江ノ電のカレンダーでおもうこと2026年01月31日 15時36分

 1月も終わりか。だが、個人的には「終わり」という表現では言い尽くせないものがある。「1月を乗り越えた」。あるいは「乗り切った」。そんな気持ちである。
 9時ごろ、楽しみにしていた宅配便が届いた。横浜にいる後輩のA君が送ってくれたもので、事前の連絡から円筒形をした小包の中身はわかっている。
 包装紙をほどいて出てきたのは、今年の江ノ電のカレンダー。予想していた写真ではなく、風景画だった。A君は毎年まとめ買いして、兄や友人たちに送っているという。そのお裾分けがわが家にもやってきたというわけだ。
 さっそく北の部屋に飾った。いまにも電車の音が聴こえてきそうだ。大きなサイズだから見栄えがする。いい絵だなぁ。これ1枚で部屋の雰囲気がガラリと変わった。
 A君は高校生のとき、この江ノ電で鎌倉の高校に通っていたという。鎌倉、江ノ電か。しゃれているなぁ。
 それに引き換え、この劣等生は、「ポーッ! ガシュッ! ガシュッ! ガシュッ! ガシュ、ガジュ、ガシュ」の蒸気機関車だった。かわいいC11が焦げ茶色の短い客車を引っ張っていた。
 もちろん通勤、通学の時間帯には普通電車も、ディーゼル列車も、電気機関車がけん引する列車もあった。だが、祖父も父親も国鉄職員だったぼくはローカル線を走るC11が好きだった。
 高校がある駅はたったひとつ先。途中に紫川を渡る鉄橋がある。客車の入口はいつも満員で、外に出るドアは開けたまま。両方の足をドアの外のせまい踏み台に乗せ、右手で手すりの金棒をがっちり掴み、学帽を深くかぶって、風を受けながら数十メートルの鉄橋を通りすぎていく。
 ガタン、ガタン、ガタン、ガタン、ガタン。
 落っこちたら命にかかわる。そんなスリルを味わっていた。実際に鉄橋を渡ったところで振り落とされて、大けがした同級生もいた。いまのご時勢では、とんでもない社会問題になるだろう。
 列車通学にはほかの楽しみもあった。なんたって到着時刻、発車時刻が正確無比の国鉄である。バスとは違って、行きも、帰りも決まった時刻に、決まった生徒が駅のホームにやって来る。
 同級生のなかに、私立の女子高生にイカレタやつがいた。彼女がいつも乗る電車に間に合うために、彼は校門を出てから最初は急ぎ足。だんだん速くなって、最後はダッシュするのだった。だいたいこの手合いは片思いに終わる。
 A君はどうだったのかなぁ。
 とうとう今月締め切りのエッセイは書かず仕舞いだった。でも、すぐ次がある。いまからでも少しやってみるか。