すでにぼくの頭のなかは切り替わっている。戦う武器は言葉しかないのだ。これをやるんだというストーリーはできている。明るい出口へ向かって、ぼくたちができることをいっぱい挙げた。涙をこらえていたカミさんも、「お父さん、がんばろうね。きっとよくなるよ」と言ってくれた。
お正月に集まったふたりの息子にも話した。独り暮らしだったら、とても持ちこたえきれないだろう。頼りになる家族がいてくれて、本当にシアワセ者だとおもう。
15時30分。抗がん剤の点滴終了。
点滴が始まるとき、この病室までやって来た担当の医師は、お正月休みは1日もなかったという。大晦日は手術をしたそうだ。
この頑張り、感服するほかない。頼りになる、いい男だなぁ、とおもう。こちらも患者として、やることがある。
「からだを大事にしてね。ぼくたちの命綱なんだから」
「仕事をしている方がいいかな。倒れたら、倒れたで、そのときですよ」
「なにを言ってるの。まだ若いんだからね」
新しい闘いが始まった。ぼくのチームは新年からいい感じでスタートした。
■また同じ病室から、同じ景色を見ることになった。
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